平成30年度版

 

〔2〕労働時間

第32条では、使用者が労働者に「労働させ」る時間を規制していますので、この労働時間の意義が問題になります。

 

※ 本問は出題も多く、非常に重要です。

  

【条文】

第32条(労働時間)

1.使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。

 

2.使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。

  

 

一 労働時間の意義

労基法の労働時間(第32条の「労働させ」る時間)については、定義規定がないため、その意義が問題になります。

 

前提として、「労働時間」の多義性について見ておきます(のちに紹介します大星ビル管理事件判決等の理解にも役立ちます)。

 

労働時間は、大きくは「労基法上の労働時間」と「労働契約上の労働時間」に分けられます。

「労基法上の労働時間」とは、労基法の規制対象(法定労働時間の規制、時間外労働に対する割増賃金の発生、罰則の適用の対象等)となる時間のことです。

対して、「労働契約上の労働時間」とは、労働契約や就業規則等により労働義務や賃金支払義務があると定められた時間のことです。即ち、「労働契約上の労働時間」については、労働契約等(当事者の主観的意思)によって判断されることになります。

 

例えば、ある時間について賃金が支払われるかどうかが問題になることがあります(ある時間について賃金が支払われる時間を「賃金時間」ということがあります)。

具体的には、遅刻1時間までは賃金カットをしないといった就業規則等の定めがある場合は、遅刻した1時間も賃金が発生する「賃金時間」ですが、この遅刻した1時間は、労働がなされていない以上「労基法上の労働時間」にはあたりません(従って、時間外労働の算定における1日の労働時間には算入されません)。

他方、この遅刻1時間も、労働契約上、労働義務がある時間ですので、遅刻が懲戒事由にあたるときは懲戒処分が可能となります。

このように労働時間は多義的なものですが、このうち「労基法上の労働時間」をどう考えるかが、以下の問題です。

 

 

(一)労基法の労働時間は、第32条を考慮しますと、基本的には、休憩時間を除いた実労働時間(拘束時間から休憩時間を除いた時間)のことといえます(第32条は、法定労働時間の算定について休憩時間は除く旨を定めています)。

ただ、その具体的な判断基準は問題です。例えば、着替えの時間、手待ち時間、仮眠時間、研修・行事への参加の時間等が労基法上の労働時間といえるかです。

 

(二)この点、労基法上の労働時間が、当事者の約定等によって決まるとしては(主観説)、法定労働時間を潜脱する長時間労働が強いられる危険を防止できないおそれがありますから、労基法上の労働時間客観的に決定されるべきものです(客観説)。

そして、例えば、現実には作業をしていない手待時間(作業と作業との間の待機時間)についても、使用者の指示等があれば直ちに作業に従事しなければならない時間である以上、労働時間として規制する必要があります。

そこで、労働時間とは、「使用者の指揮命令の下に置かれているものと客観的に評価できる時間」と解すべきです(指揮命令下説)。

もっとも、具体的には、使用者の関与の程度・態様や業務(職務)との関連性の程度、拘束性(義務性)の有無・程度など、諸事情を総合的に検討して判断する必要があると思われます(次の※を参照)。

 

※ 参考:

 

以下に述べる点は試験対策上は不可欠な知識ではありませんが、知っておかれると、事案の理解の際に役に立つかもしれません。覚える必要はないですが、お読み下さい。

 

後述の通り、判例、行政解釈及び通説的立場は、指揮命令下説をとっています。

ただ、学説上は、客観説の中でも、労働時間を、「使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義し、労働時間の判断において、「指揮命令」のほか「業務性」も補充的に基準とする立場(限定的指揮命令下説。菅野和夫等(以下、敬称は省略させて頂きます)。※1)や、さらには、この限定的指揮命令下説を発展させて、労働時間を「使用者の関与の下で、労働者が職務を遂行している時間」と定義し、労働時間の判断において、使用者の関与の程度職務性の程度とを相互補完的に判断するという立場(相補的2要件説。荒木尚志、水町勇一郎)などもかなり有力に主張されています(ちなみに、水町先生は、長年、社労士試験の試験委員でした。平成28年度の試験からは退任されています)。

 

この点、「労働」の中核的要素は、指揮命令に従って労務を提供することにあるといえますから、指揮命令を基準とする指揮命令下説はわかりやすいといえます。

ただ、具体的事案に即して考えますと、はたして「使用者の指揮命令の下に置かれているものと評価できるか」という基準ですっきり処理できるのか、疑問のケースもあります。

例えば、指揮命令下説の場合、以下のようなケースをどう考えるのかは問題です。

 

・終業後に上司から私用の使いを命令され、使い走りに行った時間(いわゆるパシリです。形式的には、使用者の指揮命令下にある時間として、労働時間にあたるともいえます。しかし、終業後の私用の使いである以上、労働時間と解してよいのかは問題です。つまり、本件の指揮命令は業務との関連性がない以上、このパシリの時間を労働時間と解するのが妥当なのかです。なお、※2を参考)。

 

・趣味で行っている草野球で、たまたま会社の上司が監督をし、部下の選手にサインを出している時間(水町先生の挙げるケースです。これも、形式的には、使用者の指揮命令下にあるともいえますが、明らかに労働時間と取り扱うべきでありません。本件も、業務との関連性がないケースです)。

 

・作業服に着替える時間はどのような場合に労働時間になるのか(作業服に着替えることが義務づけられている場合は、作業服に着替える時間は使用者の指揮命令下にある時間として、すべて労働時間にあたることになってしまうのか)。

 

・後述のように、行政解釈では、労働安全衛生法により義務づけられている健康診断のうち、一般健康診断の受診時間については労働時間にあたらないとしていますが(【昭和47.9.18基発第1575号】)、特殊健康診断(特定の有害業務に従事する労働者について行われます)の受診時間については労働時間にあたるとしています(【昭和47.9.18基発第602号】)。

しかし、指揮命令下説では、両者の区別の違いを説明することは困難です(荒木先生も指摘しています)。

 

結局、抽象的な基準から演繹的に結論を導き出そうとしても、現実の複雑さに対応できず、妥当な結論を導けないという問題がありうるのであり、本問においても指揮命令下の基準から一刀両断に結論を導こうとしても、うまくいかないケースがあるということだと思います(これは、法律の解釈の一般で問題になることです)。

判例も、実際には、「指揮命令下」という基準の中で、業務との関連性や使用者の関与の程度を考慮していることが多いとも指摘されています。そして、労働時間性の判断の際には、他にも、使用者に不当に重い責任が生じないかどうか(割増賃金の負担、罰則の適用があること)等に配慮することも必要といえます。

 

さしあたり、当サイトでは、判例の指揮命令下説の基準をとった上で、具体的には、上記のように、使用者の関与の程度や業務との関連性等を総合的に考慮して判断する、といった程度に考えておくことにします(指揮命令の下に置かれているものと「評価」できるかという「評価」の判断の際に、これらの要素を考慮することになります)

 

 

 

※1 行政解釈について:

 

なお、平成29年1月20日に策定されました「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(全文はこちら)においては、「労働時間の考え方」について、以下のように示されています。

 

〔引用開始〕

 

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間労働時間に当たる

そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。

ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。

 

ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後業務に関連した後始末清掃等)を事業場内において行った時間

 

イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)

 

ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

 

〔引用終了。〕

 

 

※ 上記ガイドラインは、労働時間について、「使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」としています。

この点は、限定的指揮命令下説(菅野説)を意識しているようです。

ただし、限定的指揮命令下説は、労働時間を「使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義していますので、ガイドラインの定義と下線部分が異なります。この点が実際上どのような違いをもたらすのかは不鮮明です。

さしあたり、ガイドラインの定義が、指揮命令下説に立ったうえで、業務性に言及している点は注目されます。 

 

 

※2 業務性について:

 

近年、いわゆるブラック企業やパワー・ハラスメントが社会問題化しており、例えば、労働者が業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制させられるといった例がありうることが指摘されています(従来も、リストラのため、いわゆる「追い出し部屋」を作って無意味な作業をさせるような例が問題になりました)。

 

このような例に対応する見地からは、労働時間性の判断において、「業務性・職務性」を不可欠・絶対的なものと考えるのは、労働者の保護に欠けるおそれがあるかもしれません(このような例においても、実質的には、広義の「業務性・職務性」を肯定できるような場合が多いのでしょうが、それでも、明らかに業務とはいえない活動を使用者が減給等の制裁を背景に労働者に強制させるようなケースがあり得ます)。

 

もちろん、前述のように、「草野球で、たまたま会社の上司が監督をし、部下の選手にサインを出している時間」のような例は労働時間と評価すべきではないでしょうから、基本的には、業務性の考慮は必要と考えられます。

しかし、使用者による関与が極めて強い場合(使用者の当該指揮命令に従わない場合に懲戒処分や人事考課上の不利益な取扱いが予定されているような場合)において、業務と無関係な活動を強制させるようなケースについては、例外的に業務性は不要といえる場合もあり得るように思えます。

かかる例については、判例の「指揮命令下説」や限定的指揮命令下説(菅野説)からはカバーできる可能性はありますが、相補的2要件説からは、(業務性の要素を不可欠と見るなら)対応できない可能性があります。

(以上、この※2については、「講座労働法の再生 第3巻(労働条件論の課題)」の129頁以下の長谷川珠子先生の「労働時間の法理論」を参考にしました。判例の指揮命令下説をベースとした「原則的指揮命令下説」を主張されています。)

 

 

以下、まず重要な最高裁判例を2つ見てみます。非常に長くなりますが、大まかで結構ですので一度はお読み下さい。 

 

 

二 重要判例

(一)【三菱重工長崎造船所事件=最判平成12.3.9】

※ 労働時間に関する最高裁のリーディング・ケースであり、重要判例です。

事業場構内に入場してから退場するまでの間の一連の時間の労働時間性が問題になった事案であり、学習上も有益ですので、事案も詳しく見ておきます。少し長いですが、お読み下さい(下線部分や太字部分を中心で結構です)。近時、出題も多いです。

 

※ なお、本事件については、同日付で2つの判決(会社側上告のものと組合側上告のもの)が出されています(正確には、さらにもう1つあります)。会社側上告の事件番号2029号と組合側上告の事件番号2030号の2つです。具体的な事案の処理について、両方の判決を見た方がよく、以下でも、判旨については、両者を順に載せます。

 

(事案)

・Aらは、船舶等の製造・修理等を行うB社に雇用されて長崎造船所において就業していた。

B社の就業規則においては、Aらの労働時間は午前8時から午後5時まで(うち休憩時間は正午から午後1時まで)、また、始終業基準として、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始し、所定の終業時刻に実作業を終了し、終業後に更衣等を行うものと定め、さらに、始終業の勤怠把握基準として、始終業の勤怠は、更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する旨を定めていた。

 

・当時、Aらは、B社から、実作業に当たり、作業服のほか所定の保護具、工具等(以下「保護具等」といいます)の装着を義務付けられ、右装着を所定の更衣所等において行うものとされており、これを怠ると、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就業を拒否されたりし、また、成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった。

また、Aらのうち造船現場の作業従事者は、B社より、材料庫等からの副資材や消耗品等の受出しを午前ないし午後の始業時刻前に行うことを義務付けられており、また、Aらのうち鋳物関係の作業従事者は、粉じん防止のため、上長の指示により午前の始業時刻前に月数回散水をすることを義務付けられていた。

 

Aらの以下の行為に要した時間について労基法上の労働時間にあたるかどうかが問題となった(Aらが、労働時間にあたるとして割増賃金の支払いを求めた事案)。

 

1 午前の始業時刻前に入退場門から事業所内に入って更衣所等まで移動した

 

2 その後、更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動した

 

3 午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行った。

 

4 午前の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動して作業服及び保護具等の脱離等

をした。

 

5 午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで移動し、脱離した作業服及び保護具等を装着した。

 

6 午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等にまで移動して作業服及び保護具等を脱離した

 

7 その後、手洗い、洗面、洗身、入浴を行ってから、通勤服を着用した。

 

8 更衣所等から入退場門まで移動し事業場外に退出した。

 

 

・一審及び原審は、ともにこれらのうち2、3及び6については、労基法上の労働時間にあたると認めました。

これに対して、B社が原審敗訴部分を不服として上告したものが会社側上告の事件番号2029号の判決(以下、「判決1」とします)で、Aらが原審敗訴部分を不服として上告したものが事件番号2030号の判決(以下、「判決2」とします)です。

 

 

(判旨)

○判決1(会社側上告の事件番号2029号):

 

(1)「労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)32条の労働時間(以下『労働基準法上の労働時間』という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。」

 

〔※ ここでは、判例が、主観説を採用せずに客観説を採用し、客観説のうち指揮命令下説を採用していることを明らかにしています。〕

 

(2)そして、「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等事業所内において行うことを使用者から義務付けられ又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」

 

(3)「右事実関係によれば、被上告人ら〔=Aら〕は、上告人〔=B社〕から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。また、被上告人ら〔=Aら〕の副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに、被上告人ら〔=Aら〕は、実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだ上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれているものと評価することができる。」

 

〔※ そこで、Aらが上記の2、3及び6の各行為に要した時間が社会通念上必要と認められるとして労働基準法上の労働時間に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができるとしました。〕 

 

 

○判決2(組合側上告の事件番号2030号):

 

〔事案への当てはめの部分のみ挙げます。原文の事実関係を引用する部分は、読みやすいように数字を変えている個所が多数あります。

なお、少し原文は読みにくいと思いますが、後の解説の個所でより整理していますので、そちらも参考にして下さい。〕

 

「右事実関係によれば、右〔=上記(事案)の入退場門から事業所内に入って更衣所等までの移動、及び上記更衣所等から入退場門まで移動し事業場外に退出したこと〕の各移動は、被上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができないから、各上告人〔=Aら〕が右各移動に要した時間は、いずれも労働基準法上の労働時間に該当しない。

また、上告人ら〔=Aら〕は、被上告人〔=B社〕から、実作業の終了後に事業所内の施設において洗身等を行うことを義務付けられてはおらず、特に洗身等をしなければ通勤が著しく困難であるとまではいえなかったというのであるから、上告人ら〔=Aら〕の洗身等は、これに引き続いてされた通勤服の着用を含めて、被上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができず、各上告人〔=Aら〕が右〔=上記終業時刻後に手洗い、洗面、洗身、入浴を行った後、通勤服を着用したこと〕の洗身等に要した時間は、労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。

 

他方、上告人ら〔=Aら〕は、被上告人〔=B社〕から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられていたなどというのであるから、右〔=上記更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動すること、及び、上記午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等にまで移動して作業服及び保護具等を脱離したこと〕の作業服及び保護具等の着脱等は、被上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、右着脱等に要する時間は、それが社会通念上必要と認められる限り、労働基準法上の労働時間に該当するというべきである。」

 

しかしながら、「上告人ら〔=Aら〕の休憩時間中における作業服及び保護具等の一部の着脱等については、使用者は、休憩時間中、労働者を就業を命じた業務から解放して社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置けば足りるものと解されるから、右着脱等に要する時間は、特段の事情のない限り、労働基準法上の労働時間に該当するとはいえず、各上告人〔=Aら〕が右〔=上記4の午前の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動して作業服及び保護具等の脱離等をしたこと、及び上記5の午後の始業時効前に食堂等から作業場等まで移動し、脱離した作業服及び保護具等を装着したこと〕の各行為に要した時間は、労働基準法上の労働時間に該当するとはいえない。」 

 

 

 ○過去問:

 

・【平成20年問4A】

設問:

労働基準法が規制対象とする労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、その具体的な判断においては、労働契約、就業規則、労働協約等の定めに従い決定されるべきだとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

上記判例は、労働時間に該当するか否かは、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」としています。従って、設問は誤りです。 

 

 

・【平成28年問4A】

設問:

労働基準法第32条の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」とするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。前掲のこちらの部分の判示です。   

 

 

※(上記判例の解説)

 

上記各判決は、次の2、3及び6に係る時間については労基法上の労働時間と認めその他については認めませんでした。順番に検討します。

 

1 午前の始業時刻前に入退場門から事業所内に入って更衣所等まで移動した。

 

2 その後、更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動した。

 

3 午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行った。

 

4 午前の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動して作業服及び保護具等の脱離等をした。

 

5 午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで移動し、脱離した作業服及び保護具等を装着した。

 

6 午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等にまで移動して作業服及び保護具等を脱離した。

 

7 その後、手洗い、洗面、洗身、入浴を行ってから、通勤服を着用した。

 

8 更衣所等から入退場門まで移動し事業場外に退出した。

 

 

1 午前の始業時刻前に入退場門から事業所内に入って更衣所等まで移動した時間について:

 

事業場に入門後の歩行時間が労働時間にあたるかであり、労働時間の起算点の問題でもあります。

この点、事業場に入門しても、業務・作業自体との直接的な関連性はまだ乏しいといえること、入門後も作業時刻までは自由な時間が保障されているのなら労働者に対する拘束性も弱いこと、そして、入門した段階で労働時間になるとしては、使用者の責任が重くなりすぎるおそれもあること等を考えますと、入門後の歩行時間は直ちには労働時間にはあたらないとすべきなのでしょう(理由づけは私見。以下も同様です)。

 

ただ、就業規則等において、入門時刻が定められ、作業開始時刻には間に合っても入門時刻には間に合わないときは減給その他の制裁措置がとられるようになっているような場合には、入門時点から使用者の支配が強く及んでいるといえ、この時点で使用者の指揮命令下に置かれたと評価でき、労働時間として起算されると解することは可能といえます(平成22年版厚生労働省労働基準局編コンメ上巻402頁参考。ただし、この考え方に対しては、学説から批判もあるようです。試験対策上は、次の判例の結論のみ押さえれば足りでしょう)。

 

上記「判決2」(組合側上告事件)では、本件1について、使用者の「指揮命令下に置かれたものと評価することができない」として、労働時間にあたらないとしていますが、なぜ指揮命令下に置かれたと評価できないのかが重要なはずなのに、その点が示されていません。

本件の場合、始終業基準として、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始することは定められていますが、入門時刻の定め等はないようです。すると、上記のように、入門時点では労働時間には起算されないとする結論は妥当とはいえそうです。

 

(なお、アメリカでも、かつては客観説がとられていましたが、連邦最高裁が入門後の歩行等も労働時間にあたると判断したあと、半年のうちに膨大な割増賃金訴訟が提起されて経済への深刻な影響が憂慮されたため、始終業前後の歩行や準備後始末労働等が労働時間にあたるかどうかは、契約上賃金支払対象とされているかどうかで決するという立法を定めたとされます(1947年制定。荒木初版162頁注46)。

この立場は2分説を立法化したものです。2分説とは、労働時間について、労働力の提供そのものである中核的労働時間については客観的に定め、その前段階の周辺的労働時間(いわばグレーゾーン)については当事者の約定等を基準に判断するという立場です。

しかし、当事者間の約定等により労働時間が決定される余地がある以上、法定労働時間の規制が潜脱される恐れがある点では主観説と同様の問題があり、上記三菱重工長崎造船所事件も客観説を採用し、二分説は採っていません。アメリカのように法律により定めた場合と明文のない日本の場合とでは、事情が異なります。) 

 

 

2 入門後、更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動した時間について:

 

(1)作業の準備行為としての、作業服への着替えや保護具等の装着等に要した時間及びその後の作業上への移動時間が労働時間にあたるかです。

これは難しい問題だと思います。作業服への着替えが義務づけられているケースは多いといえ、かかる着替え時間が広く労働時間にあたると解しては、使用者の責任が重すぎることになりうるからです。

そして、着替え等の時間は、作業の準備行為とはいっても、いわば準備行為の前段階にあるに過ぎないものであることを考えますと、作業服への着替え等が義務づけられており、かつ、それ自体入念な作業(装着)を要する場合にのみ労働時間にあたると考えることも可能でしょう(菅野先生は、結論的には、このような立場のようです)。

 

(2)上記判例は、前記の通り、「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等〔=業務との関連性及び使用者の関与の程度の問題といえます〕を事業所内において行うこと〔=場所的な拘束性の問題といえます〕を使用者から義務付けられ又はこれを余儀なくされたとき〔=使用者の関与の程度の問題といえます〕は、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り〔=要した時間の必要性ないし相当性も考慮していることになります〕、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」とし、本件では、「作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができる」として、労働時間と認めました。

 

本件では、造船用の特殊な保護具を装着するケースだったようで、単なる作業服への着替えのみについても同じ結論になるのかどうかは、若干、問題もあります。

ただ、判決の判示からは、作業服への着替えを事業所内において行うことを義務づけられていた場合は(着替えに必要な時間である限り)、当該作業服への着替えの時間は労働時間にあたるとする立場と読むのが自然なのでしょう。

 

前述のガイドライン(こちら)も、「使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)」は、労働時間に該当するとしていますから、「着用を義務付けられた所定の服装への着替え」を広く労働時間と認める立場と解されます。

 

(このような判例・行政解釈により、例えば、サービス業等でアルバイトの労働者に制服を着用することを義務付けている場合は、制服着用のため社会通念上必要な時間は、労働時間として計算する必要があることになります。場合によっては、この制服着用の時間分、時間外労働が発生します。)

 

 

 ○過去問:

 

・【平成22年問4B】

設問:

工場で就業する労働者が、使用者から、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、その装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされ、また、始業の勤怠管理は更衣を済ませ始業時に準備体操をすべく所定の場所にいるか否かを基準として定められていた場合、その装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、労働基準法上の労働時間に当たるとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

上記2の(2)(こちら以下)における判示のように、正しい設問です。

 

 

・【平成27年問6A】

設問:

労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときであっても、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合には、当該行為に要した時間は、労働基準法上の労働時間に該当しないとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

上記2の(2)(こちら以下)における判示の通り、設問は誤りです。 

 

 

3 午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行った時間について:

 

本件も、作業の準備行為のケースです。これら資材等の準備行為は、作業自体に直接的に関連しているものといえること(上述の作業服への着替えのケースより、業務本体との関連性が強いといえます)、また、本件では、当該準備行為を午前ないし午後の始業時刻前に行うことを会社側から義務づけられていたことを考えますと、これら準備行為の時間は、使用者による指揮命令下に置かれている時間と評価でき、労働時間にあたるものと解されます。

 

なお、始業時刻前等に朝礼ミーティング体操などが行われるケースも、これらが義務づけられているような場合は、労働時間にあたることになります。

また、始業時刻前等に作業の引き継ぎ、機械点検等が行われるケースは、これらは作業に必要不可欠なものと見られ、業務の密接関連行為として、通常、労働時間にあたると解されます。

 

 

次は、上記の4と5の二つを一緒に見ます。

 

4 午前の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動して作業服及び保護具等の脱離等をした時間、及び

5 午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで移動し、脱離した作業服及び保護具等を装着した時間について:

 

これらは、昼の休憩時間前後の作業服・保護具等の脱離・装着、移動に要した時間が労働時間にあたるかの問題です。限界事例といえ、難しい問題です。

 

判例は、「休憩時間中における作業服及び保護具等の一部の着脱等については、使用者は、休憩時間中、労働者を就業を命じた業務から解放して社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置けば足りるものと解されるから、右着脱等に要する時間は、特段の事情のない限り、労働基準法上の労働時間に該当するとはいえず」として、労働時間にあたらないとしました。

 

この結論の妥当性は微妙なところであり、また、その理由づけに説得力があるのかは問題です。

例えば、4のケースでは、午前中の作業が12時に終了し、更衣所等まで戻って作業服等を脱離した時間が労働時間にあたるかです。

この点、確かに、作業が一旦終了し、以後は、労働者は労働から解放されていることを考えますと、この時間は休憩時間なのであり、また、休憩時間中の作業服等の脱離を義務づけていたわけでもないでしょうから、休憩時間における作業服等の脱離時間等まで労働時間に含めるのは、使用者にとっては責任が重すぎるとはいえそうです。

そして、通常の作業服の着替えのケースやさほど遠くない更衣所等への移動のケースなら、これらの事情を考慮して、かかる時間を労働時間にあたらないと解しても不当でないのでしょう。

ただ、本件では、保護具の脱離に時間がかかるケースだったようであり、また、単なる作業服とは異なり、保護具の場合、脱離せずに休憩をとることは実際上困難であったといえることも考えますと、社会通念上相当といえる時間の範囲では労働時間に含まれると解することも可能であったように思えます(判示の「特段の事情」があったケースのように見えます)。

 

いずれにしましても、判例が、この4と5のケースについて、労働時間にあたらないとしたことは頭のどこかに入れておく必要があります(上掲のように、択一式の【平成22年問4B】では、2のケースについてかなり細かく出題してきているからです)。 

 

 

6 午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等にまで移動して作業服及び保護具等を脱離した時間について:

 

判例は、「実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだ上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれているものと評価することができる」として、かかる脱離時間等と労働時間にあたるとしました。

作業服・保護具等の装着を義務づけられていたことから、始業時刻前のそれらの装着時間を労働時間と解することとバランスは図られているとはいえそうです。 

 

 

7 その後、手洗い、洗面、洗身、入浴を行ってから、通勤服を着用した時間について:

 

判例は、「実作業の終了後に事業所内の施設において洗身等を行うことを義務付けられてはおらず、特に洗身等をしなければ通勤が著しく困難であるとまではいえなかったというのであるから、上告人ら〔=Aら〕の洗身等は、これに引き続いてされた通勤服の着用を含めて、被上告人〔=B社〕の指揮命令下に置かれたものと評価することができ」ないとして、労働時間にあたらないとしました。

 

確かに、作業終了後の洗身、入浴等は、通常は作業に必要不可分なものではないこと(業務自体との関連性が弱いです)、また、作業自体は終了しており、労働者にとり拘束性のない自由な時間で行われるものであることを考えますと、基本的には、これらに要する時間は使用者の指揮命令下にある時間とはいえず、労働時間にあたらないとできます。

 

ただし、上記判例の判示からは、洗身、入浴等を使用者が義務づけていた場合や洗身、入浴等が通勤のため不可欠であるような場合は、例外的に、これらに要する時間も労働時間にあたることになりそうです。

例えば、業務の性質から、身体が著しく汚れ、洗身、入浴をしないと通勤が困難であるといえるような場合は、洗身、入浴は業務と強い関連性があるといえ、労働時間性を肯定する余地があります。

 

なお、【昭和23.10.30基発第1575号】は、坑内労働者が作業終了後に入浴する場合について、使用者の指揮下に行われるものではなく、入浴時間は通常労働時間には算入されないとしています。

試験対策上、上記の判例及び通達の結論を覚えておく必要があります。 

 

 

8 更衣所等から入退場門まで移動し事業場外に退出した時間について:

 

これについて、判例は、入門してから更衣所に入る移動時間のケースと同様に、「指揮命令下に置かれたものと評価することができない」時間であるとして、労働時間にあたらないとしました。

確かに、業務は完全に終了していること、労働者の自由な時間といえることを考えますと、この8のケースは、労働時間にあたらないとできそうです。

 

 

以上で、三菱重工長崎造船所事件判決について終わります。    

 

 

(二)【大星ビル管理事件=最判平成14.2.28】

次に仮眠時間労働時間性が問題になった判例を見ます。これも重要です。

 

(事案)

ビル管理会社の従業員の泊まり勤務中の仮眠時間の労働時間性が問題になった事案。

当該従業員は、泊まり勤務中、配属先のビルからの外出を原則として禁止され、飲酒も禁止されており、7~9時間の仮眠時間中に、仮眠室において待機し、警報・電話等に直ちに相当の対応をすること等が義務づけられていたが、そうした事態が生じない限り、睡眠をとってもよいことになっていた。

会社は、24時間勤務における仮眠時間について、所定労働時間には算入せず、泊まり勤務手当(2,300円)を支給するのみであり、ただ、仮眠時間中に突発業務が生じた場合は、実作業時間に対する時間外勤務手当や深夜就業手当を支給していた。

従業員が本件仮眠時間の全てが労働時間にあたるとして、労働協約、就業規則に所定の時間外勤務手当、深夜就業手当の支払を、予備的に労基法所定の時間外、深夜割増賃金を求めたもの。 

 

(判旨)

「労基法32条の労働時間(以下『労基法上の労働時間』という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下『不活動仮眠時間』という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(【上掲の平成12年の三菱重工長崎造船所事件判決を参照しています】最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。

【過去問 平成19年5B出題(後掲)】

そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、・・・不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。

そこで、本件仮眠時間についてみるに、・・・前記事実関係によれば、上告人ら〔=従業員〕は、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、上告人らは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被上告人の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。

 

(中略)

〔※ 以下、ある時間について賃金が支払われるかどうかという賃金時間の問題です。〕

 

上記のとおり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきであるが、労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。もっとも、労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。したがって、時間外労働等につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合に、所定労働時間には含められていないが労基法上の労働時間に当たる一定の時間について、明確な賃金支払規定がないことの一事をもって、当該労働契約において当該時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当とはいえない。

 

そこで、被上告人〔=会社〕と上告人ら〔=従業員〕の労働契約における賃金に関する定めについてみるに、前記のとおり、賃金規定や労働協約は、仮眠時間中の実作業時間に対しては時間外勤務手当や深夜就業手当を支給するとの規定を置く一方、不活動仮眠時間に対する賃金の支給規定を置いていないばかりではなく、本件仮眠時間のような連続した仮眠時間を伴う泊り勤務に対しては、別途、泊り勤務手当を支給する旨規定している。そして、上告人らの賃金が月給制であること、不活動仮眠時間における労働密度が必ずしも高いものではないことなどをも勘案すれば、被上告人〔=会社〕と上告人ら〔=従業員〕との労働契約においては、本件仮眠時間に対する対価として泊り勤務手当を支給し、仮眠時間中に実作業に従事した場合にはこれに加えて時間外勤務手当等を支給するが、不活動仮眠時間に対しては泊り勤務手当以外には賃金を支給しないものとされていたと解釈するのが相当である。

したがって、上告人ら〔=従業員〕が本件仮眠時間につき労働契約の定めに基づいて所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当を請求することができないとした原審の判断は是認することができ」る。

 

「上記のとおり、上告人ら〔=従業員〕は、本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について、労働契約の定めに基づいて既払の泊り勤務手当以上の賃金請求をすることはできない。しかし、労基法13条は、労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし、無効となった部分は労基法で定める基準によることとし、労基法37条は、法定時間外労働及び深夜労働に対して使用者は同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。したがって、労働契約において本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について時間外勤務手当、深夜就業手当を支払うことを定めていないとしても、本件仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上、被上告人〔=会社〕は本件仮眠時間について労基法13条、37条に基づいて時間外割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務がある。」

 

〔※ 以下、1箇月単位の変形労働時間性の問題に言及しています。

まず、1箇月単位の変形労働時間性については、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるとし、しかし、原審はこの要件を具備しているかについて認定判断をしていず、時間外労働にあたる時間を適切に算出していないとします。

また、「割増賃金の基礎となる賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金、すなわち、いわゆる通常の賃金である。この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金であり、上告人ら〔=従業員〕についてはその基準賃金を基礎として算定すべきである。」と判示しました。(詳しくは、各個所で学習します。)〕 

 

 

※(解説)

 

1 労働時間

 

まず、仮眠時間が労基法上の労働時間にあたるかどうかについては、仮眠時間について、使用者の指揮命令下に置かれていたものと客観的に評価することができるかどうかという三菱重工長崎造船所事件判決の基準に従っており、具体的には、労働からの解放が保障されているかどうかを考慮しています。

つまり、本件は、労働時間と休憩時間との区別の問題の事案であり、休憩時間とは「労働者が権利として労働から離れることを保障された時間」をいうため、労働時間との区別も、労働からの解放・離脱の有無を考慮することになります。

本事案では、この判断において、仮眠時間でも、労働契約上、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられていることを重視して、実質的には労働からの解放が保障されていないと考え、労働時間にあたると解しています。

 

 

2 賃金時間

 

(1)本判決では、さらに、労基法上の労働時間であっても、「当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まる」と判示し、労基法上の労働時間労働契約上の労働時間(のうち、賃金支払の対象となる時間=賃金時間)を区別する必要を挙げています。

 

この点は、既述しましたように、例えば、遅刻1時間までは賃金カットしないといった就業規則等の定めがある場合は、遅刻した1時間も賃金が発生する「賃金時間」ですが、この遅刻した1時間は、労働がなされていない以上「労基法上の労働時間」にはあたらない(従って、時間外労働の算定における1日の労働時間には算入されない)ということです。

逆に、例えば、所定労働時間が7時間の場合に、1時間残業をしてもこの法定労働時間を超えない1時間の残業分は賃金を支払わないという労働契約を締結することも可能であり(これを禁止している法令はなく、また、直ちには公序良俗に反するとまでいえないのでしょう。ただし、この場合、例えば、日給制だったとして、日給の額を7時間で除して得た金額が最低賃金未満であれば、最低賃金法に違反します(ここは、会員の方のご指摘を参考に追記しています))、この場合も、この1時間の残業は、労基法上の労働時間にはあたりますが、賃金時間にはあたらないことになり、両者が分離します。

 

(2)ただし、上記判例が言及していますように、労働契約の合理的解釈として、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間とするものと解するのが妥当です。

なぜなら、「労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係労働契約の本質的部分を構成している」といえますし、また、労基法上の労働時間に該当するのに賃金支払の対象とならない時間を設定するというのは、通常は労働者に不当に不利益になるものといえるからです。

もっとも、本件のように特別の手当が支給されているようなケースもあるのであり、個別の事案ごとに労働者の不利益の程度なども考慮しつつ、当該労働契約の合理的な解釈をして判断する必要があります。

 

(3)この点、本事案では、不活動仮眠時間について賃金の支給規定は定めていませんが、そこそこの額の泊り勤務手当が支給されることや月給制であること、不活動仮眠時間における労働密度が必ずしも高いものではないことを考慮して、当該労働契約の合理的解釈として、不活動仮眠時間に対しては泊り勤務手当以外には賃金を支給しないものとされていたと解釈したものといえます。

 

(4)もっとも、当該不活動仮眠時間は労基法上の労働時間にあたる以上、時間外労働や深夜労働にあたる場合は、割増賃金の支払義務が生じることになります(第37条)。

 

 

○過去問:

 

・【平成19年問5B】

設問: 

 労働基準法第32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が実作業に従事していない仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきであるとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

 

 

・【平成22年問4A】

設問:

ビルの巡回監視等の業務に従事する労働者の実作業に従事していない仮眠時間についても、労働からの解放が保障されていない場合には労働基準法上の労働時間に当たるとするのが最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

 

 

以上、重要な判例を2つを見ました。次のページにおいては、労働時間性が問題となるケースを類型化して整理しておきます。