2019年度版

 

第1節 労働契約の成立(発生)

初めに

当サイトでは、労基法の労働契約に関する規定を、労働契約全体の体系の中で見ていくことにします。

 

以下では、労働契約法その他の労働法や民法の知識・情報も、必要最小限の範囲ではありますが、取り上げていきます。

混乱を防ぐためには、体系上で、現在どこの部分の知識を学習しているのかを随時確認して頂くことが重要です。前掲の「労働契約の体系図」(こちら)と照らし合わせながら、以下の情報を整理して下さい。

なお、初学者の方は、今の段階では、労基法以外の個所はざっと目を通すだけで十分です(当サイトのガイドを参考に段階的に学習を進めて下さい)。

 

以下、まず、労働契約の成立(発生)について、労働契約の要件を整理します。

なお、時系列からは、この「労働契約の成立の問題」の前に「労働契約の成立過程の問題」がくることになりますが、前者の労働契約の要件をまず明確に押さえた方がわかりやすいことから、順番を逆にして学習します。

 

 

第1款 要件

まず、労働契約の要件から見ます。大別しますと、成立要件と有効要件がありますが、両者の区別は微妙なことも多く、一応の区別と考えておきます。

 

 

§1 成立要件

◆労働契約とは、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを合意する契約です(労働契約法第6条労基法第9条民法第623条参考)。

 

従って、労働者と使用者のかかる合意によって労働契約成立します。※1

 

※ 書面の作成等の一定の要式・方式が必要でないことは、若干注意して下さい。【過去問 平成28年 労働一般 問1イ(後掲)】

労働契約法第3条第1項も、後述のように、合意の原則を規定しています。

 

 

※【参考:民法改正】

 

なお、民法の改正(2020年4月1日施行)により、契約の成立には原則として書面の作成等が不要である旨が明文化されました。次の改正後民法第522条第2項です。

 

改正後民法第522条(契約の成立と方式)

1.契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。

 

2.契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない

 

 

 

※ 合意は抽象的なもので足り、例えば、労働の種類・内容や賃金の額等の詳細について具体的に決定されていなくても、労働契約は成立するものと解されています。

 

なぜなら、例えば、労働契約法第6条は、労働契約の成立要件である合意について、契約内容の具体的事項に係る合意までは要求していませんし、「使用及び賃金支払」についての合意成立後に細部を詰めることも契約自治の原則から認めてよいからです。

 

ただし、労基法は、労働契約締結の際に、一定の労働条件の明示を定め(第15条)、労働条件に関するトラブルを防止しようとしています(パートタイム労働法第6条労働一般のこちら)も同趣旨です)。

 

もっとも、前のページのこちらで触れましたように、これらの労働条件の明示は、労働契約の成立要件等ではありません。

 

また、労働契約法第4条は、労働条件及び労働契約の内容について、使用者に対して、労働者の理解を深めるようにさせること(労働契約内容の理解促進)を定める(同条第1項)と共に、労使が労働契約の内容できる限り書面により確認するものとしています(同条第2項)。【過去問 平成26年 労働一般 問1E】/【平成27年 労働一般 問1C】

詳しくは、労働契約法のこちら以下(労働一般のパスワード)で見ます。

 

 

※ なお、法令上、労働契約の定義が直接規定されているわけではなく、関連規定の内容から、労働契約は上記の◆(こちら)で記載しました定義になるものと解されています。

 

即ち、まず、労基法上、「労働契約」についての定義規定はありません。

ただ、例えば、労基法第2章の表題(タイトル)や第13条などで「労働契約」という文言が用いられています。

そして、労働者の定義を定める第9条(及び使用者の定義を定める第10条)により、労基法の労働契約の内容が推察できます。

 

また、労働契約法においても、「労働契約」についての定義規定はありませんが、同法第6条第2条から、「労働契約」の内容が推察できます。

 

さらに、民法第623条の雇用契約の規定も参考になります(以下、これらの規定を掲載しておきます)。

 

 

【労基法】

労基法第9条

この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

 

 

労基法第10条

この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

 

 

【労働契約法】

労働契約法第6条(労働契約の成立)

労働契約は、労働者使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

 

 

労働契約法第2条(定義)

1.この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。

 

2.この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。

 

 

【民法】

民法第623条(雇用)

雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

  

 

 

※ 参考:労働契約と雇用契約

 

労基法等の労働法における「労働契約」と民法の「雇用契約」が同一のものなのかどうかは、争いもあります。

また、労働法の中でも、労基法と労働契約法の「労働契約」が同一のものなのかも争いがあります。

 

これは微妙な問題でして(深入りしないほうがよいでしょう)、基本的には同様のものという程度の知識で足りると思います。

即ち、上記の労働契約法第6条及び第2条労基法第9条に基づく労働契約の内容と民法第623条の雇用契約の内容は、ともに、労働者が労働義務を負い、使用者(ないし相手方)がこれに対して報酬(賃金)支払義務を負うという契約の基本的・中心的要素が共通しており、これらの契約内容は基本的には同様のものと考えられます。

 

ちなみに、労基法第9条は、労働者を「事業」(事業又は事務所)に使用される者としているため、この「事業」に使用される労働者について労働契約が問題となるという点では、労基法の労働契約は労働契約法の労働契約や民法の雇用契約より要件が加重されていることにはなります。

例えば、個人が一時的に大工等を使用する場合、民法の雇用契約ないし労働契約法の労働契約とはなりえても、業としての継続性(事業性)がないため、労基法上の労働契約とはならないことになります(こちらを参考)。

 

なお、例えば、家事使用人は、労基法では適用除外者であるため(第116条第2項)、家事使用人と雇主との間に締結された家事一般に従事するための契約は、労働基準法が適用される労働契約ではないことになります。

しかし、当該契約も、「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約する」契約ですから、民法上の雇用契約にはあたることになります(民法第623条)。(既述の【過去問 平成16年問1B】(こちら)を参考。)

 

ただ、これは適用除外の問題に過ぎず、民法上の雇用契約も労基法上の労働契約も契約類型としては基本的に同一なのであり、家事使用人の雇用契約も、労基法上の労働契約にはあたるのだが適用除外の規定があるため労基法が適用されないだけなのである、と説明することも可能です。

 

いずれにしましても、試験対策としては、余り深入りしない方が良く、労働法の労働契約と民法の雇用契約は、基本的には同様のものとアバウトに考えておけば足りるでしょう。 

 

 

※1 労働契約の合意について:

前記の通り、労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働すること、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意をすることにより成立しますが、この合意のあり方については、(1)「明示の合意」、(2)「黙示の合意」、及び(3)「法律による合意の創出」という3つのパターンがあります。(「講座労働法の再生第2巻」の47頁以下参考)

 

 

(1)明示の合意

 

これは、典型的な労働契約の合意のケースです。

 

 

(2)黙示の合意

 

例えば、業務委託(請負)や労働者派遣といった契約形式を用いて労働力を受け入れていた者(委託先・派遣先等)と当該労働者との間に、黙示的に労働契約の合意が認められないかが問題となるケースがあります。

 

この黙示の合意による労働契約の成立が問題となった判例として、【最判平成21.12.18=パナソニックプラズマディスプレイ事件】等があります。

詳しくは、労働者派遣法(こちら(労働一般のパスワード))で見ます(派遣法の知識が必要ですので、ここでは、リンク先はスルーして下さい)。

 

 

(3)法律による合意の創出

 

さらに、近年、非正規雇用の領域で、法律により労働契約の合意を創出する制度(労働契約の締結を強制する制度)が導入されています。

即ち、一定の要件を満たす場合に、労働契約の「申込み」又は申込みに対する「承諾」があったとみなされて、労働契約の合意が擬制されるケースです。

 

これは、労働契約の当事者による合意がない場合において、労働契約の申込み又は承諾を擬制するものですから、実質的には、労働契約が合意により成立するという原則(合意の原則)を修正したものといえます。

ただ、法形式的には、申込み又は承諾を擬制することにより労働契約の合意がなされたものと取り扱っていますから、合意の原則の範疇ということにはなっています。

 

具体的には、次の①~③の3つの例があります(詳しい内容は、それぞれの個所で学習します)。

 

(ⅰ)承諾がみなされる場合 = 承諾みなし

 

➡ 次の2つとも、労働契約法の平成24年の改正により新設された制度です。

 

無期転換ルール(有期労働契約の無期労働契約への転換。労働契約法第18条。平成25年4月1日施行)

 

雇止め法理労働契約法第19条。平成24年8月10日施行)

 

 

(ⅱ)申し込みがみなされる場合 = 申込みなし

 

③労働者派遣法における「労働契約申込みみなし制度」(派遣法第40条の6。平成24年の派遣法の改正で新設。平成27年10月1日施行)

 

 

労働契約の成立要件に関しては、次のような過去問があります。

 

〇過去問:

 

・【労働一般 平成24年問1C】

設問:

労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことによって成立するものとされており、当事者の合意、認識等の主観的事情は、労働契約の成否に影響を与えない。  

 

解答:

労働契約法第6条は、次のように規定しています。 

「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」

 

対して、設問の文章は、単に労働者が使用されて労働し、使用者が賃金を支払うことによって労働契約が成立するとなっています。

しかし、この労働と賃金支払とを「合意」することによって労働契約が成立するのです。

従って、合意がなければ労働契約は成立せず、合意(主観的事情)が労働契約の成否に影響を与えることは明らかですから、設問は誤りです。

 

 

・【労働一般 平成28年問1イ】

設問:

労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が必ず書面を交付して合意しなければ、有効に成立しない。

 

解答:

労働契約の成立要件として書面の交付は不要です(労働契約法第6条参考)。よって、設問は誤りです。 

 

 

※1 労働契約法第3条

ここで、労働契約法第3条全体を簡単に見ておきます(この規定が労働契約の成立要件を定めているわけではありませんが、労働契約の成立に関連する問題です。詳しくは、労働契約法(労働一般のこちら以下)で学習します。過去問もそちらです)。

 

まず、労働契約法第3条は、次の通りです。

 

労働契約法第3条(労働契約の原則)

 

1.労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

 

【過去問 平成26年 労働一般 問1D】

 

2.労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

 

【過去問 平成22年 労働一般 問5C】/【平成23年 労働一般 問4A】/【平成27年 労働一般 問1A】

 

3.労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

 

【過去問 平成21年 労働一般 問1D】/【平成25年 労働一般 問1A】/【平成27年 労働一般 問1B】

 

4.労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

 

5.労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

 

 

※ この労働契約法第3条は、労働一般の出題の対象です(出題も多いです)。

上記の太字(赤字も含みます)のキーワードを暗記して、同条の各項の内容を押さえていきます。

 

まず、労働契約法第3条の要点を簡潔にまとめますと、次の図の通りです。

 

 

以下、それぞれについて説明致します。

 

 

(一)労契法第3条第1項

 

労契法第3条第1項は、「労使対等の合意の原則」を定めています。

 

○趣旨

私的自治の原則(民法第91条参考)からは、契約自由の原則(改正後民法第521条)が要請されますが、労働関係においては、実際上、労使間に力関係の格差などがあります。

そこで、本規定は、労使間の対等の立場における労働契約の合意を強調することにより、労働契約の内容を適正化し、私的自治の原則を実質的に担保させようとした趣旨と解されます。

 

かかる「労使対等の合意の原則」の趣旨は、労基法第2条第1項(労働条件の決定の原則) の「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきである。」という規定においても共通します。

 

なお、この労契法第3条第1項の合意の原則については、次の労契法第1条の目的条文においても規定されています。

 

【労働契約法】

労契法第1条(目的)

この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。

 

 

この労契法第1条では、労働契約法は、労働者の保護と個別の労働関係の安定を目的にすることを定めています。

後者の「個別の労働関係の安定」を換言しますと、「個別の労働関係の紛争の発生防止」ということになります。

 

※ なお、どの科目についてもいえるのですが、目的条文は、何度も繰り返して読んでキーワードを暗記してしまうことが必要です。選択式で出題されることが多く(ただし、近時の労働一般の選択式では、法令科目からの出題よりも、労働経済のデーターからの出題が多いです)、また、その科目の目的を把握するためにも重要だからです。

この労契法第1条については、上記の赤字部分は暗記必須です(これらの「自主的な交渉」と「個別の労働関係の安定」というキーワードは、覚えていないと思い出しにくい用語です)。

このように、目的条文を学習する際は、覚えていないと試験会場で思い出しにくいキーワードに特に注意して記憶しておく必要があります。

 

以上で、労契法第3条第1項は、ひとまず終了です(過去問等の詳細は、労働一般の労働契約法の個所で取り扱います)。続いて同条第2項です。 

 

 

(二)労契法第3条第2項 

 

労契法第3条第2項は、「就業実態に応じた均衡考慮の原則」を定めています。

 

○趣旨

就業の実態に応じて均衡のとれた待遇が確保されるように労働契約の内容を適正化・合理化させようとした趣旨と解されます。

 

この点、パートタイム労働法(=短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)では、その第1条(目的条文)において、同法は、短時間労働者について、その適正な労働条件の確保等に関する措置を講ずることにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ること等を目的にするものである旨を定めています(詳しくは、労働一般のこちら以下)。

 

対して、労契法の定める「就業実態に応じた均衡考慮の原則」は、すべての労働者を対象として、就業実態に応じて均衡を考慮した労働契約の締結・変更をすべき旨を定めたものです。 

例えば、短時間労働者以外の非正規雇用労働者(有期契約労働者、フルタイムの契約社員、派遣労働者等)と通常の労働者との間の均衡待遇も要請されることとなります。

また、正社員といわゆる「多様な正社員」との間の均等待遇も要請されます(【平成27年問1A(労働一般のこちら)】。多様な正社員については、こちら以下)。

 

なお、この労契法第3条第2項は、理念を定めたものであり、直接、私法上の効果を伴うものではないと解されています(規定の内容が抽象的で、裁判所の法適用の判断基準が明確でないためと考えられます)。

ただし、本規定の趣旨は、具体的法律問題の解決の際に考慮されるべきものと解されます(次の第3項についても、同様です)。 

 

ちなみに、この労契法第3条第2項は、均衡待遇のルールを定めたものです。

非正規雇用労働者一般についての主な均衡待遇のルールについては、のちにこちらで紹介します。

 

均衡待遇のルールは、近年、労働法において極めて重要なテーマとなっていましたが、働き方改革関連法が成立し(【平成30.7.6法律第71号】)、労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法などについて、平成32年4月1日から、「雇用形態にかかわりない公正な待遇の確保」を目的とした改正が施行されます(派遣法関係等を除き、中小事業主については、平成33年4月1日施行です)。

これらの改正は、平成31年度の試験対象ではありませんが、改正される事項が出題対象となることがありますので、おいおい概要について触れておきます(こちらなど)。

 

 

(三)労契法第3条第3項

 

労契法第3条第3項は、「仕事と生活の調和ワーク・ライフ・バランス)の配慮の原則」を定めたものです。

 

○趣旨

このワーク・ライフ・バランスは、少子高齢化、長時間労働による健康問題や家庭生活への影響、社会保障の財政問題などを背景として、仕事と私生活との調和を図ろうとする見地から、近年、労働法における新たな重要な理念として位置づけられてきたものです。

 

もともとは、平成3年の「育児休業等に関する法律」(現在の育児介護休業法)の制定の際に、「職業生活と家庭生活との両立」(同法第1条労働一般のこちら)等として規定されたものです。

その後、家庭生活のみならず、広く私的生活の尊重という視点も加わって、より広く「仕事と生活の調和」(ワーク・ライフ・バランス)という理念に発展しました。

  

なお、【過去問 労働一般 平成27年問1B(労働一般のこちら)】において、多様な正社員(こちら以下)との関係について出題されています。

 

 

(四)労契法第3条第4項及び第5項

 

労契法第3条第4項の「信義誠実の原則」と第5項の「権利濫用の禁止の原則」は、民法の一般原則(民法第1条第2項及び第3項)が労働契約にも当然に適用されることを確認的に規定したものです。

 

【民法】

民法第1条(基本原則)

1.私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

 

2.権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

 

3.権利の濫用は、これを許さない。

 

 

以上で、労働契約の成立要件及びそれに関連する問題について、ひとまず終わります。続いて、有効要件です。 

 

 

§2 有効要件

労働契約の要件のうち、成立要件に続いて、有効要件について見ます。

 

契約が有効に成立するためには、一般に、成立要件のほか、有効要件も必要とされています

 

これは、主として民法の問題ですので、簡単に触れるだけにしますが、所々、労働法にも深くかかわる問題があります(特に、労働契約(法律行為)の解釈の問題です)。

メリハリをつけて学習する必要がありますので、当サイトのガイドを参考にして下さい。

  

ここでは、〔1〕主体、〔2〕客体、及び〔3〕その他の法律関係に分けて整理しておきます(主体等の整理の視点は、あくまで整理の便宜上のもので、学問上のものではありません)。

 

 

〔1〕主体

主体に関しては、権利能力、意思能力及び行為能力があることが必要となります(いずれも主として民法の問題です)。

 

1 意思能力

意思能力を有しない者がした法律行為は、無効です。

意思能力とは、判断能力のことです(一般には、小学生位から認められます)。

意思無能力者の行為が無効であることについて、明文はありませんが、私的自治の原則(民法第91条参考)から当然のことと解されています。

 

 

※【参考:民法改正】

 

なお、民法の改正(【平成29.6.2法律第44号】。原則として、2020年4月1日施行です)により、意思能力を有しない者がした法律行為は無効であることが明文化されました(改正後民法第3条の2)。

 

従来も、前記の通り、判断能力のない者が行った法律行為は無効であると解されていましたが(【大審院判決明治38.5.11】)、明文がありませんでした。

現在は、高齢化社会の下、判断能力の低下した高齢者等の保護の必要性が高まっていることもあり、今回の改正により意思能力に関する規定を明文化したものです。

 

なお、以下でも、改正後の民法の規定について触れている個所が少なくないですが、平成31年度の試験には関係しませんので、読み流しで結構です。 

 

 

改正後民法第3条の2

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

 

 

2 行為能力

労基法第58条との関係もありますので、行為能力について、未成年者の例を少し見ておきます(本問では、民法の知識がかなり登場し理解が難しい個所ですが、社労士試験では民法は出題対象となりませんから、民法に関する事項は覚える必要はありません。あくまで、労基法第58条を理解するための参考知識として民法に触れています。以下の労基法第58条の部分のみを押さえれば足ります)。

 

民法において、未成年者等が制限行為能力者として規定されています(民法第5条等)。

制限行為能力者は、単独では有効な法律行為(契約等。後述)はできないのが原則です(単独で締結した法律行為は、原則として、取消すことができます)。

 

※ なお、制限行為能力者とは、未成年者、成年被後見人、被保佐人及び同意権付与の審判を受けた被補助人のことです。

制限行為能力者制度は、判断能力が一般的に不十分とみられる者を定型化し、保護者を付することにより、その財産権を保護しようとした制度です。

 

例えば、未成年者は、単独では労働契約を締結できません。

即ち、民法上、未成年者は、法定代理人(親権者又は後見人)の同意を得ないと単独で有効な法律行為ができず(民法第5条第1項本文)(同意を得ずに単独で締結した法律行為は、取消すことができます。同法第5条第2項)、また、法定代理人は未成年者を代理する権限等を有しています(民法第824条本文、第859条第1項)。

ただし、法定代理人(親が典型です)が未成年者(子が典型です)を代理等する場合に、未成年者の行為を目的とする債務を生ずべきときには、その未成年者の同意を得ることが必要とされます(民法第824条ただし書、第859条第2項)。

そこで、以上の民法の規定からは、法定代理人が未成年者を「代理」して「労働契約」を締結する場合は、(未成年者の行為を目的とする債務である労働義務等を生ずべき場合として)その未成年者の同意を得ることが必要となります。

 

しかし、労基法はこれに修正を加えています。即ち、労基法第58条第1項は、次のように定めています。

 

「親権者又は後見人〔=以上を法定代理人といいます〕は、未成年者に代わって労働契約を締結してはならない。」

 

従って、法定代理人は、たとえ未成年者の同意を得ても、その未成年者を「代理」して労働契約を締結することはできないのです。

これは、親権(ないし後見人の権限)の濫用を防止して未成年者の保護を徹底した趣旨です。

そこで、労基法上、未成年者が労働契約を締結するためには、未成年者自らが労働契約を締結することが必要であり(ただし、意思能力は必要です)、かつ、民法の原則(上記の民法第5条第1項本文)より、法定代理人の同意を得ることが必要となります。

 

以上のように、労働契約の主体に関する有効要件として、未成年者の取り扱いが問題になることがありますが、試験対策上は、上記労基法第58条の意味を理解していれば十分です(親権者・後見人の詳しい意味を含む労基法第58条の詳細については、「年少者」のこちら以下で説明しています。後にお読み下さい)。 

 

 

〔2〕客体

客体に関しては、法律行為の有効要件を挙げておきます。

 

法律行為の有効要件

法律行為の有効要件として、一般に、(一)確定性(法律行為の解釈の問題)、(二)可能性、(三)適法性、(四)社会的妥当性が挙げられます。

なお、法律行為とは、意思表示を要素とする法律要件(法律効果を発生させる原因)のことですが、大まかには、意思表示を内容とする行為のことであり、契約などです。労働契約も、法律行為の一つです。

 

 

一 確定性

 

確定性とは、法律行為の内容が確定できるということです。

例えば、売買契約の場合に、「売主が買主に対して、何かいい物を売る」といったような漠然とした内容では、法律行為の内容が確定されていないとして売買契約は無効となることがあります(ただし、法律行為の内容(合意の内容)が確定できないということは、そもそも、合意が成立していず、契約が不成立であると考えることもできます(契約の成立要件の問題))。

 

法律行為の内容を確定するためには、一般に法律行為の解釈が必要となります。

そこでは、当事者の意思慣習民法第92条)、任意規定民法第91条)、条理・信義則民法第1条第2項等)などを考慮して、法律行為の内容を合理的に解釈して確定するものとされています(確定できなければ、無効です)。

 

労働契約においても、労働条件の内容などが争われる場合、まずは、当該労働契約の内容を解釈して確定することが必要となります。

従って、この労働契約の解釈という問題は、重要です。

以下でも、様々な個所で、この労働契約の解釈が問題となることがあります。

 

 

二 可能性

 

可能性とは、法律行為の実現が可能なことです(この可能性については、試験対策上は不要です。以下の記載も参考程度に過ぎません)。

この点は、明文はないのですが、契約成立時に実現不可能なこと(原始的不能といいます)を内容とする法律行為は無効と解されていました。

例えば、労働者が使用者との間で、明日から月に行って月の石を掘ってくる労働をしてくる、といった労働契約を締結しても、無効となりました。

 

 

※【参考:民法改正】

 

しかし、民法の改正により、原始的に不能な債務を目的とする法律行為(契約)も有効であることを前提とする見直しが行われました。

即ち、「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であった」場合においても、債務不履行に基づく損害賠償請求を行える旨の規定が新設されました(改正後民法第412条の2第2項)。

これにより、「可能性」は、法律行為の有効要件とはいえなくなりました。

 

(条文上は、原始的不能を目的とする契約が「有効」であると規定されているわけではありませんが、当該契約に基づく債務不履行責任としての損害賠償請求権の発生を認めているため、当該契約が当然に無効となるわけではないことが示されています。

ただし、原始的不能を目的とする契約が常に有効であるのかは別問題といえ、例えば、契約が原始的不能であったときは当該契約は無効と当事者が定めることもおそらく許容されるのでしょう。

結局、原始的不能を目的とする契約が無効であるかどうかは、当該契約の解釈問題に帰着するといえそうです(なお、「潮見 新債権総論1」の83頁参考))

 

 

改正後民法第412条の2(履行不能)

1.債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。

 

2.契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第415条〔=債務不履行〕の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない

 

 

従来は、前述の通り、契約に基づく債務が原始的不能である場合は、当該契約は無効であるという考え方が採用されていました(傍論ですが、【最判昭和25.10.26】がその旨を判示していました)。

そこで、例えば、中古の建物の売買契約を締結したところ、当該契約成立時に当該建物がすでに落雷により滅失していたようなケースでは、(中古建物は代替物がありませんから、契約成立時に契約内容の実現が不可能であるとして)当該売買契約は無効となりました。

従って、無効である以上、当該契約に基づく債権・債務は発生しませんから、債務不履行による損害賠償請求といった問題は発生しませんでした。

 

しかし、原始的不能を目的(内容)とする契約を常に無効としますと、契約が有効に成立したと信頼した相手方の利益を不当に害する場合があります。

そこで、信義則(民法第1条第2項)を根拠として、信義則上の義務違反に基づき損害賠償請求を認めるという構成が採られていました(上記の落雷のケースも、落雷による建物の滅失自体は不可抗力といえますが、売主が当該建物の滅失を容易に確認できたにもかかわらず、契約を締結したため、買主が現場までの交通費を負担したり、当該建物について既に転売契約を締結していたというような損害を被るようなケースがあります)。

 

ただし、この信義則に基づく構成による場合は、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合に比べ、損害賠償請求の範囲が狭くなる可能性がありました(無効な契約を有効であると信じたことによって被った損害(信頼利益。前記の例の交通費など)の賠償に留まり、債務不履行に基づく損害賠償請求の対象となる「履行利益」(契約が完全に履行されたならば債権者が受けるであろう利益。前記の例の転売利益など)の賠償は含まれないと解されることが多かったです。いわゆる契約締結上の過失の理論です)。

このような不都合があること、また、原始的不能を目的とする契約が無効であるという理論的根拠にも乏しいことから、今回の改正においては、「原始的不能=無効」という考え方を採用しないこととしたものです。

 

ちなみに、この「原始的不能=無効」の理論の採否は、本問だけでなく、危険負担や売買契約の瑕疵担保責任(売買の瑕疵担保責任は、いわば売買契約の原始的な一部無効のケースです)にも影響する、理論上、重大な問題です(今回の改正により、売買の担保責任については、民法学説の多数説的立場に従って、売主が契約内容に適合しない給付をしたことに基づく債務不履行責任と構成する立場(契約責任説)が採用されました。売買の担保責任は、大きく、物の契約内容不適合の場合と権利の契約内容不適合の場合に区別されました)。

危険負担については、のちにやや詳しく触れます(こちら以下)。その他の問題については、さしあたり、試験対策上は不要ですので、読み流しで結構です。

 

 

三 適法性

 

適法性とは、強行規定に違反してはいけないということです。

強行規定(強行法規ともいいます)とは、公の秩序に関する規定です(民法第91条第92条が、任意規定を「法令中の公の秩序に関しない規定」と定めており、任意規定でない規定が強行規定です)。

労基法の各規定も、基本的に、強行規定です(原則として、罰則が規定されているからです)。

任意規定の場合は、それと異なる意思が優先されます。

 

任意規定と強行規定の区別は、必ずしも明確でないことがあり、当該規定の趣旨、文言等を考慮して、当該規定の内容を個人の意思により排斥することを認めることが妥当なのかという見地から検討することになります。

 

【民法】

民法第91条(任意規定と異なる意思表示)

法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定〔=任意規定です〕と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。

 

 

※ この民法第91条は、私的自治の原則(個人は、自己の意思により自由にその法律関係を形成できるという原則。こちら)の民法上の間接的な根拠となる規定であるという点でも、重要です。 

 

なお、私的自治の原則(根源的には、憲法第13条の個人の尊厳に基づくものと解されます)によって契約の自由の原則も導かれるといえますが、ただし、契約の自由は、経済的自由権としての性格が強いとみるべきでしょう(のちにこちら以下で見ます) 。

 

 

※【参考:民法改正】

 

民法の改正(2020年4月1日施行)により、契約の自由の原則が明記されました(改正後民法第521条第522条第2項)。詳しくは、こちらで見ます。

 

 

民法第92条(任意規定と異なる慣習)

法令中の公の秩序に関しない規定〔=任意規定〕と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

 

 

 

四 社会的妥当性

 

社会的妥当性とは、法律行為は、公序良俗に違反してはいけないということです。

即ち、民法第90条は、「公の秩序又は善良の風俗反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」と規定しています。

 

これは、反社会的行為に対する法(民法)による助力(反社会的行為に関与した者に対する法による救済)を否定する趣旨です。

この公序良俗に違反するかどうかは、結局は、当該行為の効果を認めることが妥当なのかということであり、当該行為の目的、当該行為の態様、当該行為により侵害される利益の性質・侵害の程度など諸事情を考慮して判断されるものと解されます。

 

【民法】

民法第90条(公序良俗)

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

 

この民法第90条は、労働法に関する判例等において頻繁に登場する極めて重要な条文です。

 

 

※【参考:民法改正】

 

なお、本条は、民法の改正(2020年4月1日施行)により、「事項を目的とする」という文言が削除され、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」に改められますが、従来の取扱いと実質的には変わりません。

  

 

〔3〕その他の法律関係

その他の法律関係に関する有効要件として、意思表示の有効要件を挙げておきます。

(ここは、覚える必要はなく、流し読みして下さい。)

 

◆意思表示の有効要件

 

意思表示が有効でない場合として、次のケースがあります。

 

(一)意思表示の不存在(欠缺)=心裡留保(民法第93条)、虚偽表示(同法第94条)、錯誤(同法第95条

 

(二)意思表示の瑕疵 = 詐欺、強迫(同法第96条)

 

これら、意思表示の不存在又は瑕疵の場合には、当該意思表示は無効となるか、取消しの対象となります。

 

 

※【参考:民法改正】

 

ただし、民法の改正(2020年4月1日施行)により、「錯誤」の効果は、従来の「無効」から「取消し」に改められました。

錯誤に陥った表意者にのみ錯誤の主張を認めれば足りること(無効としますと、第三者も錯誤を主張できることになります)、また、より表意者の帰責性に乏しい「詐欺」の効果が「取消し」に過ぎないこととのバランスを図ることが考慮されたものです。

錯誤に関する改正については、こちらで詳しく触れていますが、読まなくて結構です。

 

※ なお、意思表示の効力発生時期(到達主義)については、こちらで触れています。

 

 

以上で、労働契約の成立における要件に関する問題を終わります。

次のページでは、労働契約が成立した場合の効果(権利義務関係)に関する問題を学習します。