平成30年度版

  

以下、「解雇以外の労働契約の終了事由」について学習します。

 

まず、「当事者の一方的意思に基づく労働契約の終了」(こちらの図を参照)の続きとして、「労働者の一方的意思に基づく終了」である「辞職」から見ます。

 

 

〔Ⅱ〕辞職(任意退職)= 労働者の一方的意思に基づく労働契約の終了

一 意義

◆辞職(任意退職)とは、労働者が一方的に労働契約を解約する意思表示のことです。

 

二 要件

労働者の一方的意思に基づき、辞職は成立します。

 

即ち、期間の定めのない労働契約の場合は、労働者は、いつでも解約の申入れができ、解約申入れ日から2週間経過により契約は終了するのが原則です(民法第627条第1項)。

 

期間の定めのない労働契約について、「使用者」が解約の申入れをする場合(即ち、解雇する場合)は、労基法や労契法に基づき、解雇権濫用法理、解雇期間制限及び解雇予告制度等によって解雇の自由の制限が定められているため、上記の民法第627条第1項は、適用が修正され、結果的に適用されないことになります。

対して、期間の定めのない労働契約について、「労働者」が解約の申入れをする場合は、労基法等によって規制がないことから、上記民法第627条第1項が適用されます。

 

期間の定めのある労働契約の場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約を解除できます(当該事由の発生について過失ある場合は、損害賠償責任を負います)(民法第628条)。

従って、有期労働契約の場合に、やむを得ない事由があるときは、「労働者」は、直ちに契約を解除できます(無期労働契約の場合の上記第627条第1項のように、2週間の予告期間をとる必要はありません)。

 

なお、1年を超える有期労働契約(最長は、原則3年)を締結した労働者は、原則として、1年経過後は、いつでも退職することができます(法附則第137条)。

ただし、有期事業及び上限が5年となる労働者(高度の専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限ります)及び満60歳以上の労働者)は、除きます。

 

対して、「使用者」が、有期労働契約において(やむを得ない事由があるとして)解雇する場合は、解雇予告制度が適用されますから、直ちに解雇できるわけではありません。

なお、期間の定めのない労働契約の場合も、労働契約法第17条第1項がカバーしていな事項(損害賠償責任等)については、民法第628条が適用されます。 

 

 

三 効果

(一)労働契約の終了

 

辞職により、労働契約が終了します。

 

 

(二)効力発生時期 → 撤回の可否

 

◆辞職は、労働者の一方的な解約の意思表示であり、辞職の意思表示使用者に到達した時点効力が生じます(意思表示の到達主義の原則。民法第97条第1項によるものです)。

従って、使用者に辞職の意思表示到達した時点以後は、辞職の意思表示撤回することはできません。この点は、後述の合意解約と異なります

 

もっとも、錯誤(民法第95条)、詐欺・強迫(同第96条〕といった意思表示の不存在・瑕疵に基づく無効・取消しの主張は可能です。

 

 

【参考条文 民法】

民法第97条(隔地者に対する意思表示)

1.隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

 

2.隔地者に対する意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、又は行為能力を喪失したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。 

 

 

以上で辞職について終わります。これにて、「当事者の一方的意思に基づく労働契約の終了」は終了です。 

 

  

§2 当事者の合意に基づく労働契約の終了 = 合意解約

次に、当事者の合意に基づく労働契約の終了を学習します。合意解約の問題です。 

 

一 意義

◆合意解約とは、使用者と労働者の合意により労働契約を終了させる契約です。

 

 

二 要件

◆合意解約は、一方の解約の申込みに対して、他方が承諾した時点で成立します(契約の一般原則通りです。民法第521条以下参考)。

 

合意解約は当事者の意思(合意)に基づくものですから、民法上の2週間の予告期間(民法第627条第1項)や労基法上の解雇予告制度(労基法第20条)などの規制はなく、期間の定めの有無にも影響されません。

 

なお、労働者の合意解約の申込みの撤回の可否の問題については、すぐ後で見ます。

 

 

三 効果

◆合意解約により、労働契約が終了します。

 

 

※ 撤回の可否

労働者合意解約の申込みをした場合使用者承諾の意思表示がなされるまでは労働者はこれを撤回できるのが原則と解されています。この点で、辞職の場合と大きな違いがあります。

 

・契約の申込みに対して一定の拘束力を認めています民法第521条以下の規定は、新たな契約締結の申込みを想定したものであり、継続的な契約関係である労働契約の合意解約の申込みについては適用されないと解されています。 

 

そこで、例えば、労働者が辞職届や退職願などを提出したり、退職する旨を申し出たような場合に、辞職の意思表示をしたと解するのか、合意解約の申入れをしたと解するのかが、問題となります。

この点は、当該労働者の意思表示の解釈の問題になります。

 

まず、労働者の真意に基づく意思表示ではないと解される場合(例えば、労働者が、辞めるつもりはないのに、かっとなって辞めると述べたようなケース)は、民法第93条の心裡留保にあたります。

 

心裡留保とは、表意者が、表示行為に対応する真意がないことを知りながらする意思表示のことです。

心理留保は、原則として有効です。なぜなら、このような意思表示をした表意者には帰責性があり要保護性が乏しいこと、また、相手方の取引の安全(相手方の信頼・期待)を保護する必要があることからです。

ただし、相手方の取引の安全を保護する必要がない場合、即ち、相手方が表意者の真意を知り(=悪意。法律上の悪意とは、知っているという意味です)、又は知ることができたとき(=有過失)は、当該意思表示は有効となります。

そこで、相手方である使用者が、労働者の意思表示が真意に基づかないことを知り(悪意)、又は知ることができたとき(有過失)は、当該意思表示は無効となります。

 

労働者の意思表示が真意に基づくものと解される場合(または、使用者が真意でないことについて善意(知らないという意味です)かつ無過失の場合)は、労働者の意思表示が、使用者の対応・返答を待たずに労働契約を終了させようとするものであるときは、辞職と解され、使用者の対応・返答を待って結論を出そうとする趣旨であるときは、合意解約の申込みと解されることになります。

 

もっとも、実際は、労働者の意思表示がいずれであるかが不明確な場合があります(例えば、退職勧奨や早期退職優遇制度の下で、労働者が不本意ながら退職届を提出し、のちに退職の意思表示の効力を争うようなケースで問題になります)。

そして、「辞職」と解しますと、意思表示が使用者に到達された以後はその撤回ができなくなる点で労働者に酷になることもありますので、使用者の態度如何にかかわらず確定的に労働契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきとして、辞職の認定は慎重に行われているという裁判例の傾向があるとされています。

 

 

 最高裁の判例を見ておきます。

 

【大隅鐵工所事件=最判昭和62.9.18】

 

※ あまり出題の対象となりそうな判示はありませんが、以下の(a)~(c)の各論点についての判例の結論は知っておいて下さい。

 

(事案)

労働者Aは、入社後、同僚と共に民青の活動をしていたところ、右同僚の失踪事件に関連して上司から事情聴取を受けたことをきっかけとして人事部長に退職届を提出し、その翌日になって退職願の撤回を申し出たが、会社に拒絶されたため、従業員としての地位確認を求めた事案。

 

(結論)

最高裁は、本件退職願の提出について合意解約の申込みがなされたものと解した上で、退職承認の権限を有する人事部長が退職願を受理した時点で承諾の意思表示があったと認定し、その後の退職願の撤回を認めませんでした。

 

(解説)

(a)この事案では、まず、労働者の退職願の提出が辞職の意思表示なのか、合意解約の申込み(申入れ)なのかが問題ですが、原審は、本件の退職願の提出は、会社の承諾があれば即時に雇用関係から離脱する意図であったと認定して、合意解約の申入れと解し、最高裁もこれを前提としています。

 

(b)次に、合意解約の申込みが書面等の一定の方式によることが必要な要式行為なのかについては、本判決は、契約の原則通り、必ずしも書面等の方式によることは必要でない旨を次のように判示しています。

 

「私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。」

 

(c)さらに、本件合意解約の申込みに対して、使用者の承諾があり合意解約が成立したのかが問題です(使用者の承諾後は、労働者は合意解約の申込みを撤回できません)。

本件会社の場合、採用については、筆記試験の他に役員ら複数名の面接委員によって決定するという慎重な手続をとっており、それとの比較から、本件退職願について、人事部長個人が受理した時点で合意解約を認めるのが妥当なのか、問題となりました。

 

この点、原審は、上記採用手続とのバランスから、退職願に対する承認についても、人事管理の組織上一定手続を履践することにより使用者の承諾があったと解するのが妥当とし、人事部長の意思のみによって使用者の合意解約の承諾があったとは解されない旨を判示していました。

 

しかし、最高裁は、「原審の右判断は、企業における労働者の新規採用の決定と退職願に対する承認とが企業の人事管理上同一の比重を持つものであることを前提とするものであると解せられる」が、そのような判断は妥当でないとし、その理由として、本件会社がこのような採用制度をとっているのは、「労働者の新規採用は、その者の経歴、学識、技能あるいは性格等について会社に十分な知識がない状態において、会社に有用と思われる人物を選択するものであるから、人事部長に採用の決定権を与えることは必ずしも適当ではないとの配慮に基づくものであると解せられるのに対し、労働者の退職願に対する承認はこれと異なり、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではないからである」と判示しました。

 

そこで、結論として、人事部長に退職願に対する退職承認の決定権があるならば、右人事部長が退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込みに対する使用者の即時承諾の意思表示がなされたものといえるとして、本件雇用契約の合意解約が成立したものと解される旨を判示して差し戻しました。

 

 

以上、当事者の意思に基づく労働契約の終了事由について終わります。

次のページにおいて、当事者の意思に基づかない労働契約の終了を学習します。