令和6年度版

 

§2 労働義務の履行不能の場合 ➡ 危険負担、休業手当(第26条)

続いて、賃金に関する変更(展開)の問題として、「労働義務の履行不能の場合 ➡ 危険負担民法第536条)、休業手当第26条)」について学習します。

ここは、非常に重要であり、出題も多い個所ですが、難しい問題も多いです。

 

 

 

〔Ⅰ〕 危険負担

休業手当の前提として、民法の危険負担について簡単に学習します。

この危険負担(民法)の問題は、直接的には試験の範囲ではありませんから、細部を覚える必要はありませんが、休業手当等の問題を理解するために知っていると便利な知識ですので、ざっとお読み下さい(ただし、危険負担の問題は、非常に難解であるため、大まかなイメージができた程度で、休業手当(こちら以下)に進んで下さい)。

 

ここで問題となるのは、労働義務が履行不能となった場合に、労働者は賃金を請求できるのか(使用者は賃金支払義務を負うのか)ということです。

例えば、使用者の注意義務違反によって工場が失火し消滅したため、その工場で勤務できなくなった労働者は、労働契約はまだ存続するとして賃金を請求できるのかです。

 

1 この点、労働者労働義務の履行不能が、「債務者である労働者帰責事由」(民法の条文上は、「責めに帰すべき事由」ですが、以下、簡略化して「帰責事由」ということがあります。例えば、ずる休みしたようなケースです)により生じた場合は、まず、債務者である労働者の債務不履行の問題が生じます(債務者が債務の本旨に従った債務の履行をしない場合は、債権者は損害賠償請求権や解除権を行使することができます(民法第415条第540条以下)。なお、使用者による「解除権の行使」の場合は、解雇権濫用法理が適用されます)。

そして、債務の本旨に従った労働がなされていない場合は、特段の合意等がなければ、当該労働不提供部分に対応する賃金請求権発生しないものと解されます(ノーワーク・ノーペイの原則(こちら))。

(その他に、企業秩序違反として、懲戒処分(こちら)の問題も生じます。)

【令和2年度試験 改正事項(民法改正)】 

2 対して、労働者の労働義務の履行不能が、「債務者である労働者帰責事由によって生じものではない場合」は、労働者が賃金の請求をすることができるかどうか(使用者が賃金を支払わなければならないかどうか)は、民法の危険負担の問題とノーワーク・ノーペイの原則が関係します。

 

危険負担とは、労働契約のような双務契約の成立後に、債務者(労働者)の帰責事由によらずにその債務の履行が不能となった場合に、そのリスクを債権者と債務者のどちらが負うのか(本件では、債権者である使用者が賃金支払義務の履行を拒絶することができるのか)という問題です。

 

双務契約とは、当事者双方が互いに対価的関係にある債務を負担する契約のことです。

例えば、売買契約(売主の目的物引渡義務と買主の代金支払義務が対価的関係に立ちます)や賃貸借契約(賃貸人の貸す義務と賃借人の賃料支払義務が対価的関係に立ちます)などです。

労働契約も、労働者の労働義務と使用者の賃金支払義務が対価的関係にありますから、双務契約です。

 

危険負担は、双務契約の成立後において、債務者の帰責事由によらずにその債務の履行が不能となった場合に、そのリスクを債権者と債務者のどちらが負うのかという問題です。

 

なお、双務契約においては、各当事者は、それぞれ債権者であり債務者となりますが、危険負担については、「履行不能となった債務」(履行できなくなった債務)を基準として債務者・債権者を考えます(中田「契約法」初版161頁・新版164頁)。 

例えば、労働契約については、履行できなくなったのが労働者の労働義務である場合は、労働者が債務者、使用者が債権者となります。使用者の賃金支払義務は、労働者の労働義務の反対給付債務となります。

 

なお、そもそも、労働者の労働義務が「履行不能」となったのかが問題となる場合があります。こちらで触れますが、さしあたりスルーで結構です

 

ちなみに、民法の危険負担の規定は任意規定と解されていますので、当事者が民法の規定と異なる合意をすることは可能です。

 

この債務者の帰責事由によらずにその債務が履行不能となった場合に、債務者がリスクを負うものを債務者主義といい、債権者は反対給付の債務(単に「反対債務」ということが多いです。例:賃金支払義務)の履行を拒むことができます(簡単に言えば、債務者主義とは、債務者が損をする場合です)。  

 

対して、債権者がリスクを負うものを債権者主義といい、債務者は履行はしませんが、債権者は反対給付の債務の履行を拒むことができません(債権者主義とは、債権者が損をする場合です)。

 

民法は、債務者主義原則としています(民法第536条第1項)。

 

この債務者主義の理由としては、双務契約では、当事者双方が互いに対価的関係にある債務を負っているのですから、一方の債務が履行できなくなった場合には、他方の債務もその履行を強いられない(他方は反対給付の債務の履行を拒絶することができる)というのが公平といえることが挙げられます。

 

なお、従来は、危険負担の効果は、「債務者の債権の消滅 = 債権者の債務の消滅」の問題でした。

例えば、労働契約の場合は、債務者である労働者の労働義務がその帰責事由なく履行不能となった場合に、債権者である使用者の賃金支払義務が「消滅」するのかという問題だったのです。

しかし、令和2年4月1日施行の民法の改正により、危険負担の効果は、「債権者の債務の履行の拒絶」(反対給付債務の履行拒絶権)の問題に改められました。

例えば、売買契約の場合は、債務者である売主の目的物引渡義務がその帰責事由なく履行不能となった場合に、債権者である買主が代金支払義務の履行を拒絶することができるかという問題に見直されたのです。

そこで、改正後は、債務者の債務(例:売主の引渡義務)がその帰責事由なく履行不能となった場合に債務者主義が適用されるときは、債権者(例:買主)は反対給付債務(例:代金支払義務)の履行を拒絶することはできますが、その反対給付債務(代金支払義務)を消滅させるためには、契約(例:売買契約)の解除をしなければならないこととなりました。

改正前は、この場合の債権者(買主)の代金支払債務は当然に消滅しましたが、他方で、このように債務者(売主)に帰責事由がない場合は、債権者(買主)は契約を解除することはできませんでした。

即ち、後述のように、危険負担の効果の改正は、「債務者に債務不履行があった場合に、債務者に帰責事由がなくても、債権者が契約を解除できるように改められた」ことに連動しているのですが、この結果、改正後は、一方の債務が履行不能となった場合に反対給付の債務が「消滅」するかどうかについては、債権者の意思に委ねる(即ち、債権者が契約を解除する意思表示をするかどうかに委ねる)という仕組みに改められたことになります。

 

以上のように、改正後は、一方の債務がその帰責事由なく履行不能となった場合において、「他方の債務の履行を拒絶することができるか」という問題は「危険負担」が取り扱い、「他方の債務が消滅するか」という問題は「解除」が取り扱うことに区分されました。以上、詳しくは、こちら以下です

 

 

危険負担の債務者主義・債権者主義の説明に戻りますと、例えば、歌手がコンサートを行う出演契約(報酬が前払の例とします)が締結された後、地震のため予定会場が壊れ出演不能となったケースでは、債務者である歌手の出演不能について、出演依頼者(債権者)には責任はありませんから、債務者主義が適用され、出演依頼者(債権者)は出演料支払債務の履行を拒絶することができ、結果として、歌手は出演料を請求できない(正確には、請求してもその履行を拒絶される)こととなります。

 

対して、債務の履行不能について「債権者帰責事由がある場合」は、債権者がリスクを負い、債権者は反対給付債務の履行を拒むことができず、債権者はその債務を履行することが必要となります(債権者主義民法第536条第2項)。

上記の出演のケースでは、出演不能となった理由が、出演依頼者(債権者)が会場の予約をしていなかったことによる場合は、債権者の帰責事由が認められ、歌手は出演はしませんが出演料は全額請求できます。  

 

 

3 以上を労働契約の場合に即してまとめます。

 

労働者の労働義務履行不能となった場合は、当該履行不能が誰の帰責事由によるものかを考えます。

 

まず、労働者の帰責事由によらずに労働義務が履行不能となった場合において、

使用者にも帰責事由がないときは、特段の合意等がなければ、ノーワーク・ノーペイの原則こちら。債務の本旨に従った労働がなされて初めて具体的な賃金請求権が発生する(労働義務が履行されないと具体的賃金請求権は発生しない)という考え方)から、労働者の賃金請求権発生しないものと解されます(ただし、賃金の前払等の特約がある場合は(すでに賃金請求権は発生しているため)、危険負担の債務者主義の民法第536条第1項が適用されることがあり、その場合は使用者は賃金支払義務の履行を拒絶できます。なお、既に労働者が履行した部分がある場合は、当該労働者は当該履行割合に応じた報酬(賃金)請求権を有します(民法第624条の2こちら以下))。

(なお、労働者帰責事由により労働義務が履行不能となった場合も、こちらの1のようにノーワーク・ノーペイの原則が適用されるものと解されます。)

 

次に、使用者帰責事由により労働者の労働義務が履行不能となった場合は、特段の事情がなければ、危険負担の債権者主義民法第536条第2項が適用され、使用者は、賃金支払義務の履行を拒絶することはできず、従って、労働者は賃金全額を請求することができます。

 

結論としては、以上を押さえて頂ければ足ります。

ただ、労働義務の履行不能については、理論上、ノーワーク・ノーペイの原則と危険負担との関係が問題となるため、通常の契約(例:売買契約)における危険負担の問題より難しくなり、注意が必要です。

 

例えば、賃金の前払等の特約がない場合において、労働者の労働義務が「使用者の帰責事由」によって履行不能となったときは、ノーワーク・ノーペイ(労働義務の先履行)の原則によれば、そもそも当該労働義務に対応する賃金請求権は発生していないということになります。

そして、危険負担は、(後に見ますように)発生した債権・債務についてのリスク負担の問題ですから、上記のような場合は、賃金請求権が発生していない以上、これについての危険負担は問題とならないことにもなりかねません。

しかし、履行不能について使用者に帰責事由がある以上、労働者を保護する必要があるでしょう。

そこで、債権者の帰責事由に基づく履行不能の場合に債権者に危険を負担させることにより当事者間の公平を図るという危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)の趣旨を及ぼして、このような場合にも、使用者は賃金支払を拒絶できないと解すべきこととなります(理屈的には、民法第536条第2項の法意より、賃金支払義務が「発生」することになります)。

ここでは、結果的に、ノーワーク・ノーペイの原則より、危険負担・債権者主義が優先される形となります。

結局、ノーワーク・ノーペイの原則は、使用者に帰責事由がある労働義務の労働不能の場合(危険負担・債権者主義が適用される場合)には適用されないと考えることになります(以上は、私見ですが、潮見「新債権総論1」623頁以下参考。他に、「一問一答 民法(債権関係)改正」229頁、中田「契約法」初版493頁・167頁、新版169頁等参考)。 

大まかには、労働者が自発的に休業するようなケース(労働者の帰責事由による休業も含みます)ではノーワーク・ノーペイの原則が問題となり、そうでないケース(使用者に帰責事由があるようなケース)では危険負担が問題となるというイメージでよさそうです。

このノーワーク・ノーペイの原則と危険負担との関係について詳しくは、育児休業期間中の賃金請求権についての労働一般のこちら以下(労働一般のパスワード)で触れています。

 

(ちなみに、ノーワーク・ノーペイの原則を否定する考え方もありますが、この否定説では、労働者の帰責事由により労働義務が履行不能となった場合(こちらの1)に問題が生じることとなります。

即ち、否定説では、労働者の帰責事由により労働義務が履行不能となった場合(例:労働者のずる休み。このケースは、当事者双方に帰責事由がない場合ではないため、危険負担(民法第536条第1項)は適用されません)、使用者の賃金支払義務自体は消滅しないこととなります。この賃金支払義務(労働者の賃金請求権)を消滅させるためには、使用者は労働契約を解除しなければならないこととなりますが、解雇権濫用法理が適用されるため、労働者の軽度の債務不履行では労働契約の解除は認められず、使用者の賃金支払義務自体は存続してしまう(ただし、使用者も債務不履行による損害賠償請求権は取得しえますが、賃金請求権との相殺は禁止です)という「座りの悪い」こととなります。

ノーワーク・ノーペイの原則を適用すれば、労働者の帰責事由により労働義務が履行不能となった場合は、使用者の賃金支払義務も消滅しますので、すっきりとした構成にはなります。)

 

 

なお、民法第536条第2項における債権者(使用者)の帰責事由(責めに帰すべき事由)とは、一般に「債権者の故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由」をいうものとされています。

具体的には、履行不能に至った理由・経緯、両当事者の態様などを総合的に考慮して判断します。

 

以上のイメージを図示しますと、次の通りです。

 

 

 

 

※ 代償請求権:

なお、さらに難しい知識になりますが、のちに学習します休業手当の中間収入の控除の問題(こちら)に関係するため、代償請求権についても触れておきます。

 

債権者主義が適用される場合(債務者の履行不能について債権者に帰責事由がある場合)については、代償請求権利益の償還)という効果も生じます(民法第536条第2項後段)。

即ち、債務者の履行不能について債権者に帰責事由がある場合は、債権者は債務の履行を拒絶することはできませんが、この場合、債務者は、自己の債務を免れたことより利益を受けたときは、当該利益債権者に償還しなければなりません

 

例えば、上記の歌手の出演契約のケース(労働契約ではなく、例えば出演の委任契約だとします)において、出演依頼者(Bとします)の帰責事由により出演不能となった場合に、この歌手(Aとします)が他の依頼者と別の契約をして、当該出演不能の期間中に他の会場でコンサートを開催したとしますと、歌手Aはこのコンサートにより得た報酬をBに償還しなければならないということです。

これは、履行不能をめぐる当事者間の実質的公平を確保する趣旨です。

このケースでは、歌手Aは、Bとの契約に基づく出演はできなくなりましたが、報酬は全額受けられます。

ただ、その出演義務という債務を免れたことにより(他でコンサートをしたことによる)利益を受けたときは、この利益まで歌手に取得させる必要はなく、当該利益は、歌手Aに報酬全額を支払わなければならないというリスクを負ったBに償還すべきというものです。

ただし、労働契約の場合にも同様に処理してよいのかは休業手当との関係で問題となり、後に学習します。

 

(ちなみに、民法改正により、代償請求権に関する一般的な規定が新設されていますが(民法第422条の2)、さしあたりはスルーで大丈夫です。)

 

  

 

【参考条文 民法】

 

※ 次の民法第536条は、危険負担について定めた重要な規定です。  

 

第536条(債務者の危険負担等)

1.当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる

 

※ 債務者がリスクを負うという債務者主義を民法の原則と定めたものです。

 

2.債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行拒むことができない。〔=債権者がリスクを負うという債権者主義になります。〕

この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者償還しなければならない。 〔=代償請求権利益の償還)の問題です。〕

  

 

 

 

※【参考:民法改正】

 

なお、危険負担については、民法改正により大きく改められましたので、以下、やや詳しく説明します。

難解な問題も多く、特に初学者の方は、以下は読まずに、休業手当のこちらにお進み下さい。

 

改正の主なポイントは、危険負担の債権者主義を定めた民法第534条及び第535条が削除されたこと、危険負担の(債務者主義の)効果が債務の消滅から債務の履行拒絶に改められたことです(前者については、試験対策上はほとんど関係しませんが、後者については、試験対策上も必要となる知識です)。

 

まず、改正後の条文を再掲します。

 

民法第536条(債務者の危険負担等)

1.当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる

 

2.債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

  

 

ちなみに、改正前の民法第536条は、次の通りでした。

 

 【改正前民法】

改正前民法第536条(債務者の危険負担等)

1.前2条に規定する場合〔=債権者主義が適用される場合〕を除き当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない

 

※ 債務者がリスクを負うという債務者主義を定めたものです。

「前2条に規定する場合を除き」となっていますから、民法上、本項の債務者主義が原則とされていることになります。

 

なお、債務者は、「反対給付を受ける権利を有しない」とは、「債務者」の「債権」が消滅する(「債権者」の「債務」が消滅する)ということです。

 

2.債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。〔=債権者がリスクを負うという債権者主義になります。〕

この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。〔=代償請求権利益の償還)の問題です。〕

  

 

 

(1)契約の成立・有効性との関係

 

危険負担は、双務契約の「成立後」の履行不能によるリスクの分配に関する問題と考えられています民法第536条では、「債務を履行することができなくなった」としていますから、危険負担では、すでに「債務」が発生していることを前提としているためです)。

そして、民法の改正前は、以前触れました通り(こちら以下)、原始的不能を目的(内容)とする契約は無効と解されていましたので(例:売買契約当時に目的物が滅失していたケース)、かかる場合には(債務が発生していないため)危険負担が問題となることはありませんでした。

 

しかし、民法改正により、「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であった」場合においても債務不履行に基づく損害賠償請求を行える旨の規定が新設されたため(民法第412条の2第2項)、原始的不能を目的とする契約も有効に成立しうることになりました。

そこで、原始的不能を目的とする契約においても、債務者の帰責事由によらない契約上の債務の消滅に関するリスク分配の問題である危険負担が問題となりうることになります。

つまり、債務者の帰責事由によらずにその債務が履行不能となったという危険負担における「履行不能」には、後発的不能だけでなく、原始的不能も含まれることとなりました。

 

例えば、中古の建物の売買契約を締結したところ、当該契約成立時に当該建物がすでに落雷により滅失していたようなケースでは、当事者双方に滅失について帰責事由がありませんから、かかる売買契約を有効としますと、危険負担債務者主義(民法第536条第1項)が適用され、買主は売主からの代金支払請求を拒絶することができます(この履行拒絶については、下記の(3)で見ます)。

 

ちなみに、この場合、売主が契約成立時に建物が滅失していたことを確認せず不注意により契約したことによって、買主に損害(買主の無用な交通費の負担や転売契約をしていた場合の転売利益の損失等)を発生させたときは、改正前は、当該売買契約は無効でしたが、売主は、信義則上の義務に基づき損害賠償責任を負うことがありました(この場合、いわゆる契約締結上の過失の理論により、損害賠償の範囲は信頼利益(交通費代等の無効な契約を有効であると信じたことによって被った損害)に限られるという説が以前は一般的でした(こちら以下を参考)。しかし、近時は、このように損害賠償の範囲を当然に制限する考え方に批判が強くなり、一般の債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害賠償とすれば足りるという考え方が多かったといえます(ただし、この損害賠償の法的性格が債務不履行責任なのか不法行為責任なのかについて争いがありました))。

 

本件では、滅失自体には売主の帰責事由がありませんが、契約締結の際の帰責事由は認められるところ、今般の民法改正により、原始的不能を目的とする契約も(基本的に)有効となりえますので、契約締結の際の売主の帰責事由によって債務の本旨に従った債務の履行が不能となったものとして、売主に端的に債務不履行責任が発生するという構成が可能となりました(従って、損害賠償請求の範囲も、信頼利益に留まらず、通常通りの範囲(履行がなされたなかったことにより被った損害。履行利益)にまで及びます)。 

 

以上、危険負担の改正に関する1番目の注意点(ポイント)でした。

 

 

 

(2)危険負担債権者主義の規定の削除

 

次に、危険負担の債権者主義を定めた規定(民法第534条、第535条)が削除されました(ここは、試験対策上、ほとんど関係しませんので、読まなくても結構です)。

即ち、次の民法第534条が削除されています(第535条については、省略します)。

 

 

 【改正前民法】

改正前民法第534条(債権者の危険負担)

1.特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。

 

2.不特定物に関する契約については、第401条第2項〔=不特定物の特定〕の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

 

 

この改正前民法第534条第1項は、「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」において、その物が債務者の帰責事由によらずに滅失し、又は損傷したときは、債権者が負担を負う旨を定めていました。

即ち、債権者主義は、債権者(例:買主)が履行不能のリスクを負うものです。

しかし、これによりますと、例えば、建物の売買契約の締結直後に当該建物が天災により滅失したような場合にも、買主は代金を支払わなければならないことになり、酷なこととなります(これを避けるため、学説上、目的物に対する支配が買主に移転したとき(例:引渡しがある場合)に危険も移転すると解したり、危険の移転時期を遅らせる特約を認定するといった解釈が行われていました)。

債権者主義には、このような問題があったことから、今般の改正により、民法第534条等の債権者主義の規定を削除したものです(なお、債権者に帰責事由がある場合の債権者主義の規定(民法第536条第2項)は、(その内容に問題があるわけではないため)存置されています)。

 

ただし、売買契約においては、特定物の引渡しにより危険が移転する(売主が買主に特定物を引渡した以後に当該目的物が当事者双方の帰責事由によらずに滅失等した場合は、買主がそのリスクを負う)旨の規定が新設されました(民法第567条。なお、第559条がこの第567条を売買契約以外の有償契約について準用しています)。

つまり、改正前の危険負担の債権者主義に関する民法第534条は、実質的には、有償契約において特定物の引渡し後に債権者主義を適用することに改められたことになります(つまり、有償契約(売買契約等)における特定物に関する危険の移転時期が、従来の「契約成立時」から「目的物の引渡し時」に遅くなったものと解することができ、債権者主義を修正していた従来の学説の方向が採用されたことになります)。

 

条文上は、後掲の通り、「売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。」(民法第567条第1項)と規定されました(この規定が、売買契約以外の有償契約についても準用されています)。

(なお、前段の買主の「履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除」とは、いわゆる担保責任の問題であり(改正前は、瑕疵担保責任といわれていました)、買主が売主に担保責任を追及できるのは、「引渡し前」に発生した目的物の滅失・損傷の場合であるということです。

また、「売買の目的として特定したものに限る」とは、特定物の他、不特定物が特定した場合も含むという意味です。)

 

※ 次の改正後民法第567条は、スルーで結構です。 

 

民法第567条(目的物の滅失等についての危険の移転)

1.売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。

 

2.売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

  

 

※ ちなみに、上記の第567条第2項は、売主の履行の提供があったにもかかわらず、買主の受領遅滞により特定物の引渡しがなされないうちに当事者双方の帰責事由によらずに履行が不能となった場合(引渡しがなされていないため、同条第1項は適用されません)においても、公平の観点から、買主に危険が移転することを定めたものです。 

 

 

 

(3)危険負担の効果の改正

 

先に少し触れましたが、今般の民法改正により、危険負担の効果について見直しが行われました。

即ち、改正前は、債務が履行不能となった場合に債務者の帰責事由がないときは、債権者の「債務は消滅する」(反対給付を受ける権利を有しない)ものとされていました(改正前民法第536条第1項)。

しかし、改正後は、危険負担の効果について、かかる債務の消滅から、債務の履行を拒むことができること(反対給付債務の履行拒絶権)に改められました(民法第536条第1項)。

また、債権者主義の場合(改正前民法第536条第2項)も、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」に改められました(民法第536条第2項)。

 

この点、民法改正前は、債務者に帰責事由のある履行不能の場合は、債権者は契約を「解除」することができ、債務者に帰責事由のない履行不能の場合は、「危険負担」の問題となりましたので、解除と危険負担の制度が適用される場面は区別されており、両制度の不整合は問題となりませんでした。

しかし、民法改正により、債務者に債務不履行があった場合は、債務者に「帰責事由がなくても」、債権者が契約を解除することができることになりました(改正後民法第541条~第543条つまり、改正前の解除は、債務者に帰責事由がある「債務不履行の効果」であり、「債務者に対する責任追及の手段」という性格がありましたが、改正後の解除は、債務者の帰責事由を要件としないこととなり、債務の履行を受けられない債権者が「契約の拘束力から解放される手段」という性格に改められたものですこちらでも触れました)。

そこで、改正前の危険負担の効果の構成(債務の消滅)を維持しますと、当事者双方に帰責事由がない場合は、危険負担と(債務の存在を前提とする)解除という2つの制度が整合しない形で併存することとなるため、危険負担の効果を債務の履行拒絶に改めたものです。 

 

つまり、当事者双方に帰責事由のない履行不能が生じた場合は、「改正後」は、債権者(例:買主)は(債務者(例:売主)に帰責事由がなくても)、「存在(発生)」している反対給付債務(代金支払債務)の拘束を免れるため、「解除」することができることとなりました。

しかし、この場合に「改正前」の「危険負担」の仕組みを維持しますと、当事者双方に帰責事由のない履行不能が生じた時点で債務者の債務及び債権者の反対給付債務は「消滅」していることになります。

従って、前者の解除権の行使の場面では、債権者の債務は存在しているのに、後者の危険負担の場面では、同じ債務はすでに消滅していることになり、両制度の併存を認めた場合は、両制度間で不整合が生じるということです(この場合、解除制度に一本化して危険負担の制度を廃止すれば、かかる不整合は生じません。しかし、債権者(例:買主)は、改正前なら、債務者主義により、自己の債務が当然に消滅したのに、解除制度に一本化しますと、解除しなければならなくなる負担が生じる(解除の意思表示をしなければなりません)など、危険負担の制度を廃止するわけにはいきませんでした。以上、中田「契約法」初版163頁以下・新版165頁以下、「一問一答 民法(債権関係)改正」227頁以下、参考)。

 

以上の不整合を避けるため、危険負担の効果について、債務者主義の場合、従来の「債務の消滅」から、改正後は債権者の「債務の履行の拒絶」に改められましたが、いずれも、債権者が履行をしなくてよいことには変わりがありません。

 

 

 

(4)割合的報酬請求権との関係

 

なお、民法の改正により、雇用契約の労働者に割合的報酬(賃金)請求権が認められる明文が設けられました(民法第624条の2)。(こちらで触れました。)

即ち、使用者の帰責事由によらずに労働不能となった場合(又は、雇用が履行の中途で終了した場合)は、労働者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます(以下、これを「割合的報酬請求権」といいます)。

 

この「割合的報酬請求権」と(改正後)民法第536条第2項の「危険負担・債権者主義」さらには「休業手当」の関係は、次の図のように整理できます。(この図は、川口先生の「労働法」初版238頁(第5版271頁)の図をベースに当サイトが追記等をして作成したものです。)

 

労働者の労働義務が履行不能となった場合において、債権者(使用者)に帰責事由があるかどうかによって、上記図の①(青い部分)の「危険負担の債権者主義」(民法第536条第2項)と②(黄色い部分)の「割合的報酬請求権」(民法第624条の2)が区別されます。

即ち、①労働義務の労働不能について、使用者に帰責事由がある場合は、危険負担の債権者主義によって、労働者は賃金の全額を請求できます。

対して、②使用者に帰責事由がない場合において、労働者が既に労働義務の履行をしていたときは、当該履行割合に応じて、報酬(賃金)を請求できます(民法第624条の2第1号)。

(労働者が労働義務の履行をしていなければ、特段の合意等がなければ、ノーワーク・ノーペイの原則より、労働者は賃金を請求できません。)

 

なお、③使用者の帰責事由による休業(労働不能)の場合は、すぐ次に見ますが、労基法第26条に基づき、労働者は休業手当(平均賃金の100分の60以上)を請求できます。

この休業手当における使用者の「帰責事由」は、(後に詳しく見ますように)、上記①の危険負担・債権者主義の債権者(使用者)の帰責事由より広く解釈されているため、上記②の割合的報酬請求権における使用者の「帰責事由によらない場合」も一部含む(重複する)ことがあります。

 

①の「危険負担・債権者主義」と③の「休業手当」が重複する場合は、(どちらが優先するといった規定はありませんから)両請求権は並存します(詳しくは、後述します)。

また、②の「割合的報酬請求権」と③の「休業手当」が重複する場合も、同様に、両請求権は並存することになります。

 

以上で、民法改正に関する事項について終わります。

 

 

 

【参考:受領遅滞との関係】

 

なお、危険負担については、受領遅滞との区別という難しい問題が生じることがあります。

即ち、労働者(債務者)の労働義務が「履行不能」となったのか、それとも、使用者(債権者)の「受領不能」となったのかが問題となる場合です。

例えば、工場が放火されて消滅したため、その工場で勤務できなくなった労働者が賃金を請求できるのかといった問題で関係します(労働者が出勤したところ(履行の提供あり)、工場が放火により消滅していたようなケースです)。

試験対策上は不要でしょうが、若干説明致します(難解なため、スルーで結構です)。

 

1 受領遅滞

 

まず、前提知識ですが(少々長くなります)、民法第413条において「受領遅滞」の規定があります。

「受領遅滞」とは、「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う」というものです。

即ち、債務者が債務の本旨に従った履行の提供をしたにもかかわらず、債権者が債務の履行を拒み(受領拒絶)、又は債務の履行を受けることができない(受領不能)場合です。

この債権者の受領遅滞の場合に、当事者間の公平を確保するため、債務者を保護しようとしたのが民法第413条です。

 

受領遅滞の要件として、①債務の本旨に従った履行の提供(弁済の提供)があること、及び、②債権者が受領を拒絶し又は受領不能であることが必要です。

 

なお、受領遅滞の要件として、債権者の帰責事由は、一般に、不要と解されています(法定責任説)。

この点、受領遅滞の法的性格について、債権者には一般的に受領義務があると考え、債権者の受領義務の違反による債務不履行責任の一種であると解する立場もあります(債務不履行責任説)。

債務不履行責任説からは、受領遅滞の要件として、債権者の帰責事由が必要となり、また、受領遅滞の効果として、債務不履行責任の効果と同様に、損害賠償請求等が認められます。

ただ、判例(【最判昭和40.12.3】)及び通説は、法定責任説を採っています(改正民法においても、債務不履行責任説を前提としたような規定は設けられていません)。

 

この受領遅滞の法的性格については微妙なのですが、法定責任説は、債権は権利であり、債権者は一般的に義務を強いられるものではないとして、債権者が受領義務を当然に負うとまでは解さない考え方といえます(受領遅滞は、公平の観点から、信義則上、法が特別に定めた制度と考えることになります)。

(ただし、継続的取引等において、具体的事情によっては、明示・黙示の特約や信義則によって、債権者に受領義務が認められることがあります。)

 

受領遅滞の効果としては、債務者は履行の提供時から履行遅滞の責任を免れること(民法第413条)の他、解釈上、例えば、危険が債権者に移転すること(危険負担の債務者主義だったものが、債権者に帰責事由があるとして民法第536条第2項)、債権者主義に移転すること)などが認められています(なお、従来、解釈上、認められていた効果について、改正後民法第413条第413条の2第2項及び第567条第2項において明文化されたものが多いです。例えば、この民法第413条の2第2項は、受領遅滞中の当事者双方の帰責事由によらない履行不能について、債権者に危険が移転することを明文化したものです)。

 

 

2 履行不能と受領不能

 

以上のように、受領遅滞に該当する場合は、不能による危険は、債権者に移転すると解されています(そして、前記のように、この危険の移転については、債権者の帰責事由を必要としないという考え方が多いです)。

 

そこで、例えば、工場が放火されて消滅したため、その工場で勤務できなくなった労働者が賃金を請求できるのかといった問題については、工場消滅による勤務の不能を、労働者の「履行不能」と考えるか、使用者の「受領不能」(受領遅滞)と考えるかによって、結論が変わってくる可能性があります。

即ち、この例において、債権者(使用者)の「受領不能」と考えますと、債権者が当然に不能の危険を負担するのであり、債権者主義(民法第536条第2項)が適用され、労働者は賃金を請求できることになります。

逆に、労働者の「履行不能」と考えれば、放火の場合には使用者に帰責事由がないとして、債務者主義(民法第536条第1項)が適用されて、労働者は賃金を請求できないことになりえます。

従って、本件を労働者の「履行不能」と考えるのか、それとも使用者の「受領遅滞(受領不能)」と考えるのかが前提問題となりえます。

この点は、結論の妥当性の問題もあり、判断が非常に難しいです。

 

これについて、債務者(労働者)と債権者(使用者)のどちらの支配に属する範囲内の事由によって不能となったのかを基準とする学説が有力です(領域説)。

即ち、給付を不能とさせる原因が、債務者(労働者)の支配に属する範囲内の事由に基づくときは「履行不能」とし、債権者のそれに基づくときは「受領不能」とします。

 

本例の工場が放火されたケースについて見ますと、領域説からは、使用者の支配に属する範囲内の事由によって不能となったものとして、使用者の「受領不能(受領遅滞)」であり、危険は使用者が負担し、使用者は賃金支払義務を負うということになりやすいです。

ただ、不可抗力的な放火による失火のケースについて、かかる結論が妥当なのかも問題があり(例えば、内田先生は、不可抗力による工場火災のケースでは、労働者は賃金の請求はできないという結論をとります)、領域説を修正するような余地はあるでしょう

 

この点、民法改正により、履行不能について、「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」という定義規定(民法第412条の2第1項)が新設されました。

そこで、危険負担における「履行不能」についても、「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」に該当するかどうかが問題となるものと解されます。

ここでは、「契約その他の債務の発生原因」及び「取引上の社会通念」に照らして履行が不能かどうかを判断します。

すると、本問の領域説における「債務者(労働者)と債権者(使用者)のどちらの支配に属する範囲内の事由によって不能となったのか」という基準も、「契約その他の債務の発生原因」及び「取引上の社会通念」(特に後者)からのひとつの判断の目安であるという位置づけとなりそうです。

その他に、当該労働関係の性格や労働義務の不能に対する使用者の関与の程度等も考慮した方がよいのかもしれません(要するに、領域説の基準のみで判断するのではなく、領域説の基準も一つの(重要な)要素として総合的に判断するのがよいのではないかと思われます)。

ひとまず、この程度で終わります(以上、中田「契約法」新版169頁(初版167頁)参考)。

次の条文は、読まないで結構です。

 

 

【参考:改正民法】

 

受領遅滞については、民法改正により、以下のように改められ、従来、解釈上認められていた効果が明文化されました。

 

民法第413条(受領遅滞)

1.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。

 

2.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。

 

 

民法第413条の2(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由)

1.債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

 

2.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能なったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

 

 

ちなみに、改正前の民法第413条は、次の通りでした。

 

【改正前民法】 

改正前民法第413条(受領遅滞)

債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

   

 

以上で、休業手当を学習するための前提知識である危険負担の学習を終わります。

実際に出題対象となるのは、以下の事項です。

 

 

 

 

〔Ⅱ〕休業手当(第26条)

使用者帰責事由責めに帰すべき事由)による休業の場合は、使用者は、休業期間中、当該労働者に対して、平均賃金100分の60以上(60%以上)の手当を支払わなければなりません(第26条)。この手当を、休業手当といいます。

 

 

【条文】

第26条(休業手当)

使用者責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

 

(ちなみに、第26条では、上記の通り、「に帰すべき事由」と規定していますが、民法第536条では、「責に帰すべき事由」と規定しています(民法改正前も同様)。当サイトでは、基本的には、後者のように表現します。)

 

 

※【ゴロ合わせ】

・「9行で、私記を記録する。以上。

 

→「9行(=「休業」手当)で、私・記(=「使」用者の「帰」責事由)を、記・録(=「6」0%)する。以上(=60%「以上」)」

 

 

○趣旨

 

使用者の帰責事由(責めに帰すべき事由)による休業(労働者の労働不能)の場合に、休業期間中労働者の所得保障・生活保障を図る趣旨です。 

 

 

 

※ 民法の危険負担の債権者主義との関係:

休業手当の趣旨や要件・効果を検討する際に、休業手当と上述の民法の危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)との関係をどう考えるかが問題となります。

即ち、民法第536条第2項によれば、双務契約である労働契約において使用者の帰責事由により労働者の労働義務の履行が不能となった場合は、労働者は賃金の全額を請求できます(条文上は、「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」です。債権者主義)。

(そこで、一見しますと、平均賃金の60%以上の手当の支払しか義務づけていない休業手当の制度の方が労働者に不利益にも見え、両制度の関係が問題となるのです。)

 

しかし、民法の危険負担の規定は、任意規定(こちら民法第91条は、「法令中の公の秩序に関しない規定〔=これを任意規定といいます〕と異なる意思を当事者が表示したときは、その意思に従う。」と定めています)であると解されていますから、当事者の合意により危険負担の規定の適用を排除することができます。

また、民法の危険負担において債権者(使用者)の帰責事由と認められないような休業の場合であっても、労働者の保護を図る必要が高いようなケースもあり得ます。

 

そこで、休業手当は、労働者の保護を強化するため、

(ア)使用者の帰責事由による休業の場合において、平均賃金の60%については、罰則によりその支払を担保しようとしたものであり(即ち、民法の危険負担の規定の適用を特約により排除していても平均賃金の60%については支払が強制されるということです)、

 

(イ)また、休業手当における使用者の帰責事由を、民法の危険負担債権者の帰責事由よりも拡張したものと解すべきであり、休業手当の使用者の帰責事由には、経営者として不可抗力を主張し得ない一切の事由を含むものと解されます。

つまり、民法第536条第2項の債権者主義においては使用者の帰責事由とはならないような使用者側に起因する経営上・管理上の障害であっても、天災地変などの不可抗力によらない限り休業手当における使用者の帰責事由には含まれるものとなります。

 

以上のように、休業手当は、一般原則である民法の危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)を前提としつつ、さらに労働者の保護を強化しようとした趣旨であると解すべきです。

従って、休業手当と民法第536条第2項は両立(並存)し得るものであり、休業手当の第26条民法第536条第2項の適用を排除するものではありません(労働者は、休業手当と危険負担債権者主義の民法第536条第2項のいずれかを、または両者ともに請求することができます(もっとも、両者ともに請求できるといっても、2重取りができるわけではありませんが))。

 

沿革的には、休業手当は、当初、「労働者の責に帰することのできない事由」による休業の場合における労働者の最低生活の保障を図るとの構想で提案されたところ、不可抗力の場合にまで使用者の義務を拡げるのは適当でないという指摘がなされたため、結局、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に限定して立法化されたものです(菅野「労働法」第12版457頁(第11版439頁)、水町「詳解労働法」第2版642頁(初版625頁))。

このような沿革もあって、休業手当の「使用者の責に帰すべき事由」は広く解釈されています。

 

 

○ 休業手当の趣旨や帰責事由の意味については、次の判例が判示しています。

 

【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】(会社上告事件)

 

(事案)

 

ノース・ウエスト航空の労働組合がストライキを実施したところ、航空便の運休を余儀なくされたため、会社が、関係営業所の組合員である従業員に休業を命じた。休業した当該従業員が休業期間中の賃金や休業手当の支払を求めた事案。

 

※ なお、このノース・ウエスト事件判決は、同日付で2つの判決が出されています。本件は、事件番号第1189号(会社上告事件)の判決であり、休業手当請求権についてのものです。

もう一つの第1190号(労働者上告事件)は、賃金請求権についての判決であり、「賃金全額払の原則」の「6 争議行為中の賃金」(こちら)の中で学習しました(後でもう一度簡単に見ます)。

 

(判旨)

 

労働基準法26条が『使用者の責に帰すべき事由』による休業の場合に使用者が平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金罰金の制度が設けられている(同法114条120条1号参照)のは、右のような事由による休業の場合に、使用者の負担において労働者の生活を右の限度で保障しようとする趣旨によるものであつて、同条項民法536条2項の適用を排除するものではなく、当該休業の原因が民法536条2項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」〔※ 現在では、民法改正によりひらがな表記に変わっています〕に該当し、労働者が使用者に対する賃金請求権を失わない場合には、休業手当請求権賃金請求権とは競合しうるものである(〔【全駐労小倉支部山田分会事件=最判昭和37.7.20】を含む2つの判例を参照しています。〕最高裁昭和36年(オ)第190号同37年7月20日第2小法廷判決・民集16巻8号1656頁、同昭和36年(オ)第522号同37年7月20日第2小法廷判決・民集16巻8号1684頁参照)。

 

 そこで、労働基準法26条の『使用者の責に帰すべき事由』と民法536条2項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』との異同、広狭が問題となる。休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法26条の『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右〔=第26条の休業手当〕の『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法536条2項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」

 

【選択式 平成21年度 C=「生活保障」(こちら)】/

【過去問 平成17年問1E(こちら)】/【平成24年問1C(こちら)】/【平成26年問4B(こちら)】/【令和3年問4A(こちら)】

 

 

 

〇過去問:

 

・【平成17年問1E】

設問:

最高裁の判例によると、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当であるとされている。

 

解答:

正しいです。

本問は、前掲のノース・ウエスト航空事件判決の判旨のアンダーライン部分にあたるものです。

次の【平成24年問1C(こちら)】においても、まったく同じ個所が出題されています。

また、選択式でも平成21年度に出題されています(後掲のこちら。「生活保障」が空欄とされました)。

以後も、以下のように関連個所が出題されています。

 

 

・【平成24年問1C】

設問:

最高裁判所の判例によると、労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由」は、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当であるとされている。

 

解答:

正しいです。

前掲の【平成17年問1E(こちら)】と全く同じ出題です。

 

 

・【平成26年問4B】

設問:

労働基準法第26条の定める休業手当の趣旨は、使用者の故意又は過失により労働者が休業を余儀なくされた場合に、労働者の困窮をもたらした使用者の過失責任を問う、取引における一般原則たる過失責任主義にあるとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

誤りです。

最高裁は、休業手当における「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって、民法536条2項(危険負担の債権者主義)の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むもの、と解する立場です。

従って、最高裁は、休業手当について、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点がある制度ととらえています。

 

 

・【令和3年問4A】

設問:

本条〔=第26条のこと。本問4の冒頭で、「労働基準法第26条(以下本問において「本条」という。〕に定める休業手当に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。」と記載されています〕は、債権者の責に帰すべき事由によって債務を履行することができない場合、債務者は反対給付を受ける権利を失わないとする民法の一般原則では労働者の生活保障について不十分である事実にかんがみ、強行法規で平均賃金の100分の60までを保障しようとする趣旨の規定であるが、賃金債権を全額確保しうる民法の規定を排除する点において、労働者にとって不利なものになっている。

 

解答:

誤りです。

文末が誤りであり、第26条は「賃金債権を全額確保しうる民法の規定を排除する点において、労働者にとって不利なものになっている」のではありません。

即ち、【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】は、「同条項〔=労基法第26条〕が民法536条2項の適用を排除するものではなく、当該休業の原因が民法536条2項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」〔※ 現在では、民法改正によりひらがな表記に変わっています〕に該当し、労働者が使用者に対する賃金請求権を失わない場合には、休業手当請求権と賃金請求権とは競合しうるものである」と判示しています。

つまり、第26条の休業手当の規定は、「賃金債権を全額確保しうる民法の規定を排除する」ものではありません。

本文のこちら以下のように、①第26条の休業手当の規定については罰則が適用されること、②同条の使用者の帰責事由は、民法の一般原則(危険負担)の債権者の帰責事由よりも拡張したものと解されることといった点で、休業手当と民法の危険負担の債権者主義(民法536条2項)は異なるものであり、両者は併存しうるものです。

 

ちなみに、本問の冒頭において、「債権者の責に帰すべき事由によって債務を履行することができない場合、債務者は反対給付を受ける権利を失わないとする民法の一般原則」とありますが、この「債務者は反対給付を受ける権利を失わない」とある部分は、令和2年4月1日施行の民法の改正により、「債権者は反対給付の履行を拒むことができない」に改められました。危険負担の効果が、「債権者の債務の履行の拒絶」(反対給付債務の履行拒絶権)に見直されたというものです(こちらで触れました)。

 

 

・【選択式 平成21年度】

設問:

休業手当について定めた労働基準法第26条につき、最高裁判所の判例は、当該制度は「労働者の  という観点から設けられたもの」であり、同条の「『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たっては、いかなる事由による休業の場合に労働者の  のために使用者に前記〔同法第26条に定める平均賃金の100分の60〕の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない」としている。

 

選択肢(本問に関連するもののみ):

⑤休業の確保 ⑥経済生活の安定 ⑦最低賃金の保障 ⑯生活保障 ⑲不利益の補償

 

解答:

 

C=⑯「生活保障」(【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】)

 

※ 本判決は、こちらです。

ちなみに、選択肢の⑥「経済生活の安定」は、賃金の全額払の原則の【福島県教組事件=最判昭和44.12.18】のこちらで問題となりました。

 

 

 

※ なお、労働者の休業期間中の所得保障・生活保障を図る制度としては、他に労災保険法の休業(補償)等給付や健康保険法の傷病手当金などがあります(これらの制度間の比較が問題となることがあり、休日の取扱い(本ページ後半。【過去問 平成27年問5A参考(こちら)】)や一部労働不能の取扱い(次のページ)について、のちにまとめます)。

 

以下、休業手当の要件と効果について細かく見ていきます。 

 

 

 

〔1〕要件

休業手当の要件は、次の通りです。

 

使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合であること(第26条)。

 

休業手当の要件については、次の2つに大別して整理しておきます。

 

一 使用者の責めに帰すべき事由によること

 

二 休業であること

 

  

以下、順に見ます。

 

 

一「使用者の責めに帰すべき事由」によること

「使用者の責めに帰すべき事由」(条文上は、「使用者のに帰すべき事由」です)とは、上述のように、労働者保護の見地から、民法第536条第2項(危険負担の債権者主義)の債権者の責めに帰すべき事由(=債権者の故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由)より広いものと解すべきであり、ただ、「責めに帰すべき事由」という帰責性を要求している文言も考慮しますと、不可抗力によるものは含まないと考えられます(厚労省コンメ令和3年版上巻379頁(平成22年版上巻369頁)参考)。

 

そこで、経営者として不可抗力を主張し得ない一切の事由を含むと解すべきで、使用者側に起因する経営上・管理上の障害は、天災地変などの不可抗力によらない限り、休業手当における使用者の帰責事由には含まれると解されます。 

 

 

(一)具体例

1 使用者の責めに帰すべき事由に該当する場合

 

使用者の帰責事由が認められるケースを若干見てみます。

 

 

(1)いわゆる経営障害(資材・原料、事業場設備等の欠乏・欠陥、資金難、不況等)による休業の場合

 

・例えば、親工場の経営難から下請工場が資材、資金の獲得ができず、休業した場合(【昭和23.6.11基収第1998号】参考)。

この場合も、下請工場の使用者は休業手当の支払義務を負います。

資材、資金の調達先を多様化しておくなど、日頃から経営障害に対する準備が必要であったことになります。

 

 

〇過去問:

 

・【平成22年問3E】

設問:

労働基準法第26条に定める休業手当は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合に支払が義務づけられるものであり、例えば、親工場の経営難により、下請工場が資材、資金を獲得できず休業した場合、下請工場の使用者は休業手当の支払義務を負わない。

 

解答:

誤りです。

このような親工場の経営難を理由とした下請工場の休業についても、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業に該当するものと解され、当該下請工場の使用者は休業手当の支払義務を負います(【昭和23.6.11基収第1998号】)。

 

 

・【平成26年問4C】

設問:

労働基準法第26条にいう「使用者の責に帰すべき事由」には、天災地変等の不可抗力によるものは含まれないが、例えば、親工場の経営難から下請工場が資材、資金の獲得ができず休業した場合は含まれる。

 

解答:

正しいです(【昭和23.6.11基収第1998号】)。

不可抗力によるものは含まれないことには注意です(厚労省コンメ令和3年版上巻379頁(平成22年版上巻369頁))。

 

 

 ・【令和3年問4D】

設問:

親会社からのみ資材資金の供給を受けて事業を営む下請工場において、現下の経済情勢から親会社自体が経営難のため資材資金の獲得に支障を来し、下請工場が所要の供給を受けることができず、しかも他よりの獲得もできないため体業した場合、その事由は本条〔=第26条〕の「使用者の責に帰すべき事由」とはならない。

 

解答:

誤りです。

前2問と同様に、本問のような親会社の経営難に基づく下請工場の休業についても、当該下請工場の使用者について帰責事由を肯定でき、当該使用者は休業手当の支払義務を負います(【昭和23.6.11基収第1998号】)。

 

 

 

(2)解雇予告制度に違反して解雇した場合の解雇予告期間中の休業の場合

 

例えば、使用者が解雇予告(第20条)をすることなく労働者を解雇した場合において、使用者が行った解雇の意思表示が解雇の予告として有効であり、かつ、その解雇の意思表示があったために予告期間中に解雇の意思表示を受けた労働者が休業したときは、使用者は解雇が有効に成立するまでの期間、休業手当を支払うことが必要です(つまり、使用者は、その責めに帰すべき事由により休業させたことになります)。

【昭和24.7.27基収第1701号】参考。

【過去問 平成22年問2B(こちら)】

 

※ 本問は、解雇予告制度(第20条)に違反した解雇(即ち、解雇の予告をせず、又は解雇予告手当の支払をせずにしたような解雇)の私法上の効力(当該解雇が無効となるのか)の問題が前提となっています(解雇予告制度の個所(こちら)で学習しました)。

判例及び通達は、第20条所定の解雇の予告をせず、又は解雇予告手当の支払をしないで解雇の通知をした場合は、当該通知は即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後30日を経過するか、又は通知後に解雇予告手当の支払をしたときは、そのいずれかの時から解雇の効力を生じるとしています(相対的無効説)。

(【細谷服装事件=最判昭和35.3.11】。【昭和24.5.13基収第1483号】)

 

そこで、本件では、解雇予告をすることなく即時解雇をしていますが、この即時解雇の通知後30日を経過すれば、その時から解雇は有効となります。

しかし、かかる即時解雇の通知により労働者が休業した場合は、本来は即時解雇の要件は満たしていなかった以上、この労働者の休業は、使用者の手続違反に基づくものとして、使用者の帰責事由に基づく休業と解すべきとできるのでしょう(なお、民法上の危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)における債権者の帰責事由も認められるといえますから、特約がない限り、労働者は賃金全額の支払も請求できることになります)。

 

 

◯過去問: 

 

・【平成22年問2B】

設問:

使用者が労働基準法第20条の規定による解雇の予告をすることなく労働者を解雇した場合において、使用者が行った解雇の意思表示が解雇の予告として有効であり、かつ、その解雇の意思表示があったために予告期間中に解雇の意思表示を受けた労働者が休業したときは、使用者は解雇が有効に成立するまでの期間、同法第26条の規定による休業手当を支払わなければならない。

 

解答:

正しいです(【昭和24.7.27基収第1701号】)。

前記本文の通りです。

 

 

 

(3)新規学卒の採用内定者の自宅待機の場合

 

次の通達があります(【昭和63.3.14基発第150号】)。

 

・「新規学卒者のいわゆる採用内定については、遅くも、企業が採用内定通知を発し、学生から入社誓約書又はこれに類するものを受領した時点において、過去の慣行上、定期採用の新規学卒者の入社時期が一定の時期に固定していない場合等の例外的場合を除いて、一般には当該企業の例年の入社時期を就労の始期とし、一定の事由による解約権を留保した労働契約が成立したとみられる場合が多いこと。

したがって、そのような場合において、企業の都合によって就労の始期を繰り下げる、いわゆる自宅待機の措置をとるときは、その繰り下げられた期間について、法第26条に定める休業手当を支給すべきものと解される」。

 

 

※ 採用内定の法的性質(こちら)については、採用内定の当該具体的事実関係により判断する必要はありますが、一般的には、上記通達の前段部分のように、採用の内定により解約権留保付の労働契約が成立したものと解されています(【大日本印刷事件=最判昭54.7.20】参考)。

そして、かかる採用内定後に、企業の都合(例えば、経営難等の理由による場合は、上記(1)(こちら)の経営障害のパターンです)により予定されていた就労の始期を繰り下げるというのは、採用内定者の労働不能について使用者の帰責事由が認められることになります。   

 

 

◯過去問:  

 

・【令和3年問4E】

設問: 

新規学卒者のいわゆる採用内定について、就労の始期が確定し、一定の事由による解約権を留保した労働契約が成立したとみられる場合、企業の都合によって就業の始期を繰り下げる、いわゆる自宅待機の措置をとるときは、その繰り下げられた期間について、本条〔=第26条〕に定める体業手当を支給すべきものと解されている。

 

解答:

正しいです(【昭和63.3.14基発第150号】)。

上記本文の通り、採用内定により解約権を留保した労働契約が成立したとみられる場合において、企業の都合によって就業の始期を繰り下げるいわゆる自宅待機の措置をとられたときは、使用者の「帰責事由」により「休業」したことになりますから、当該休業期間について休業手当の支払が必要です。 

 

 

 

2 使用者の責めに帰すべき事由に該当しない場合

 

次に、使用者の帰責事由に該当しないケースとして、次のようなものがあります。

 

 

(1)天災事変等、不可抗力による休業の場合 【平成26年問4C(前掲のこちら)】

  

不可抗力による休業といえるためには、①その原因が事業の外部より発生した事故であること(いわゆる外部起因性)、及び、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること(いわゆる防止不可能性・回避不可能性)の2要件を備えることが必要であると一般に解されています(「実務コンメンタール」第2版169頁、水町「詳解労働法」第2版643頁。厚労省コンメ令和3年版上巻379頁(平成22年版上巻369頁)。なお、菅野「労働法」第12版457頁参考)。

 

この使用者の不可抗力による休業なのかどうかについては、令和2年以降の新型コロナウイルス感染症の拡大の中でとりわけ問題となり、厚生労働省も、「新型コロナウイルスに関するQ&A」(「企業の方向け」の「Q4ー1」)の中で上記と同様の要件を示しています(こちら)。

 

 

(2)法令を遵守することにより生じる休業等の場合

 

例えば、以下のようなケースです。

 

(ア)代休付与命令による休憩又は休日

 

代休付与命令による休憩又休日は、休業手当における使用者の責めに帰すべき事由にはあたりません(【昭和23.6.16基収第1935号】参考)。

 

代休付与命令とは、災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働・休日労働の場合において、事態急迫のため事前に所轄労働基準監督署長の許可を受けられないときは、事後に遅滞なく届け出ることが必要であるところ、この場合、所轄労働基準監督署長が当該時間外労働等を不適当と認めたときは、その時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを命ずることができるというものです(第33条第2項こちら以下)。

 

※ 厳密には、微妙な問題です。

元来は、使用者が不適当な時間外労働等を行わせたことに起因しているという点を重視するなら、代休付与命令に基づく休業についても使用者の帰責性を認めてよいとなるのかもしれません。

ただ、もし代休付与命令の場合に休業手当の支払も義務づけられるものと考えますと、実際上、使用者が事後に遅滞なく届出をすることを抑制する効果が生じることにもなりかねません。そうなりますと、事後の届出を義務づけることによって行政官庁に時間外労働等を監督させ労働者の健康を確保するという趣旨が損なわれるおそれがありえます(本届出の義務違反については罰則が科されているため(30万円以下の罰金。第120条第1号)、法律上は本届出義務の履行は担保はされているのですが)

そして、時間外労働・休日労働自体に対しては、割増賃金の支払義務もあることも考えますと、上記通達が休業手当の帰責事由を否定しているという結論も、あながち不当なものとはいえないようにも見えます。

 

 

(イ)労働安全衛生法による健康診断の結果に基づき休業させる場合

 

労働安全衛生法第66条(安衛法のパスワード)〔=一般健康診断〕の規定による健康診断の結果に基づいて使用者が労働時間を短縮させて労働させたときは、使用者は労働の提供のなかった限度において賃金を支払わなくても差し支えない。ただし、使用者が健康診断の結果を無視して労働時間を不当に短縮もしくは休業させた場合には、法第26条の休業手当を支払わなければならない場合の生ずることもある」とされます(【昭和23.10.21基発第1529号】/【昭和63.3.14基発第150号】参考)。

 

【過去問 平成15年問3E(こちら)】/【平成23年問6A(こちら)】/【平成30年問6E(こちら)】

 

※ 労働安全衛生法により、事業者には一定の健康診断の実施が義務づけられています(安衛法のこちら以下)。

そして、この健康診断の結果、異常の所見があると診断された労働者については、事業者は、医師等の意見を聴いて、必要があると認めるとき、労働時間の短縮等の措置を講じなければなりません(安衛法第66条の5安衛法のこちら以下)。

なお、事業者は、この健康診断実施の費用については負担義務を負います。

 

※ 労働安全衛生法の健康診断の実施の結果に基づく正当な労働時間の短縮命令・休業命令等といえる場合は、特段の合意等がない限り、当該不就労時間に対応する賃金請求権は発生しないものと解されます(当事者の双方に帰責事由がない場合の危険負担債務者主義(民法第536条第1項)又はノーワーク・ノーペイの原則(こちら))。

この場合は、当該使用者の帰責事由による休業とは認めるべきではないですから、休業手当の支払義務も発生しません。

ただし、使用者が健康診断の結果を無視して労働時間を不当に短縮もしくは休業させたような場合は、労働義務の履行不能について、使用者に帰責事由が認められますから、危険負担・債権者主義(民法第536条第2項)を及ぼして、労働者は当該労働不能時間に対応した賃金請求権を有するとともに、休業手当の支払請求権も有すると解されます。

(この場合の危険負担・債権者主義については、先にこちら以下で見ましたような問題があります。)

 

 

〇過去問:

 

・【平成15年問3E】

設問:

労働安全衛生法第66条の規定による健康診断の結果に基づいて、使用者が、ある労働者について、私傷病のため、同法第66条の5第1項の定めるところに従い、健康診断実施後の措置として労働時間の短縮の措置を講じて労働させた場合は、使用者は、当該労働者に対し、労働の提供のなかった限度において賃金を支払わなくても差し支えない。

 

解答:

正しいです(【昭和23.10.21基発第1529号】/【昭和63.3.14基発第150号】参考)。

 

本問の安衛法第66条の5第1項とは、健康診断実施後の措置を定めた規定です(安衛法のこちら)。

即ち、事業者は、所定の健康診断の結果、当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係る健康を保持するために必要な措置について、医師又は歯科医師の意見を聴かなければなりません(安衛法第66条の4)。

そして、事業者は、この医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、労働時間の短縮等の適切な措置を講じなければなりません(同法第66条の5第1項)。

 

この安衛法第66条の5第1項の定めるところに従い、健康診断実施後の措置として労働時間の短縮の措置を講じて労働させた場合は、特段の事情がない限り、当事者の双方に帰責事由がない場合の危険負担債務者主義(民法第536条第1項)又はノーワーク・ノーペイの原則(こちら)を適用して、労働提供のなかった限度では賃金支払義務は生じないものと解されます。

なお、使用者には第26条の帰責事由は認められないため、休業手当の支払義務も生じません。 

 

 

・【平成23年問6A】

設問:

労働安全衛生法第66条による健康診断の結果、私傷病を理由として医師の証明に基づき、当該証明の範囲内において使用者が休業を命じた場合には、当該休業を命じた日については労働基準法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に該当するので、当該休業期間中同条の休業手当を支払わなければならない。

 

解答:

誤りです(【昭和23.10.21基発第1529号】/【昭和63.3.14基発第150号】参考)。

本問では、休業手当の使用者の帰責事由とは認められません。前問の解説をご参照下さい。

 

 

・【平成30年問6E】

設問:

労働安全衛生法第66条による健康診断の結果、私傷病のため医師の証明に基づいて使用者が労働者に体業を命じた場合、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

 

解答:

誤りです(【昭和23.10.21基発第1529号】/【昭和63.3.14基発第150号】参考)。

労働安全衛生法により事業者に実施が義務づけられた健康診断の結果、私傷病であるとして医師の証明に基づき休業を命じた場合は、正当な休業命令といえるため、使用者の帰責事由による休業ではなく、休業手当の支払義務は生じません。

本問も、前掲の【平成15年問3Eこちら】及び【平成23年問6Aこちら】と類問です。

 

  

 

(ウ)休電、計画停電による休業

 

休電、計画停電による休業については、使用者にとって不可抗力的性格がありますから、使用者の帰責事由は認められず、休業手当の支払義務は生じないのが基本です。

【過去問 平成27年問5E(こちら)】

以下、念のため、通達を挙げておきますが、上記の程度の知識で足りそうです。

 

・「休電による休業については、原則として法第26条の使用者の責に帰すべき事由による休業に該当しないから休業手当を支払わなくとも法第26条違反とはならない。なお、休電があっても、必ずしも作業を休止する必要のないような作業部門例えば作業現場と直接関係のない事務労働部門の如きについてまで作業を休止することはこの限りでないのであるが、現場が休業することによつて、事務労働部門の労働者のみを就業せしめることが企業の経営上著しく不適当と認められるような場合に事務労働部門について作業を休止せしめた場合休業手当を支払わなくても法第26条違反とはならない」(【昭和26.10.11基発第696号】)。

 

 

〇過去問:  

 

・【平成27年問5E】

設問:

休電による休業については、原則として労働基準法第26条の使用者の責めに帰すべき事由による休業に該当しない。

 

解答:

正しいです(【昭和26.10.11基発第696号】)。

本問は、休電による休業に係る休業手当の支払義務に関する知識が無くても、常識によって推測できるでしょう。 

 

 

 

(エ)休日の振替による休業

 

【過去問 平成27年問5C】では、適法な休日の振替により休業となった振替前の労働日について、休業手当の支払義務が生じるかが問われています。

詳しくは、こちら(労基法のパスワード)の休日の振替の個所で見ます。  

 

 

以下、「使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合」という要件に関連する問題をさらに見ておきます。難しいヘビーな問題が続きますが、怖いのは選択式ですので(択一式は、どうにかなります)、判例のキーワードを押さえることがポイントです。

 

 

 

(二)争議行為と休業手当

争議行為により労働者が労働提供をしなかった(できなかった)場合、使用者は賃金支払義務を負うのか問題です。

この争議行為中の賃金請求権の問題については、すでに「賃金の全額払の原則」の個所(こちら)で学習しました。ここでは、結論を記載しておきます。

 

争議行為中の賃金請求権の問題については、大きく、争議行為に参加した労働者(組合員)と争議行為に参加しなかった労働者に分けて考えることにします。

 

 

1 争議行為に参加した労働者(組合員)について

 

賃金請求権の有無や内容については、私的自治の原則(契約自由の原則。民法第91条第521条等。こちら)から、基本的には、就業規則等の労働契約を規律するものも含む当事者の合意(労働契約)に基づき個別具体的に決定されるものと解されます。

当事者間の合意が不明確な場合は、賃金の労働との対償性(労契法第6条民法第623条労基法第11条)及び報酬の後払の原則(民法第624条)に鑑み、債務の本旨に従った労働義務の履行がないときは、それに対応した賃金請求権は発生しないと解されます(ノーワーク・ノーペイの原則(こちら))。

 

争議行為に参加して労働を提供しなかった労働者(スト参加者)の賃金請求権についても同様であり、争議行為期間中の賃金請求権の有無について労働契約の解釈により決定できない場合は、労働の不提供部分に対応する賃金請求権は発生しないことになります。

 

(なお、労働の不提供部分については、そもそも賃金請求権が発生していないのですから、当該部分の賃金不払(賃金カット)は、賃金の全額払の原則には違反しません。)

 

 

2 争議行為に参加しなかった労働者について

 

争議行為に参加しなかった労働者が、争議行為の結果、就労できなかった場合、賃金や休業手当を請求できるのか、問題となります。

 

(1)賃金請求権について

 

まず、争議行為に不参加労働者が、争議行為の結果、就労できなかった場合(就労が、社会観念上、不能又は無価値である場合)、賃金請求権の有無については、当該労働者が就労の意思を有することから、公平の見地より、特段の事情のない限り、民法上の危険負担の問題民法第536条)と解され、債権者である使用者に帰責事由が認められるかどうかによるものと考えられます(労働者の就労不能について、使用者に帰責事由があるといえるなら、危険負担の債権者主義(民法第536条第2項)の適用により、債権者である使用者がリスクを負い、賃金支払義務を負うとなります)。

 

この点、争議行為に不参加労働者が、争議行為の結果就労できなかった場合であっても、使用者には危険負担における帰責事由認められず使用者賃金支払義務負わないと解されます。

なぜなら、労働者には、争議行為権が保障されており(憲法第28条(労働一般のパスワード)労働組合法第8条(民事免責)等)、使用者が争議行為に介入して制御できるわけではないこと、また、使用者にも、営業の自由及び財産権の保障(憲法第22条第1項第29条第1項)の見地から、団体交渉における判断の自由は保障されること(即ち、労働者の要求に対して譲歩する義務が生じるわけではないこと)を考えますと、団体交渉が決裂した等によって争議行為に入ったため不参加労働者の就労が不能となっても、これを使用者の責任とは認めるべきでないからです。

(【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】参考(前掲の会社上告事件。こちら)とは異なる判決であり、労働者上告事件のものです。後述)

 

 

(2)休業手当請求権について

 

ただし、休業手当第26条)も請求できないかは、問題です。

即ち、既述の通り、休業手当における帰責事由とは、民法第536条第2項の危険負担・債権者主義との関係では使用者の帰責事由とはならない「使用者側に起因する経営上・管理上の障害」も(不可抗力にあたらない限り)含まれるものと考えられるからです。

 

(ア)この点、いわゆる部分ストの場合、即ち、争議行為不参加者からみて、自らが所属する労働組合による争議行為(ストライキ)の場合には、

自らが所属する組合による争議行為に伴う就労不能についてまで使用者にそのリスクを負わせるのは公平とはいえませんから、使用者側に起因する障害による就労不能とはできず、使用者帰責事由認められず休業手当請求権生じないと考えられます。

 

【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】(会社上告事件(こちら))は、このケースについて、使用者に休業手当の帰責事由を認めませんでした。

 

(イ)他方、いわゆる一部ストの場合、即ち、争議行為不参加者(組合員である場合と非組合員である場合があります)からみて他の組合が行う争議行為の場合にも、同様に考えらえるかは問題です(このケースについては、最高裁がどう考えているかははっきりしません)。

 

この一部ストの場合は、不参加労働者にとっては、第3者が行う争議行為により不利益を受けることになるのであり、かかる争議行為のリスクを不参加労働者に負わせるのは酷といえますので、使用者側に起因する障害による就労不能と考えて、休業手当請求権を認める余地もありそうです(【明星電気事件=前橋地判昭38.11.14】は、認めています)。

もっとも、通達は、次の通り、この一部ストの場合にも、基本的には休業手当請求権を認めていないといえます。

 

・【昭和24.12.2基収第3281号】

 

「一般的にいえば、労働組合が争議をしたことにより同一事業場の当該労働組合員以外の労働者の一部が労働を提供し得なくなった場合にその程度に応じて労働者を休業させることは差支えないが、その限度を超えて休業させた場合には、その部分については法第26条の使用者の責めに帰すべき事由による休業に該当する」

 

試験対策上は、この(イ)のケースについては、最高裁の立場が不明確であり、通達の立場を押さえておけばよく、とりあえず、上記(ア)のケースと結論は同じと記憶しておけばよいことになります。

 

 

〇過去問:   

 

・【平成26年問4D】

設問:

事業場における一部の労働者のストライキの場合に、残りの労働者を就業させることが可能であるにもかかわらず、使用者がこれを拒否した場合、もともとはストライキに起因した休業であるため、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」による休業には該当しない。

 

解答:

誤りです。

前掲の【昭和24.12.2基収第3281号】からしますと、事業場における一部の労働者のストライキの場合に、残りの労働者について就業させることが可能であるにもかかわらず、使用者がこれを拒否したときは、使用者に帰責事由が認められ、休業手当の支払義務が生じることになります。

 

 

 

【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】(労働者上告事件)

 

(事案)

 

上記(ア)(こちら)の「部分スト」(争議行為不参加者からみて、自らが所属する労働組合によるストライキ)のケースです。

即ち、ノース・ウエスト航空の労働組合がストライキを実施したところ、航空便の運休を余儀なくされたため、会社が、関係営業所の組合員である従業員に休業を命じ、休業した当該従業員が休業期間中の賃金や休業手当の支払を求めた事案です(なお、前掲の会社上告事件(こちら)とは異なる判決です)。

この判決では、賃金請求権の有無について判示されています。

 

次の判示の太字部分は選択式で、アンダーライン部分は択一式で注意して下さい。

 

(判旨)

 

「企業ないし事業場の労働者の一部〔※ これは、上述の一部ストということではありません。本件は、上述の部分ストにあたるケースです〕によるストライキが原因で、ストライキに参加しなかつた労働者が労働をすることが社会観念上不能又は無価値となり、その労働義務を履行することができなくなつた場合、不参加労働者が賃金請求権を有するか否かについては、当該労働者が就労の意思を有する以上、その個別の労働契約上の危険負担の問題として考察すべきである。このことは、当該労働者がストライキを行つた組合に所属していて、組合意思の形成に関与し、ストライキを容認しているとしても、異なるところはない。ストライキは労働者に保障された争議権の行使であつて、使用者がこれに介入して制御することはできず、また、団体交渉において組合側にいかなる回答を与え、どの程度譲歩するかは使用者の自由であるから、団体交渉の決裂の結果ストライキに突入しても、そのことは、一般に使用者に帰責さるべきものということはできない。したがつて、労働者の一部によるストライキが原因でストライキ不参加労働者の労働義務の履行が不能となつた場合は、使用者が不当労働行為の意思その他不当な目的をもつてことさらストライキを行わしめたなどの特別の事情がない限り、右ストライキは民法536条2項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』〔※ 現在は、民法は、ひらがなの条文に改正されています〕には当たらず、当該不参加労働者は賃金請求権を失うと解するのが相当である。

 

 ところで、労働基準法26条が『使用者の責に帰すべき事由』による休業の場合に使用者が平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法114条120条1号参照)のは、右のような事由による休業の場合に、使用者の負担において労働者の生活を右の限度で保障しようとする趣旨によるものであつて、同条項が民法536条2項の適用を排除するものではなく、当該休業の原因が民法536条2項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』に該当し、労働者が使用者に対する賃金請求権を失わない場合には、休業手当請求権と賃金請求権とは競合しうるものである(〔※【全駐労小倉支部山田分会事件=最判昭和37.7.20】を含む以下の2つの判例を参照しています。〕最高裁昭和36年(オ)第190号同37年7月20日第2小法廷判決・民集16巻8号1656頁、同昭和36年(オ)第522号同37年7月20日第2小法廷判決・民集16巻8号1684頁参照)。そして、両者が競合した場合は、労働者は賃金額の範囲内においていずれの請求権を行使することもできる。したがつて、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合において、賃金請求権が平均賃金の6割に減縮されるとか、使用者は賃金の支払いに代えて休業手当を支払うべきであるといつた見解をとることはできず、当該休業につき休業手当を請求することができる場合であつても、なお賃金請求権の存否が問題となりうるのである。」

 

※ この後、本件事案に対するあてはめを行い、使用者に帰責事由は認められず、賃金請求権発生しないと判示しました。

 

 

なお、【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】の「会社上告事件」では、休業手当の請求権を否定しましたが、次のように判示しています。

 

「・・・本件ストライキは、もつぱら被上告人らの所属する本件組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行つたものとみるべきであつて、上告会社側に起因する事象ということはできない。このことは、上告会社が本件休業の直前Gとの間で締結した業務遂行契約の内容を組合側に説明しなかつたとしても、そのことによつて左右されるものではない。そして、前記休業を命じた期間中飛行便がほとんど大阪及び沖縄を経由しなくなつたため、上告会社は管理職でない被上告人らの就労を必要としなくなつたというのであるから、その間被上告人らが労働をすることは社会観念上無価値となつたといわなければならない。そうすると、本件ストライキの結果上告会社が被上告人らに命じた休業は、上告会社側に起因する経営、管理上の障害によるものということはできないから、上告会社の責に帰すべき事由によるものということはできず、被上告人らは右休業につき上告会社に対し休業手当請求することはできない。」 

 

 

※ この判決では、「本件ストライキは、もっぱら被上告人らの所属する本件組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行ったものとみるべきであって、上告会社側に起因する事象ということはできない」と判示しています。

 

「もっぱら被上告人らの所属する本件組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行った」という点を重視するなら、当該労働者がストライキを行った労働組合の組合員でない場合(即ち、「一部スト」の場合)は、休業手当請求権が認められる余地があることになります。

 

ただ、「会社側に起因する事象ということはできない」という点を重視するなら、一部ストであっても、会社側に起因する事象ではないとして、休業手当請求権は認められないことになります。

 

いずれの立場かは、不鮮明です。

 

 

最後に過去問を見ます。

 

 

〇過去問:

 

・【令和5年問6E】

設問:

会社に法令違反の疑いがあったことから、労働組合がその改善を要求して部分ストライキを行った場合に、同社がストライキに先立ち、労働組合の要求を一部受け入れ、一応首肯しうる改善案を発表したのに対し、労働組合がもっぱら自らの判断によって当初からの要求の貫徹を目指してストライキを決行したという事情があるとしても、法令違反の疑いによって本件ストライキの発生を招いた点及びストライキを長期化させた点について使用者側に過失があり、同社が労働組合所属のストライキ不参加労働者の労働が社会観念上無価値となったため同労働者に対して命じた休業は、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものであるとして、同労働者は同条に定める体業手当を請求することができるとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

誤りです。

本問は、【ノース・ウエスト航空事件=最判昭和62.7.17】(会社上告事件)の原審である控訴審(【東京高判昭和57.7.19】)の考え方を示したものであり、最高裁はこの原審を破棄自判しました。

 

本問の判例がどの事件のものかを判断すること自体が難しかったと思いますが、設問中に「部分ストライキ」とあることから(部分ストライキとは、争議行為不参加者からみて、自らが所属する労働組合によるストライキです)、ノース・ウエスト航空事件が問題となっているのではないかと想像することは可能です。

そして、ノース・ウエスト航空事件の最高裁判決は、前記本文(こちら)の通り、「本件ストライキは、もっぱら被上告人らの所属する本件組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行ったものとみるべきであって、上告会社側に起因する事象ということはできない」として、会社の帰責事由を否定し休業手当の請求を認めなかったという知識を思い出して処理します。

結果的には、この問6は、本肢が不明であっても、他の肢(こちらを参考です)によって処理することが可能な問題でした。

 

 

 

以上、争議行為と休業手当の問題を終わります。次に、ロックアウトと休業手当の問題に入ります。  

 

 

 

(三)ロックアウトと休業手当

使用者によるロックアウト作業所閉鎖等)により労働者が労働不能となった場合、使用者は休業手当の支払義務を負うのか問題となります。

 

※ ロックアウトは、労働一般の労働組合法、労働関係調整法の問題といえますが、賃金支払義務・休業手当支払義務が関係するため、労基法の問題にもなりえます。そこで、ここで押さえておきます。

 

 

1 ロックアウトの根拠

 

(1)ロックアウトとは、労働者(組合員)の争議行為に対する使用者の対抗手段の一つであり、使用者が、労働争議を有利に導くために、労働の受領を集団的に拒否する行為のことです(労働関係調整法第7条職業安定法第20条等では、「作業所閉鎖」と表現されています。ただし、ロックアウトは、作業所閉鎖に限定されるものではなく、広く労働の受領を集団的に拒否する行為のことと解されています。例えば、集団解雇という態様をとるようなロックアウトもあります)。

 

ロックアウトが認められるのか、認められるとしてその要件や効果をどう考えるかについて、直接的規定がないため問題となります(上記の労働関係調整法第7条等では、調整の対象や禁止される行為の中で「作業所閉鎖」等を挙げているため(つまり、労働組合法等が許容していない違法な争議行為も対象に含まれています)、これらの規定をロックアウト権の根拠とみるのは不十分とされます)。

 

 

【労働関係調整法】

労働関係調整法第7条  

この法律において争議行為とは、同盟罷業〔=ストライキです〕、怠業〔=サボタージュ・スローダウンです〕、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行ふ行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するものをいふ。

 

 

【職業安定法】

職業安定法第20条(労働争議に対する不介入)

1.公共職業安定所は、労働争議に対する中立の立場を維持するため、同盟罷業又は作業所閉鎖の行われている事業所に、求職者を紹介してはならない

 

2.前項に規定する場合の外、労働委員会が公共職業安定所に対し、事業所において、同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞の多い争議が発生していること及び求職者を無制限に紹介することによつて、当該争議の解決が妨げられることを通報した場合においては、公共職業安定所は当該事業所に対し、求職者を紹介してはならない。但し、当該争議の発生前、通常使用されていた労働者の員数を維持するため必要な限度まで労働者を紹介する場合は、この限りでない。

 

 

 

(2)この点は、後掲の【丸島水門事件=最判昭和50.4.25】を参考しますと、次のように考えることができます。

 

まず、争議行為権(争議権)は、元来、労使間の非対等的な関係を考慮して、「労働者」の経済的地位の向上を図り、労使対等の促進と確保のため、特に認められた権利(争議行為を一般市民法による制約から解放させたもの)であるといえること、又、憲法第28条(労働一般のパスワード)や労働組合法も、使用者の争議行為権については直接的に規定していないことを考えますと、「使用者」については、一般的に、労働者と同様の意味の争議行為権は認められないと解されます。

 

ただ、使用者には一切争議行為権は認められず、使用者は、労働争議に際し、一般市民法による制約の下においてすることができる対抗措置(例えば、損害賠償請求等)をとりうるに過ぎないと解することも、使用者の利益保護に欠ける場合があります(過激な労働争議が行われ、企業経営に深刻な支障が生じるケースなどが問題となります)。

 

そこで、労働者の争議行為により、使用者が著しく不利な圧力を受けることとなるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者がかかる圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性が認められる限り、使用者の争議行為も正当なものとして認められると解されます。

そして、ロックアウトもかかる使用者の争議行為権の一態様であり、上記の観点から、具体的事情に照らして、労働者の争議行為に対する対抗防衛手段として相当性が認められる場合には、その正当性を肯定でき、かかる正当なロックアウトについては、使用者は、ロックアウト期間中の対象労働者に対する労働契約上の賃金支払義務も免れるものと解されます。

 

(この場合の条文上の根拠としては、債権者(使用者)に帰責事由がないとして、危険負担債権者主義の民法第536条第2項は適用されず、債務者主義の民法第536条第1項が適用される結果、使用者は賃金支払義務を免れるともできます。

ただ、そもそもロックアウトの場合、労働者の過激な争議行為に起因していることが多いといえ、労働者の労働不能について労働者に帰責事由が認められる場合もあり得ます。その場合は、危険負担の問題とはしにくいです。

すると、使用者の正当なロックアウトに基づく効果として使用者の賃金支払義務の免除が導かれる、と考えることも可能でしょう。)

 

 

2 ロックアウト期間中の休業手当

 

そして、正当なロックアウトと認められる場合は、かかるロックアウトにより労働者の労働が不能となっても、使用者の責めに帰すべき事由にはあたらず、休業手当支払義務生じないと解されます(そう解さなければ、正当なロックアウトが保護されることにならないからです)。

 

通達も、正当なロックアウトについて、次の通り、休業手当の支払義務を認めていません。

 

・【昭和23.6.17基収第1953号】

 

労働者側の争議行為に対し、使用者側のこれに対抗する争議行為としての作業所閉鎖は、これが社会通念上正当と判断される限りその結果労働者が休業のやむなきに至った場合には、法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由による休業」とは認められない。

 

 

最高裁の判例は、以下の通りです(休業手当については、直接的には判示していませんが、判決内容からしますと、上記通達と同様の結果となるものと推測されます)。

 

なお、下記判旨部分の「衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められるかぎり」というキーワードは、この判示の最重要個所ですので、必ず押さえておく必要があります(とりわけ、「対抗防衛手段」というキーワードは重要です。なぜなら、「対抗」的なものとはいえない「先制」的なものや、「防衛」的なものとはいえない「攻撃的」なものは、認められないという意味を含んでいるものだからです)。

 

 

 

【丸島水門事件=最判昭和50.4.25】

 

(事案)

 

水門の制作、請負工事等を行う会社において、労働組合が争議行為に入り、組合員が事務所内でデモ行進をしたり、会社による巡視を妨害し保安員が打撲傷を負うような事件も生じたりして、正常な業務運営が困難になったため、会社がロックアウトを行った。組合員がロックアウト期間中の賃金の支払を求めた事案。

 

※ 下線部分、太字部分を押さえて下さい。

 

 

(判旨)

 

憲法28条(労働一般のパスワード)、労働組合法その他の労働法令は、労働関係の内容が使用者と労働者との団体交渉を通じて自主的に決定、形成されることを期待し、右の団体交渉の場における当事者の交渉力の対等化をはかるために、一般に使用者に対して社会的経済的に劣位にあると認められる労働者に対し、明文をもつて争議権を保障しているが、これに対応する使用者の争議権については、なんらこれを規定するところがない。しかし、このことから直ちに、使用者は一切争議権を有せず、労働争議の場においてそのとりうる措置は、個別的労働契約関係その他の一般市民法(以下「一般市民法」という。)上許される行為に限られるとするのが法の趣旨であると解することは相当でなく、使用者もまた争議権を有するかどうか、又はどの範囲において争議権を有するかは、争議行為の意義と性質、及びこれを争議権として認めた法の趣旨、目的に照らしてこれを決しなければならない。思うに、争議行為は、主として団体交渉における自己の主張の貫徹のために、現存する一般市民法による法的拘束を離れた立場において、就労の拒否等の手段によつて相手方に圧力を加える行為であり、法による争議権の承認は、集団的な労使関係の場におけるこのような行動の法的正当性を是認したもの、換言すれば、労働争議の場合においては一定の範囲において一般市民法上は義務違反とされるような行為をも、そのような効果を伴うことなく、することができることを認めたものにほかならず(労働組合法8条〔=正当な労働基本権の行使に対する民事免責を定めた規定です〕参照)、憲法28条や労働法令がこのような争議権の承認を専ら労働者のそれの保障の形で明文化したのは、労働者のとりうる圧力行使手段が一般市民法によつて大きく制約され、使用者に対して著しく不利な立場にあることから解放する必要が特に大きいためであると考えられるのである。このように、争議権を認めた法の趣旨が争議行為の一般市民法による制約からの解放にあり、労働者の争議権について特に明文化した理由が専らこれによる労使対等の促進と確保の必要に出たもので、窮極的には公平の原則に立脚するものであるとすれば、力関係において優位に立つ使用者に対して、一般的に労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき理由はなく、また、その必要もないけれども、そうであるからといつて、使用者に対し一切争議権を否定し、使用者は労働争議に際し一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとりうるにすぎないとすることは相当でなく、個々の具体的な労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえつて労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められるかぎりにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきである。労働者の提供する労務の受領を集団的に拒否するいわゆるロツクアウト作業所閉鎖)は、使用者の争議行為の一態様として行われるものであるから、それが正当な争議行為として是認されるかどうか、換言すれば、使用者が一般市民法による制約から離れて右のような労務の受領拒否をすることができるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、右ロツクアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務をまぬかれるものといわなければならない。」

 

 

〇過去問:

 

・【労働一般 令和2年問4E】

設問:

いわゆるロックアウト(作業所閉鎖)は、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められる場合には、使用者の正当な争議行為として是認され、使用者は、いわゆるロックアウト(作業所閉鎖)が正当な争議行為として是認される場合には、その期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れるとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです(【丸島水門事件=最判昭和50.4.25】)。

 

 

以上で、ロックアウトと休業手当の問題を終わります。

 

 

 

(四)派遣労働者の休業手当の帰責事由

◆派遣中の労働者(派遣労働者)の休業手当について、使用者の責めに帰すべき事由があるかどうかの判断は、派遣使用者についてなされます。

 

なぜなら、休業手当は、使用者の帰責事由による休業の場合に、契約当事者間における一般原則である民法の危険負担・債権者主義(民法第536条第2項)に基づく賃金請求権の処理では労働者の保護に欠けるおそれがあることを考慮して、労働者の保護を強化しようとした趣旨です。

そこで、派遣労働者と労働契約関係にあり、従って、賃金支払義務を負う派遣元使用者についてその帰責事由が拡張され責任が強化されるものと解するのが自然だからです。

 

そこで、派遣の事業場が、天災地変等の不可抗力によって操業できないために、派遣されている労働者を当該派遣先の事業場で就業させることができない場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由に該当しないこととは必ずしもいえず、派遣の使用者について、当該労働者を他の事業場に派遣する可能性等を含めて判断し、その責めに帰すべき事由に該当しないかどうかを判断することとなります(【昭和61.6.6基発第333号】参考)。

従って、派遣元使用者が、当該派遣労働者を他の事業場に派遣して就労させることが可能であったのに就労させなかった場合は、派遣元使用者に帰責事由が認められ、休業手当の支払義務を負います。

 

 

〇過去問: 

 

・【平成18年問2E】

設問:

労働者派遣中の労働者の休業手当について、労働基準法第26条の使用者の責めに帰すべき事由があるかどうかの判断は、派遣元の使用者についてなされる。したがって、派遣先の事業場が天災地変等の不可抗力によって操業できないために、派遣されている労働者を当該派遣先の事業場で就業させることができない場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由に該当しないこととは必ずしもいえず、派遣元の使用者について、当該労働者を他の事業場に派遣する可能性等も含めて判断し、その責めに帰すべき事由に該当しないかどうかを判断することとなる。

 

解答:

正しいです。

上記本文の説明の通りです。 

労働法における派遣関係の通達は、頻繁に出題されていますので、常に注意して下さい。

 

 

 

(五)その他

その他として、過去問等を見ておきます。

 

○過去問:

 

・【令和3年問4C】

設問:

就業規則で「会社の業務の都合によって必要と認めたときは本人を休職扱いとすることがある」と規定し、更に当該休職者に対しその体職期間中の賃金は月額の2分の1を支給する旨規定することは違法ではないので、その規定に従って賃金を支給する限りにおいては、使用者に本条〔=第26条〕の体業手当の支払義務は生じない。

 

解答:

誤りです。

 

会社が就業規則において、一定の場合に休職扱いとする旨を定め、当該休職期間中の賃金を定めることは、当該就業規則の内容が合理的であり、労働者に周知されているときは許容されます(労働契約法第7条(労基法のパスワード)第10条。なお、休職に関する事項は、常時10人以上の労働者を使用する使用者においては、それが労働者の全てに適用される場合は、就業規則の相対的必要記載事項となります(第89条第10号こちら以下))。

 

しかし、本問の就業規則では、「会社の業務の都合によって必要と認めたとき」に休職扱いにすることができる旨が定められており、この文言では、会社に第26条(休業手当)の帰責事由(経営者として不可抗力を主張し得ない一切の事由)が認められる場合も含まれる可能性があり、その場合は休業手当の支払義務が発生します(「体職期間中の賃金は月額の2分の1を支給する」では足りません)。

 

【昭和23.7.12基発第1031号】も、「就業規則に設問の如き規則を定めると否とにかかわらず、使用者の責にきすべき事由による休業に対しては法第26条により平均賃金の100分の60以上の休業手当を支払わなければならない。従つて「会社の業務の都合」が使用者の責にきすべき事由による休業に該当する場合において、賃金規則に右に満たない額の賃金を支給することを規定しても無効である。」とします。

(ちなみに、この就業規則が無効になるという根拠は、第92条第1項の解釈によるものであり、詳細は、後に「就業規則」のこちら(労基法のパスワード)でみます。)

 

 

 

二 休業であること

◆「休業」とは、「労働者が労働契約に従って労働の用意をなし、しかも労働の意思をもっているにもかからず、その給付の実現が拒否され、又は不可能となった場合」をいいます(厚労省コンメ令和3年版上巻385頁(平成22年版上巻375頁))。

換言しますと、休業とは、労働契約上労働義務のある時間について労働できなくなることです(菅野第12版457頁、水町「詳解労働法」第2版642頁(初版625頁))。

 

 

(一)就業の拒否

そこで、事業の全部又は一部が停止される場合にとどまらず、特定の労働者に対して、その意思に反して、就業を拒否するような場合も「休業」に含まれます。

 

 

○過去問: 

 

・【平成27年問5D】

設問:

休業手当の支払義務の対象となる「休業」とは、労働者が労働契約に従って労働の用意をなし、しかも労働の意思をもっているにもかからず、その給付の実現が拒否され、又は不可能となった場合をいうから、この「休業」には、事業の全部又は一部が停止される場合にとどまらず、使用者が、特定の労働者に対して、その意思に反して、就業を拒否する場合も含まれる。

 

解答: 

上記本文の通り、正しいです。

 

 

 

(二)休日

休日についても、「休業」として休業手当の支払対象日となるのか問題です。

この点は、労働協約、就業規則、労働契約により休日と定められているに日については、休業手当の支払義務生じない、とされています(後掲の【昭和24.3.22基収第4077号】参考)。

 

【過去問 平成18年問2C(こちら)】/【平成27年問5A(こちら)】/【平成29年問6E(こちら)】/【令和3年問4B(こちら)】

 

これは、労働契約等において休日とされていた日については、使用者の帰責事由による休業労働義務のある時間について労働できなくなること)ではないので、休業手当の支払は必要ないということになります。

 

ちなみに、【昭和24.3.22基収第4077号】は、「法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によつて全額請求し得る賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。」とします。 

 

 

〇過去問:

 

 ・【平成18年問2C】

設問:

労働基準法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によって全額請求し得る賃金のうち、平均賃金の100分の60以上を保障しようとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。

 

解答:

正しいです(【昭和24.3.22基収第4077号】)。

休日については、休業手当の支払義務はありません。

 

 

・【平成27年問5A】

設問:

使用者の責めに帰すべき事由によって、水曜日から次の週まで1週間休業させた場合、使用者は、7日分の休業手当を支払わなければならない。

 

※ なお、この平成27年問5については、当該労働者の労働条件が記載されており、本問に関係するものだけ挙げますと、所定休日が毎週土曜日及び日曜日となっています。 

 

解答:

誤りです。

休日については、休業手当の支払義務はありません。よって、本問では、水曜日からの1週間の休業のうち、所定休日である土曜日及び日曜日については休業手当の支払義務が無く、従って、5日分の休業手当を支払わなければなりません。

 

 

・【平成29年問6E】

設問:

労働基準法第26条に定める体業手当は、同条に係る体業期間中において、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、支給する義務は生じない。

 

解答:

正しいです。

労働契約等において休日とされていた日については、使用者の帰責事由による休業(労働義務のある時間について労働できなくなること)ではないので、休業手当の支払は必要ないことになります。

 

 

・【令和3年問4B】

設問:

使用者が本条〔=第26条〕によって休業手当を支払わなければならないのは、使用者の責に帰すべき事由によって休業した日から体業した最終の日までであり、その期間における労働基準法第35条の休日及び労働協約、就業規則又は労働契約によって定められた同法第35条によらない休日を含むものと解されている。

 

解答:

誤りです。

休日については、休業手当の支払対象日(である「休業」)とはなりません(【昭和24.3.22基収第4077号】)。

労働契約等において休日とされていた日については、使用者の帰責事由による休業(労働義務のある時間について労働できなくなること)ではないので、休業手当の支払は必要ないということになります。

なお、本問の前段の「休業手当を支払わなければならないのは、使用者の責に帰すべき事由によって休業した日から体業した最終の日まで」とあるのは、正しいです。休業手当は、「休業期間中」支払われるものです(第26条)。

 

 

 

※ 対して、労災保険法休業(補償)等給付の場合は、取扱いが異なることに注意です。

即ち、休業(補償)等給付は、労働者が、業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による療養のため労働できないために賃金を受けない期間について支給されますが、この労働不能期間における休日についても支給されると解されています(詳細は、労災保険法の休業(補償)等給付(こちら)の個所で学習します。

 

なお、労災保険法の保険給付については、例えば、休業に関する場合は、業務災害(業務上の事由)によるものを「休業補償給付」と、通勤災害によるものを「休業給付」と、複数業務要因災害によるものを「複数事業労働者休業給付」といいます。

これらを併せて表現するとき、当サイトでは、「休業(補償)等給付」とします(法令上の表現ではありませんが、通達において使用されます)。他の労災保険法の保険給付の場合も同様です(労災保険の保険給付の表現の詳細については、こちらです)。

 

また、健康保険法傷病手当金は、業務災害以外による療養のため労務不能の場合に、支給開始日から通算して1年6月間、労務不能期間について支給されますが、この労務不能期間における休日についても支給されます健康保険法のこちら)。

 

これらの取扱いが労基法の休業手当の場合と異なる理由としては、上記の通り、休業手当の場合は、「使用者の帰責事由による休業(労働義務のある時間について労働できなくなること)」であることが要件であるという違いによるものといえます。

また、休業手当は使用者の賃金支払義務を基礎とした制度であり、使用者が直接支払う(負担する)ものであるため、使用者の負担の問題も考慮する必要があることも関係するのでしょう。

 

 

(三)なお、一部労働不能の問題は、次のページで見ます。

 

以上で、休業手当の要件の問題を終わります。次のページにおいて、効果等の問題を見ます。