令和5年度版

 

第1節 社会保障総論

社会保障総論として、社会保障の意義、機能、変遷などについてまとめておきます。

 

 

 

〔Ⅰ〕社会保障の意義、機能等

このページでは、社会保障の意義(定義)、機能等について見ておきます。

 

 

§1 社会保障の意義

社会保障の意義・定義については、争いがあります。

 

ここでは、ひとまず、社会保障は、様々な生活上の困難に陥った国民に対して、公的責任によりその生活の安定を図る制度としておきます。

社会保障は、一般には、社会保険、公的扶助(生活保護等)、社会福祉及び公衆衛生(感染症予防法(旧結核予防法です)等)の4部門から構成されるものと解されます。

 

以下、やや詳しく見ます。

 

一 憲法第25条

まず、憲法第25条は、次のように規定しています。

 

 

【憲法】

憲法第25条

 1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 

2.国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

 

憲法第25条第2項において、「社会保障」という文言が用いられています。

同項では、社会保障について、社会保険と公的扶助(生活保護等)を併せたようなものを想定しているものと解されます。

ただ、現在では、社会保障に「社会福祉」なども含められることが一般であり、この憲法第25条第2項における社会保障とは、最狭義ということになります。

以下、社会保障の意義について、やや詳しく見ます。

 

 

二 社会保障制度審議会(1950年)における定義

「社会保障」について、日本において、初めて公的な定義が示されたのは、内閣総理大臣の諮問機関として1949(昭和24)年に設置された社会保障制度審議会による1950昭和25)年の「社会保障制度に関する勧告」(以下、「1950年勧告」といいます)でした(のちにこちらでも見ます)。

 

この「1950年勧告」においては、社会保障制度は次のように定義されました。

 

社会保障制度とは、「疾病、負傷、分娩、廃疾〔=現在では、「障害」です〕、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もって全ての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすること」をいう。

 

この「1950年勧告」における社会保障は、次のように理解できます。

 

まず、社会保障制度は、傷病、死亡、老齢、失業等に対して、保険的方法社会保険)又は直接の公費負担(社会扶助)により経済的保障を行うものとします。

また、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助(公的扶助)が行われます。生活保護等です。

さらに、公衆衛生及び社会福祉も内容とします。

 

以上より、社会保障制度は、社会保険公的扶助(生活保護等)、社会福祉及び公衆衛生の4部門から構成されることとなります(上記の「直接公の負担による経済保障」は、社会保険の補完的なものである場合もありますが(20歳前傷病による障害基礎年金等)、社会福祉に含まれる場合もあります(児童手当などの社会手当等)。あるいは、独立の部門とする余地もあります)

 

これら社会保険等の制度の特徴を一言で表現しますと、以下の通りです。

 

社会保険は、基本的には、加入者が保険料を納付して、保険事故(リスク)が発生した場合に、公的責任に基づき給付を受けられる制度です。

 

公的扶助(ここでは、生活保護を想定します)は、低所得者に対する最終的な救済手段です。

要件が厳格であり、また、最低基準に満たない分を支給するという性格があります。

 

社会福祉は、社会的弱者に対する税を財源としたその生活の安定を図るための公的なサービスといえます。

基本的には、対象者(障害者、児童、母子、高齢者等)ごとに制度が定められています。

加入や保険料の納付(拠出)を不要とする点で、社会保険と異なります。また、対象が低所得者に限定されない点で、公的扶助(生活保護)と異なります。

 

 

三 近年における社会保障の定義

「1950年勧告」が出された当時は、生活保護が社会保障の大きな柱でした。

その後、1961昭和36)年には、すべての国民が公的な医療保険制度や年金制度に加入する「国民皆保険・皆年金」が実現しました。

その後も、高度経済成長の下で、高齢者福祉、障害者福祉や保育等の児童福祉といった社会福祉に関する制度が整備されていきました。

このように社会保障制度について質量ともに様々な充実・拡大が図られたことにより、社会保障制度の目的は、「1950年勧告」当時の「貧困からの救済」(救貧)や「貧困に陥ることの予防」(防貧)といった「生活の最低限度の保障」から、近年では、「救貧」・「防貧」を超え、「広く国民に安定した生活を保障するもの」へと変わってきました。

 

1993平成5)年の社会保障制度審議会「社会保障将来像委員会第1次報告」では、社会保障とは、「国民の生活の安定が損なわれた場合に、国民にすこやかで安心できる生活を保障することを目的として、公的責任生活を支える給付を行うもの」と定義されました。

 

要するに、社会保障とは、国民の生活の安定を図るために公的責任給付を行うものをいうことになります。

 

ここでは、「給付を行うもの」としていますので、「公衆衛生」が「社会保障」の対象から外れることが多いなど、前記の「1950年勧告」による社会保障の定義よりは狭義になるものといえます。

対して、「1950年勧告」による社会保障の定義は、広義といえます。

 

なお、「給付」について、大別しますと、「金銭(現金)」、「医療サービス」又は「福祉サービス」の3種類に整理できます。 

 

 

以上の定義をもとに、社会保障及び関連制度を整理しますと、その概要は次の図のとおりです。

 

【平成29年版厚生労働白書 4頁から転載】

 

 

前記の報告を基に、社会保障制度審議会では、1995(平成7)年に「社会保障体制の再構築に関する勧告-安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」を取りまとめました。

この中で社会保障制度の新しい基本的な理念について、「広く国民に健やかで安心できる生活を保障すること」とし、国民の自立社会連帯の考えが社会保障制度を支える基盤であるとしています。

自立とは、いわゆる「自助」、社会連帯とは、いわゆる「共助」です。次に、これらの用語を見ます。

 

 

四 自助、共助、公助

社会保障制度の仕組みを「自助、共助、公助」という観点から見てみます。

「平成20年版厚生労働白書」(こちら)の6頁以下を引用します。

 

〔引用開始。〕

 

国民生活は国民一人一人が自らの責任と努力によって営むこと(「自助」)が基本であるが、往々にして、病気やけが、老齢や障害、失業などにより、自分の努力だけでは解決できず、自立した生活を維持できない場合も生じてくる。

このように個人の責任や自助努力のみでは対応できないリスクに対して、国民が相互に連帯して支え合うことによって安心した生活を保障することが「共助」であり、年金、医療保険、介護保険、雇用保険などの社会保険制度は、基本的にこの共助を体現した制度である。

さらに、自助や共助によってもなお生活に困窮する場合などもある。このような自助や共助によっても対応できない困窮などの状況に対し、所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行うのが「公助」であり、公的扶助(生活保護)や社会福祉などがこれに当たる。

このように我が国の社会保障は、個人の責任や自助努力のみでは対応できないリスクに対して、相互に連帯して支え合うことによって安心した生活を保障したり、自助や共助では対応できない場合には必要な生活保障を行うものであり、これにより社会保障は「一人一人が、生涯にわたり、家庭・職場・地域等において持てる力を十分に発揮し、共に支え合いながら、希望を持ち、健やかに安心して暮らすことができる社会の構築・持続」という目標の実現を目指している。

 

〔引用終了。〕

 

※ ちなみに、介護保険法の地域包括ケアシステムについては、近時、「自助」、「共助」、「公助」の他、「互助」も加えた4つの要素により分析する考え方も主張されています(介護保険法のこちら以下)。

 

 

五 国際的な社会保障の定義

なお、国際機関では、各国の社会保障費用について比較・参照できるよう、一定の定義のもとに社会保障に係る費用に関する統計を作成しています。

この国際的な基準として、「ILO基準」と、ILO基準が廃止されて以降、最もよく使用される「OECD基準」があります。

 

以下、簡単に見ます(「平成29年厚生労働白書」(こちら)の6頁(pdfの20頁)をベースにしています)。

 

 

(一)ILO基準

 

ILO(国際労働機関)は、1949(昭和24)年以来、社会保障費用について19次にわたる調査を実施してきました。

ILOの社会保障費用調査においては、以下の➀~③の3つの基準を満たすものを「社会保障給付費」として定義しています。

 

①制度の目的が、(1)高齢、(2)遺族、(3)障害、(4)労働災害、(5)保健医療、(6)家族、(7)失業、(8)住宅、(9)生活保護その他、のリスクやニーズのいずれかに対する給付を提供するものであること。

 

②制度が法律によって定められ、それによって特定の権利が付与され、あるいは公的、準公的、若しくは独立の機関によって責任が課せられるものであること。

 

③制度が法律によって定められた公的、準公的、若しくは独立の機関によって管理されていること。あるいは法的に定められた責務の実行を委任された民間の機関であること。

 

ILOの調査は、長年にわたり、社会保障費用を国際比較する上での基本資料でしたが、1996(平成8)年以降、諸外国のデータ更新が途絶えており、現在は国際比較ができない状況となっています(従来は、各国政府にILO基準に則した集計データを登録してもらう方法でしたが、同年以降、事務局が各国や国際機関が公表しているデータを再利用してデータベースに入力するという方法に変更しました)。

 

 

(二)OECD基準

 

OECD(経済協力開発機構)は、1996年より社会支出統計を公表しています。

社会支出統計は、日本を含めたOECD加盟国が毎年継続して、OECDに統計データを提供しており、社会保障制度にかかる国際比較を行う場合に、現在最もよく用いられています。

OECDの基準では、「社会支出」について、以下の①及び②を満たすものと定義しています。

 

①人々の厚生水準が極端に低下した場合に、それを補うために個人や世帯に対して公的あるいは民間機関により行われる財政支援や給付。

 

②社会的目的を有しており、制度が個人間の所得再分配に寄与しているか、または制度への参加が強制性を持っていること。

 

 

OECD基準の「社会支出」は、ILO基準の「社会保障給付費」に比べて、その範囲が広く、施設整備費など直接個人には移転されない費用も計上されるという違いがあります。

また諸外国のデータが定期的に更新され、比較的新しい年次まで公表されています。

 

OECD基準の社会支出に含まれる社会保障制度は、9つの分野に分けられています。

分野別の定義と日本における支出の具体例は、次の図の通りです(読み込まないで結構です)。

 

【平成29年厚生労働白書 7頁から転載】

 

以上、社会保障の意義でした。次に、社会保障の機能を見ます。

 

 

 

§2 社会保障の機能

社会保障の機能としては、①生活安定・向上機能、②所得再分配機能、③経済安定機能の3つがあげられることが一般です(以下、「平成29年版厚生労働白書」(こちら)の7頁以下参考)。

 

(一)生活安定・向上機能

まず、社会保障の機能として、生活のリスクに対応し、生活の安定を図り、安心をもたらす「生活安定・向上機能」があります。

 

例えば、病気や負傷をした場合には、一定の自己負担により必要な医療を受けることができます(医療保険)。

被用者が業務上の疾病等を負った場合には、労災保険により、自己負担なしで必要な医療等を受けることができます(労災保険)。

被用者が失業した場合には、基本手当等を受給することにより生活の安定が図られます(雇用保険)。

さらに、現役引退後の高齢期には、老齢年金給付の支給や介護保険により安定した生活を送ることができます(年金保険、介護保険)。

その他、職業と家庭の両立支援策等は、子育てや家族の介護が必要な人々が就業を継続することに寄与することで、その生活を保障し安心をもたらします(社会福祉等)。

 

(二)所得再分配機能

社会保障が持つ機能の2つ目は、所得個人や世帯の間で移転させることにより、国民の生活の安定を図る「所得再分配機能」です。

 

社会保障制度の財源である税や社会保険料の多くは、所得に応じて額が決められています。

所得の高い者がより多くの税や保険料を拠出するようになっており、所得の格差を緩和する効果があります。

また、低所得者はより少ない税・保険料負担で社会保障の給付を受けることができます。

例えば、生活保護制度は、税を財源にしており、「所得の多い者」から「所得の少ない者」への再分配が行われるものです。

 

また、所得再分配には、現金給付だけでなく、医療サービスや保育などの現物給付による方法もあります。現物給付による再分配により、所得の多寡にかかわらず、生活を支える基本的な社会サービスに国民が平等にアクセスできるようになっています。

 

(三)経済安定機能

社会保障が持つ機能の3つ目は、景気変動を緩和し、経済を安定させる「経済安定機能」です。

 

例えば、雇用保険制度は、失業中の家計収入を下支えする効果に加え、マクロ経済的には個人消費の減少による景気の落ち込みを抑制する効果(スタビライザー機能)があります。

また、公的年金制度のように、経済不況期においても継続的に一定の額の現金が支給される制度は、高齢者などの生活を安定させるだけでなく、消費活動の下支えを通じて経済社会の安定に寄与しています。

さらに、雇用保険制度に限らず雇用・労働政策全般についても、前述の生活安定・向上の機能を有するのみならず、国民に、困った時には支援を受けられるという安心をもたらすことによって、個人消費の動向を左右する消費者マインドを過度に萎縮させないという経済安定の機能があるといえます。

 

 

§3 ライフサイクルから見た社会保障

ところで、個人の一生が社会保障によりどのようにカバーされているかについては、次の図がまとめです(「平成20年版厚生労働白書」の16頁より)。

 

(なお、次の図の右側の75歳以上の者の医療について「長寿医療」となっているのは、「後期高齢者医療」のことです。)

 

【平成20年版厚生労働白書16頁から転載】

 

次のページでは、日本の社会保障制度の歴史等を見ます。