令和6年度版

 

§2 定年到達

「当事者の意思に基づかない労働契約の終了事由」(全体図は、こちら)の続きとして、定年到達について見ます。 

 

一 意義と種類

(一)意義

定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度のことです。

 

定年制は、定年到達前における当事者による労働契約の解約(労働者による辞職や使用者による解雇(解雇権濫用法理等は適用されます))が特別には制限されていない制度であるという点で、期間の定めのある労働契約とは異なるものと解されています。

 

期間の定めのある労働契約の場合は、期間満了前の解約は原則として認められません(民法第628条労働契約法第17条第1項)。

しかし、定年制は、これらの規定が適用されるものではないと解されています。 

つまり、定年制は、契約期間の定めではありません(従って、第14条の労働契約の期間の上限の規制に違反しません)。

 

 

(二)種類

定年制には、次の1及び2の2種類あるとされます。

 

1 定年退職制 = 定年年齢到達により労働契約が当然に終了する定年制。

 

2 定年解雇制 = 定年年齢到達時使用者が解雇の意思表示をすることによって労働契約が終了する定年制。

 

 

1の定年退職制は、定年が労働契約の終了事由である場合ですが、2の定年解雇制は、定年が解雇事由である場合であり、この定年解雇制については労基法等の解雇に関する規制が適用されます。

 

【秋北バス事件=最大判昭和43.12.25】(就業規則の拘束力・不利益変更の個所で問題となる重要な大法廷判決です。こちら(労基法のパスワード))も、定年制に上記2種類あることに言及し、定年解雇制の場合は労基法第20条(解雇予告制度)の適用があることを認めました。

 

 

 

◯過去問: 

 

・【平成22年問2A】

設問:

定年に達したことを理由として解雇するいわゆる「定年解雇」制を定めた場合の定年に達したことを理由とする解雇は、労働基準法第20条の解雇予告の規制を受けるとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

上記の通り、正しいです。

 

 

  

通達をご紹介します(定年退職制に関するものです)。

 

・【昭和26.8.9基収第3388号】/【昭和22.7.29基収第2649号】

 

「就業規則に定めた定年制が労働者の定年に達した翌日を以ってその雇用契約は自動的に終了する旨を定めたことが明らかであり、且つ従来この規定に基いて定年に達した場合に当然労働関係が消滅する慣行となっていて、それが従業員にも徹底している限り解雇の問題は生ぜず、したがってまた法第19条〔=解雇制限期間〕の問題も生じない。」

 

※ この通達は、解雇の問題が発生しない「定年退職制」であるための要件として、大きく2つを挙げているものと解されます。

即ち、まず、上記通達の前段は、就業規則(等)において、定年年齢到達により労働契約が当然に終了する旨の定めがあることを要求しています。いわば形式的要件です。

しかし、就業規則(等)において形式的に定年退職制である旨の定めがある場合であっても、実際は当該定めと異なり、定年解雇制の運用がなされていたようなときには、労働者にとって解雇の規制にのっとって定年の処理が行われることを期待することに合理的理由があります。

そこで、実際上も定年退職制として運用されていたことも必要となります。いわば実質的要件です。これが上記通達の後段(「且つ」以下の部分)となるものと解されます。

全体としては、就業規則等による労働契約の内容の解釈の問題といえるのでしょう。

 

 

◯過去問: 

 

・【平成26年問2A】

設問:

就業規則に定めた定年制が労働者の定年に達した翌日をもってその雇用契約は自動的に終了する旨を定めたことが明らかであり、かつ、従来この規定に基いて定年に達した場合に当然労働関係が終了する慣行になっていて、それが従業員にも徹底している場合には、その定年による雇用関係の終了は解雇ではないので、労働基準法第19条第1項に抵触しない。

  

解答:

正しいです。

上記の通達(【昭和26.8.9基収第3388号】)の通りです。 

 

 

 

二 定年制の問題

(一)高年齢者雇用安定法による規律

労働法上、定年制については、高年齢者雇用安定法で規律されています。

 

即ち、まず、同法は、事業主が定年の定めをする場合は、原則として60歳以上とすることを義務づけています(同法第8条(労働一般のパスワード))。

 

さらに、65歳未満の定年の定めをしている事業主については、65歳までの高年齢者雇用確保措置として、定年年齢の引上げ、継続雇用制度の導入又は定年の定めの廃止のいずれかの措置を講じることが義務づけられています(同法第9条第1項)。

老齢厚生年金の支給開始年齢の65歳への引上げに対応する趣旨です。

 

厚生労働大臣は、この雇用確保措置義務に違反している事業主に対して、指導・助言をすることができ(同法第10条第1項)、なおも違反していると認めるときは勧告することができ(第2項)、この勧告に従わなかったときは、その旨を公表することができます(第3項)。

 

なお、令和3年4月1日施行の改正により、65歳から70歳までの就業を確保する措置高年齢者就業確保措置)の努力義務規定が新設されました(第10条の2)。 

 

以上の詳細については、労働一般の高年齢者雇用安定法の個所で学習します(労働一般のこちら以下)。

 

以下、いくつかの論点について触れておきます(労基法で出題されることはなさそうですが、労働一般において参考となる知識です)。 

 

 

 

(二)定年制の適法性

定年制については、労働能力や適格性に関わらず、一定年齢の到達のみを理由に労働契約を終了させるものですから、年齢による差別であるとして、公序良俗に違反し無効とならないかは問題です(民法第90条憲法第14条第1項(間接適用))。

 

平等原則の下でも、合理的な区別は許容されます。

ただし、年齢は本人の意思でコントロールできるものではありませんので、一般的には、年齢を理由とした区別については、その合理性を慎重に判断する必要があると思われます。

そこで、定年制にどの程度の合理性が認められるかです(アメリカやEUでは、定年制は年齢差別として原則として禁止されています)。

 

この点、定年制の目的は、企業にとっては、人事の刷新・経営の改善、賃金コストの抑制といった企業運営の合理化・適正化を図ることにあるといえます。

そして、定年制は、(日本に特徴的であった従来の)長期雇用システムの下では、雇用保障や年功に応じた処遇といった労働者にメリットのある制度でもあったという事情が認められます。

また、定年制は、若年労働者の雇用・昇進の機会を確保するという機能もあります。

さらに、定年制を違法としますと、ある程度の年齢に達したような場合に、労働能力や適格性等を考慮して個々の労働者ごとに退職や解雇を検討する必要が生じますが、これに伴う紛争も予想され、高齢期における労働契約の終了について定年制よりも労使双方に不満が高まる可能性もありえます。

以上の点から、現状では、定年制は、無効とまではしにくい程度の合理性があるといえるかもしれません。

前記の高年齢者雇用安定法も、定年制を前提とした高齢者の雇用保障制度を定めています。

 

 

水町「詳解労働法」第2版1008頁(初版975頁)は、定年制の分析の後、現行法上は、定年制そのものが直ちに(就業規則規定として)不合理または(公序良俗違反として)無効となるわけではないとしたうえで、定年年齢到達により労働者の希望や能力の有無にかかわらず労働契約を終了させる取扱いや、人員整理(整理解雇)の際に(能力等を評価せずに)年齢そのものを基準とすることは、合理性を欠き違法と評価されるものと解されようとします(同第2版979頁注100(初版947頁注98)においても、「年齢」そのものを整理解雇において人選基準とすることは、年齢(加齢)による能力低下という偏見に基づくものとして合理性を欠くと解すべきであろう、とします)。

 

 

 

(三)60歳を下回る定年制を定める就業規則等の効果

前述の通り、高年齢者雇用安定法第8条(労働一般のパスワード)では、事業主が定年の定めをする場合は、原則として60歳以上とすることを義務づけていますが、これに違反して、例えば58歳の定年制を定めた就業規則等の規定の効力が問題です。

 

この点、就業規則は、法令又は労働協約に違反してはなりませんから(第92条第1項)、「定年は、60歳を下回ることができない」旨を定める高年齢者雇用安定法第8条に違反する就業規則の規定は無効となるものと解されます(就業規則でなく、労働契約で定めたような場合も、高年齢者雇用安定法第8条の違反として無効となるものと解されます)。

 

高年齢者雇用安定法は、指導・助言・勧告・公表という行政的措置(同法第10条)が定められるなど、基本的に行政法規であり、同法の規定が当然に私法上の効力を有するとはいえないでしょうが、具体的には個々の規定ごとに趣旨、文言等を検討して判断すべきです。

同法第8条については、「定年は、60歳を下回ることができない」として、その内容も明確であり、文言上も60歳未満の定年制の定めを禁止していると解されますので、同条は私法上の効力を有する強行規定であると解されます。

 

この同法第8条に違反した定年の定めが無効となる場合に、定年は60歳になると解するのか、それとも、定年の定めのない状態になると解するのかは争いがあります。

定年制を定めた当事者の意思からは、60歳の定年になるともできます(川口「労働法」第5版595頁(初版553頁)等)。 

しかし、高年齢者雇用安定法には、労基法第13条のような補充的効力を定めた規定がないこと、同法第9条では、平成16年の改正により65歳までの継続雇用義務が規定されており(さらに、前述のように、令和3年4月1日施行の改正により、70歳までの高年齢者就業確保措置の努力義務まで新設されています)、60歳定年制を当事者の合理的意思と解することが説得的とはいえなくなっていることを考えますと、定年の定めのない状態になるものと解されます(菅野、荒木、水町、野川等)。

 

 

 

(四)雇用確保措置義務に違反した場合の効果

前述の通り、高年齢者雇用安定法第9条では、65歳未満の定年の定めをしている事業主について、65歳までの高年齢者雇用確保措置として、定年年齢の引上げ、継続雇用制度の導入、又は定年の定めの廃止のいずれかの措置を講じることを義務づけています。

そこで、事業主が当該義務に違反した場合に、例えば、継続雇用の成立、損害賠償請求、定年が65歳に設定される等の私法上の効力が認められるかが問題です。

 

この点は、同法第9条に違反した場合は、指導・助言・勧告・公表という行政的措置(同法第10条)が定められており、第9条は公法上の義務を予定していると解されること、また、雇用確保措置の内容としても、定年年齢の引上げ、継続雇用制度の導入、定年の定めの廃止のうち事業主に選択が認められているものであり、かつ、例えば、継続雇用制度を採用する場合においても継続雇用においてどのような労働条件を設定するか等について使用者の裁量を重視する必要があることに鑑みれば、基本的には、雇用確保措置義務違反について私法上の効力は生じないと解されます(ただし、同義務違反が不法行為としての損害賠償責任を発生させる余地はあるとされています)。

 

 

以上で、定年制について終わります。

次に、労働契約の終了事由の最後として、当事者の消滅について簡単に見ます。

 

 

 

§3 当事者の消滅

当事者の消滅により労働契約が終了する場合があります(〔1〕のみ押さえれば足りるのでしょう)。

 

 

〔1〕労働者の場合 = 労働者の死亡

労働契約は、労働契約を締結するという当事者の意思(労働契約法第3条第1項(労働一般のパスワード)等)や当事者間の信頼関係が重視される法律関係であるため、当事者の労働契約上の地位は、一身専属的なものであり、相続の対象とはなりません(民法第896条。被相続人の一身専属権は相続の対象となりません)。

従って、労働者又は使用者(個人事業主の場合)が死亡した場合は、労働契約終了するものと解されます。

 

 

【エッソ石油事件=最判平元.9.22】

 

労働契約上の地位自体は当該労働者の一身に専属的なものであって相続の対象になり得ないものであるから、労働者の提起した労働契約上の地位を有することの確認を求める訴訟は、右労働者の死亡により当然に終了するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」 

 

 

 

〔2〕使用者の場合

使用者の消滅については、次のような場合があります。

 

一 使用者の死亡

上記のように、個人事業主の死亡の場合は、一般には、労働契約は終了するものと解されています。

 

 

二 法人格の消滅

使用者が法人の場合、法人が解散したときは、清算手続が結了すれば、法人格が消滅しますので労働契約も消滅します(通常は、その前に解雇がなされます)。

 

 

※【用語の解説】

 

解散とは、法人の法人格を消滅させる原因である法律事実のことです。

解散により法人の法人格が直ちに消滅するわけではないのが原則であり、清算手続が結了(完了)したときに法人格が消滅します。

即ち、解散により、原則として、清算手続に入ります。

 

清算とは、解散した法人について、その法律関係を整理し、法人財産を換価分配するための手続です。

 

なお、倒産手続については、雇用保険法の特定受給資格者のこちらで簡単に説明しています(ここでは、リンク先はスルーで結構です)。

 

 

以上で、「第1款 労働契約の終了事由」を終わります。

次のページでは、「第2款 労働契約の終了後の問題」を学習します。