令和6年度版

 

【学校法人専修大学事件 = 最判平成27年6月8日】

解雇制限期間に関する最高裁判例として、【学校法人専修大学事件=最判平成27年6月8日】をご紹介します。

労災保険法の療養補償給付を受ける労働者に対して、使用者から打切補償が支払われた場合に解雇制限期間が解除されるかが問題となった判決です。

これが肯定され、解雇制限期間の解除が認められました。

 

本判決の理解には、のちに学習します災害補償や労災保険法の知識が必要となり、初学者の方は、労災保険法の傷病補償年金の学習を終わったあたりでお読み頂いた方がよろしいです(最初の段階では、眺める程度で結構です)。

 

この専修大学事件判決は、平成28年度の労基法及び労災保険法の試験において、目玉となる最重要判例でした。 

そして、予想通り、本判決は、平成28年度の労基法の選択式試験で出題されました(空欄2か所でした。こちらです。詳細は後掲します)。

今後も、本判決については十分な理解が必要です。

 

なお、本判決については、こちらの平成28年度版の直前対策講座でも取りあげていましたが、空欄の「3年」は的中し、「打切補償」も赤字で要記憶との注意書きを付しておりました。

 

 

1 事案

業務上の疾病(頸肩腕症候群)により休業し、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている学校法人の職員が、当該学校法人から打切補償として平均賃金の1,200日分相当額の支払を受けた上で解雇されたことから、本件解雇を業務上の傷病による療養休業期間中の労働者の解雇を禁止する労基法第19条第1項〔=解雇制限の期間〕に違反し無効であると主張して、学校法人に対し地位確認等を求めた事案です。

 

 

2 論点

前ページで学習しました解雇制限の期間が関係する事案です。

 

(1)使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は、原則として、解雇することができません(第19条第1項本文)。

ただし、使用者が、第81条(労基法のパスワード)規定によって打切補償を支払う場合等においては、この限りでありません(以下、これを「解雇制限期間の解除」といいます)。(第19条第1項ただし書

この第81条打切補償とは、第75条〔=療養補償〕の規定によって補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合においては、使用者は、平均賃金1,200日分の打切補償を行い、その後は労基法の災害補償を行わなくてもよい、とするものです。

 

前ページで見ましたように、打切補償を支払った場合は当面の労働者の生活の安定も確保されること、また、労働者が長期間休業していることによる使用者の経営上の支障にも配慮する必要があることを考慮して、例外的に、打切補償の支払による解雇制限期間中の解雇が認められているものと解されます。

以上の療養補償や打切補償の詳細については、のちに災害補償のこちら以下で学習します。

 

そこで、この第19条文言通りに解しますと、使用者から「労基法第75条療養補償」を受けている労働者について、打切補償を支払って解雇制限期間中に解雇することができるのであり、労働者が「労基法第75条の療養補償を受けていずに、「労災保険法療養補償給付を受けている場合は、打切補償を支払って解雇制限期間中に解雇することはできないこととなります。

つまり、使用者が自ら補償(療養補償)をしているのかどうかが重要ということになります。

 

また、労災保険法において、傷病補償年金を受ける場合の打切補償の擬制による解雇制限期間の解除が定められており(労災保険法第19条(労災保険法のパスワード))、この規定からは、傷病補償年金を受けるに至らない障害程度の場合には、打切補償の支払による解雇制限期間の解除は当然に認められないはずであるともいえます。

 

 

※ 労災保険法の関連知識の補充:

 

以上で登場しました労災保険法の知識について、大まかに見ておきます。

 

・療養補償給付とは、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、療養を必要とする場合に、原則として治療等の医療が提供される労災保険法の保険給付です(労災保険法第12条の8第2項第13条)。(労災保険法のこちら

労基法の災害補償責任のうちの療養補償に対応しています。

 

・傷病補償年金とは、業務上の傷病に係る療養開始後1年6箇月を経過した日以後において、当該傷病が治っていず、かつ、その障害程度が傷病等級3級以上に該当する場合に、当該状態の継続中、年金が支給される労災保険法の保険給付です(労災保険法第12条の8第3項)。

長期傷病者について、その保護を強化するため年金化した趣旨であり、休業補償給付の請求・支給という手続上の煩雑さを回避することにも資するものです。(労災保険法のこちら

 

・「傷病補償年金を受ける場合の打切補償の擬制による解雇制限期間の解除」(労災保険法第19条)とは、業務上の傷病をこうむった労働者が、当該傷病に係る療養開始後3年を経過した日以後において傷病補償年金を受けている場合は、当該3年を経過した日以後の傷病補償年金を受ける日において、使用者は、労働基準法第81条打切補償を支払ったものとみなされ、従って、労働基準法第19条第1項(=解雇制限期間)の解雇制限が解除されるものです。(労災保険法のこちら

(この労災保険法第19条規定からしますと、療養開始後3年を経過した日以後において傷病補償年金を受けるに至らない障害程度にある場合には、打切補償の支払によって解雇制限期間が解除されることは想定されていないとも読めます。)

 

 

(2)他方で、実際上労基法の療養補償の制度が適用されること少ないです。

 

これは、次の理由によります。

労災保険法の業務災害に関する保険給付は、原則として、労基法(又は船員法)の災害補償の事由が生じた場合に行われます(労災保険法第12条の8第2項こちらも参考)。

そこで、労災保険法の療養補償給付は、労基法の療養補償の支給事由が生じた場合に行われます(つまり、療養補償給付の支給要件は、労基法の療養補償の要件と基本的に同様であるということです。これは、後述の通り、労災保険の制度は、元来、労基法の使用者の災害補償責任を実効化させるために保険制度化されたものだからです)。

 

そして、労基法第84条第1項こちら以下参考)において、労基法の災害補償の事由について、労災保険法等に基づいて災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合は、使用者は、災害補償責任を免れる旨が規定されています(被災労働者に2重のてん補を認める必要はありませんし、使用者に2重の支払をさせては、使用者が保険料を拠出して労災保険に加入しているメリットがなくなるからです)。

 

以上より、業務災害により労基法の療養補償の対象となる労働者については、通常、労災保険法の療養補償給付の支給対象にもなります(この場合、使用者は、労基法の療養補償は行う必要はありません)。

従って、実際上、労基法の療養補償の制度が適用されるのは、労災保険法の保険給付が行われない場合、例えば、労災保険法の暫定任意適用事業に使用される労働者の場合くらいに限られるのです。

 

そこで、上述のように、労基法第19条の文言通りに解雇制限期間の解除を解釈して、「労災保険法の療養補償給付」を受けている場合には打切補償を支払って解雇制限期間中に解雇することはできないと解しますと、多くの場合は、被災労働者が治ゆするまで(正確には、療養のために休業する期間及びその後30日間を経るまで)又は傷病補償年金の支給対象となる障害等級に該当するまで解雇できないこととなります。

かかる結論については、打切補償は療養開始後3年経過して問題となるものであること、打切補償の額は平均賃金の1,200日分あること、当該被災労働者が治ゆするまでは労災保険法による療養補償給付のほか休業補償給付も支給対象となることを考えますと、使用者と被災労働者との利益の適正なバランスの確保に欠けないかは問題です。

 

そもそも、労災保険の制度は、労基法の使用者の災害補償責任を実効化させるために保険制度化されたものです(労災保険法第12条の8第2項等参考)。

即ち、労基法の災害補償制度(第75条~第88条)により、業務災害について、使用者には無過失の災害補償責任が生じますが、これにより使用者は重い負担を負うこと、また、実際は、使用者の無資力等により被災労働者等の迅速で充分な救済が図られない恐れもあること等を考慮して、使用者が保険料を拠出し、政府が管掌(運営)する災害保険制度とすることにより、労基法の災害補償責任を実効化させようとしたものが労災保険の制度です。

すると、労災保険制度が適用されたがために、かえって使用者が不利益を受けてしまうようなことは、可及的に回避すべきとはいえます。

 

このような問題状況の下、今回の判決は、労災保険法療養補償給付を受ける者に対して、打切補償の支払により解雇制限期間が解除されることを認めました。

次に、この判決のポイントを見ます。

 

 

3 判決のポイント

本判決は、「業務災害に関する労災保険制度は、労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として、その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため、使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度である」とし、「労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものである」ことから、「労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は、これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる」とします。

そこで、「災害補償は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえる」として、労災保険法の療養補償給付を受ける労働者は、労基法第19条第1項の解雇制限の適用に関しては、労基法第75条療養補償によって補償を受ける労働者に含まれるものと解釈しました。

従って、労災保険法療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合には、使用者は、打切補償の支払をすることにより、解雇制限の解除除外を受けることができる旨を判示しました。

ただし、本件解雇について、解雇権濫用法理労働契約法第16条)の適用があるかどうか等を更に審理させるため、本件を原審に差し戻しました(その後、差戻審(【東京高判平成28.9.12】は、本件解雇を有効としました)。

 

理論上は、業務災害に関する労災保険制度が労基法の災害補償と密接な関係を有することが考慮されています。

また、被災労働者の利益の保護として、治ゆするまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付が行われることも考慮されており、さらに、解雇権濫用法理の適用により解雇権行使の適正化は確保できることも配慮されているものと解されます。

 

以下、本判決の重要部分を掲載します。労災保険の制度の趣旨にも言及されており、非常に重要です。熟読して下さい。

 

 

4 判旨

〔引用開始。〕

 

(1)労災保険法は、業務上の疾病などの業務災害に対し迅速かつ公正な保護をするための労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」という。)の創設等を目的として制定され、業務上の疾病などに対する使用者の補償義務を定める労働基準法と同日に公布、施行されている。業務災害に対する補償及び労災保険制度については、労働基準法第8章が使用者の災害補償義務を規定する一方、労災保険法12条の8第1項が同法に基づく保険給付を規定しており、これらの関係につき、同条2項が、療養補償給付を始めとする同条1項1号から5号までに定める各保険給付〔=業務災害に関する労災保険法の(一定の)保険給付です〕は労働基準法75条から77条まで、79条及び80条において使用者が災害補償を行うべきものとされている事由が生じた場合に行われるものである旨を規定し、同法84条1項が、労災保険法に基づいて上記各保険給付が行われるべき場合には使用者はその給付の範囲内において災害補償の義務を免れる旨を規定するなどしている。また、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める上記各保険給付の内容は、労働基準法75条から77条まで、79条及び80条の各規定に定められた使用者による災害補償の内容にそれぞれ対応するものとなっている。

上記のような労災保険法の制定の目的並びに業務災害に対する補償に係る労働基準法及び労災保険法の規定の内容等に鑑みると、業務災害に関する労災保険制度は、労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として、その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため、使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ、このような労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第3小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。このように、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は、これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。

 

(2)労働基準法81条の定める打切補償の制度は、使用者において、相当額の補償を行うことにより、以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに、同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし、当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるといえるところ、上記(1)のような〔※ 平成28年度選択式は、以下の個所が出題されました〕労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば、同法において使用者の義務とされている災害補償は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので、使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで、同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。また、後者の場合には打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされることなども勘案すれば、これらの場合につき同項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい難い。

そうすると、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては、同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条〔=療養補償〕の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。

 

(3)したがって、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には、労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に、使用者は、当該労働者につき、同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより、解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。

〔平成28年度の選択式は、以上までが出題されました。〕

 

〔中略〕

 

そして、本件解雇の有効性に関する労働契約法16条〔=解雇権濫用法理〕該当性の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

 

〔引用終了。〕

 

  

5 通達

上記判決後、通達が発出されましたので、掲載しておきます。

  

・【平成27.6.9基発0609第4号】

 

〔引用開始。〕

 

労災保険給付を受けて休業する労働者に対する解雇制限にかかる判決について

 

平成27年6月8日、労働基準法(昭和22年法律第49号。以下「労基法」という。)第9条第1項ただし書の適用にかかる解釈について、最高裁判所第二小法廷において別添〔別添は省略します〕のような判決がなされたので、下記に留意の上、監督指導業務の運営について遺憾なきを期されたい。

 

 

1 労基法第19条第1項ただし書の解釈にかかる同判決の要旨は次のとおりであること。

 

(1)労基法上の使用者の災害補償義務は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づく保険給付(以下「労災保険給付」という。)が行われている場合には、それによって実質的に行われているといえるので、災害補償を使用者自身が負担している場合と、労災保険給付が行われている場合とで、労基法第19条第1項ただし書の適用を異にすべきものとはいい難い。

 

(2)労災保険給付が行われている場合は、打切補償として相当額の支払がされても傷病又は疾病が治るまでは必要な給付が行われるため、労基法第19条第1項ただし書の適用があるとしても、労働者の利益につきその保護に欠くことになるものともいい難い。

 

(3)したがって、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には、労基法第75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に、使用者は、当該労働者につき、同法第81条の規定による打切補償の支払をすることにより、解雇制限の除外事由を定める同法第19条第1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。

 

2 今後における労基法第19条第1項ただし書の適用にかかる解釈運用は、上記1の(3)によって行うものであること。

 

〔引用終了。〕

 

 

以上で、解雇制限期間に関する問題を終わります。

次のページでは、解雇予告制度について学習します。