令和6年度版

 

第2款 懲戒処分

懲戒処分については、労働契約法第15条において、懲戒権行使の濫用禁止に関する規定があります。

また、労基法においても、就業規則の相対的必要記載事項として、「制裁の定めをする場合」の「その種類及び程度に関する事項」が定められ(第89条第9号(労基法のパスワード))、就業規則による減給の制裁が制限され(第91条)、労働契約締結の際の労働条件の明示(第15条第1項)における相対的明示事項としても、「制裁に関する事項」が定められています(施行規則第5条第1項第10号)。

 

そこで、懲戒処分については、労働契約法でも労基法でも出題の対象となりえますが、あらかじめ知識があると便利なので、ここで解説しておきます。

 

ただし、懲戒処分自体について、そう出題があるわけではない反面(もっとも、後掲の通り、平成29年度の労働一般の択一式では出題されています)、内容が総合的でハイレベルなものが多く、初学者の方は、さしあたりはあまり深入りしないで下さい。

最終的には、特に選択式対策として、最高裁判例がある部分は、キーワードを押さえておく必要があります。

 

 

一 意義

懲戒処分とは、使用者が労働者の企業秩序違反行為に対してなす制裁罰(不利益措置)です。使用者が懲戒処分を行う権限を懲戒権といいます。

 

【山口観光事件=最判平成8.9.26】は、次の通り、判示しています。 

 

「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものである」

 

 

二 根拠

懲戒処分については、前述のように、労基法や労働契約法において規定があり、使用者が懲戒権を行使できることが前提とされています。

しかし、具体的にどのような要件で懲戒権が発生するのか等については明文がないため、懲戒権の根拠も含め問題となります。

 

この点、懲戒権の根拠について、判例は、大枠として次のように考えています。

 

◆使用者は、企業の存立と事業の円滑な運営のために必要不可欠な権利として企業秩序を定立し維持する権限(企業秩序定立維持権)を有しており、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、労働契約に付随して企業秩序を遵守すべき義務(企業秩序遵守義務)を負います(なお、労働契約の付随的効果のこちらも参考です)。

そして、労働者が企業秩序遵守義務に違反し企業秩序違反行為をした場合は、これに対する制裁として、懲戒処分を行うことが可能です。

ただし、懲戒処分を行うためには、予め就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要するとされます(前記の通り、就業規則の相対的必要記載事項として、「制裁の定めをする場合」に、「その種類及び程度に関する事項」を記載することが要求されていることが参考になります(第89条第9号))。

 

判例は、懲戒権は企業秩序定立維持権の一環として当然に発生するとしつつ、具体的に懲戒権を行使するためには、就業規則における定めが必要であるとする立場のように見えます。

 

なお、就業規則の効力発生のためには、当該就業規則を労働者に周知させる手続がとられていることも必要です(労働契約法第7条第10条参考)。

 

また、懲戒権の行使の濫用認められません(次の労働契約法第15条)。

 

 

【労働契約法】 

労働契約法第15条(懲戒)

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

 

※ 上記労働契約法第15条は、労働契約法第16条の解雇権濫用法理の内容と類似しています。  

 

 

(一)懲戒権の根拠について

まず、懲戒権の根拠(懲戒権の発生の理由)については、争いがあります。

懲戒処分は、一般の契約違反の際に予定されている措置(損害賠償請求や解雇等)を超えた特別の制裁(労働者に特別の不利益を強制するもの)ですから、使用者になぜこのような特別の制裁権が認められるのかが、懲戒権の要件(例えば、懲戒権の発生ないし行使のためには、就業規則に懲戒に関する規定が存在することが必要か等)と相まって問題となります。

 

この点は、大別しますと、①使用者は、経営権の一環としてないし企業秩序の維持のため当然に懲戒権を有するとする固有権説と、②使用者は、労働契約上の根拠(就業規則等を含みます)に基づいてのみ懲戒権を有するとする契約説の2つがあります。

 

①固有権説からは、懲戒権の発生ないし行使のために特段の根拠規定は必要ないとしやすいです。

他方、②契約説からは、個別の労働契約によって、使用者は懲戒権を設定できることとなります。

 

判例は、懲戒権は、企業秩序定立維持権に基づき当然に発生するものと考えているようであり、基本的には固有権説に立ちつつも、懲戒するには就業規則により懲戒の種別及び事由を定めておくことを必要と解するなど、契約説的な観点も考慮しているようです(すぐ後で判例を見ます)。

 

なお、契約説といっても、実際は、懲戒権の根拠規定として就業規則の定めで足りるとしているのであり、労働者の承諾等はなくても使用者の懲戒権の発生・行使は可能となります(労働契約法第7条第10条参考)。従って、契約説においても、基本的には、使用者が一方的に懲戒権を設定できるのであり、この一方的な設定という点では、契約説と固有権説との間に実際上は違いがないことになります。 

 

懲戒権の根拠について、当サイトでは次のように考えています。

 

憲法上、使用者には経営権が保障されているものと解され(憲法第22条第1項の職業選択の自由の一環としての営業の自由の保障及び第29条第1項の財産権の保障に基づきます)、この経営権の一環として、使用者には企業秩序定立維持権が認められるものと解されます。

そして、この企業秩序定立維持権を実効化するための制裁権が懲戒権ですから、懲戒権はこれを認める必要性はあることになります。

 

ただし、懲戒権は、一般の契約関係上の措置とは異なる特別な制裁ですから、懲戒権の発生については、特別の根拠が必要であると解され、関係諸規定の趣旨(労基法89条第9号において、制裁の定めが相対的必要記載事項となっていること等(なお、この労基法89条第9号自体は、使用者に公法上の義務を課したものであり、私法上の権利義務を直接発生させるものではありません)や信義則(労契法第3条第4項民法第1条第2項)に鑑み、就業規則による根拠規定が存在することによって、懲戒権の発生が許容されるものと考えます。

 

そして、労働者は、労働契約を締結することにより、労働契約に付随して企業秩序遵守義務を負い、その義務違反については懲戒権の行使(懲戒処分)の対象となるものと解されます。

 

 

(二)判例

重要判例をみます。以下の判旨の太字部分を押さえて下さい。

 

ちなみに、下記の※1の関西電力事件より、※2の富士重工業事件の方が先に出された判決ですが、関西電力事件の方がわかりやすいため、先にこちらから見ていきます。

 

いずれも重要ですが、労働組合法なども関連するハイレベルの問題であるため、初学者の方は、ざっと眺めるだけにして深入りしないで下さい。

 

なお、以下の判例については、まず(事案)を挙げ、次に(判旨)を挙げていますが、(判旨)は原文が長文で記載されていることがあり、読みにくい場合があります。そこで、(事案)を読んだ後に、まず(解説)として当サイトが説明をした部分を先に読んで頂くとわかりやすいかと思います。

 

 

※1

 

・【関西電力事件=最判昭58.9.8

 

(事案)

 

組合員である従業員Aが、勤務している会社の従業員社宅において、就業時間外に、会社を批判するビラ約350枚を配布したところ、譴(けん)責の懲戒処分を受けたため、その正当性が争われた事案。

 

 

(判旨)

 

「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによつて、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もつて企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であつても企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許されるのであり(最高裁昭和45年(オ)第1196号同49年2月28日第一小法廷判決・民集28巻1号66頁参照〔=国鉄中国支社事件判決。あとで言及します〕)、右のような場合を除き、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当である。

 

これを本件についてみるのに、右ビラの内容大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲して被上告会社を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものであり、右ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し又はそのおそれがあつたものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないではなく、その過程に所論の違法があるものとすることはできない。そして、原審の右認定判断に基づき、上に述べ来つた〔ママ〕ところに照らせば、上告人による本件ビラの配布は、就業時間外に職場外である被上告会社の従業員社宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、前記就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由として上告人に対して懲戒として譴責を課したことは懲戒権者に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。なお、所論違憲をいう点は、ひつきよう、上告人による右ビラ配布行為を理由として懲戒を課することに公序良俗違反の違法があるとして原判決の法令違背をいうに帰するところ、上告人の右ビラ配布行為が思想の表現の面を有するからといつて、これに対し懲戒を課することに公序良俗違反の違法があるということはできず、また、上告人による右行為をもつて労働組合の正当な行為とすることもできないというべきである。」

 

 

・この判例が引用しています【国鉄中国支社事件判決=最判昭49.2.28】も、上記と類似の判示をしています。この国鉄中国支社事件判決が、その後の判例の企業秩序論のベースになったとされており、次のような判示です。

 

「使用者がその雇傭する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もつて企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰である。従業員は、雇傭されることによつて、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなくてはならない。」

 

 

(解説)

 

本件の関西電力事件では、従業員によるビラの配布行為企業の企業秩序維持権との調整が問題となっています(なお、本件のビラ配布行為は、労働組合の組合員の組合活動と評価することも可能なのですが、ここでは組合活動については言及しません)。

 

ビラの配布行為は、憲法第21条第1項の表現の自由として保障されています(もっとも、本件は私人間の問題ですから、同規定が直接適用されるわけではありません。こちらを参考です)。

ただ、表現の自由も無制約なものではなく(憲法第13条後段等の公共の福祉)、企業の秩序を侵害するようなものは許容されません。

本件では、ビラの配布が、職務時間外職場外職務遂行に関係なくなされている点が特徴です。

 

上記判決は、かかる場合においても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序の侵害(ないしそのおそれ)が認められるようなときには、これを懲戒処分の対象とできるという考え方をとっていることになります。

 

ただ、会社の経営陣に対する批判等は、会社の民主的運営のためにも必要なものですから、当該表現の内容(内容が事実でない、誹謗中傷にあたる、違法行為をそそのかすといったものか、またそれらが当該表現のどの程度を占めているか等)、当該表現の相手方、場所、方法・態様等の諸事情を考慮して、実質的に見て、当該懲戒事由に値する企業秩序違反行為と認められるのかどうかを判断すべきでしょう。 

 

 

※2:

 

・【富士重工業事件=最判昭52.12.13】

 

(事案)

 

従業員Aらが会社に無断就業時間中職場を離脱して、就業中の他の従業員に対し原水爆禁止の署名を求めるなどの就業規則に違反する行為をしたことから、会社が関係従業員に対して事実関係の調査に乗り出したが、その中の従業員Bが事情聴取に対して返答を拒否する等の行為をしたため、就業規則に違反するとして懲戒譴(けん)責処分に付したところ、この懲戒処分の正当性(前提として、従業員の調査協力義務の有無)が争われた事案。

 

 

(判旨)

 

「そもそも、企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があつた場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。

しかしながら、企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに、労働者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負つているものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによつて、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。

そして、右の観点に立つて考れば、当該労働者が他の労働者に対する指導、監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であつて、右調査に協力することがその職務の内容となつている場合には、右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の場合には、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはないものと解するのが、相当である。」

 

 

(解説)

 

この事案では、使用者が行う企業秩序違反の調査に対して、関係労働者が協力する義務を負うのかが問題となっています。

そして、判決は、使用者は、企業秩序定立維持権を有し、企業秩序違反行為に対して懲戒権を行使でき(企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定めることができるとしています)、懲戒権を行使する前提として、当該違反行為に関する調査を行う権限も有するとしています。

ただし、かかる調査権限を広く認めては労働者の人格権等との抵触も生じますから、対象者が職務上調査協力義務を負っている者かどうかなどを考慮することによって、使用者の調査権限に適正な制限を加えているものと考えられます。 

 

 

※3

 

・【国鉄札幌運転区事件=最判昭54.10.30】

 

(事案)

 

労働組合が、賃金の引き上げや合理化反対を要求する春闘に臨むにあたり、その1箇月前に、その行動方針の確認や団結力の昂揚を目的として傘下の組合にビラ貼付を指令した。

これを受けて組合員のAらが、休憩時間中に、組合員の日常使用している旅客が立ち入らない詰所のロッカーにビラを数百枚貼ったところ、許可ない文書等の掲示を禁止した就業規則に違反するとして戒告処分を受けたため、その正当性を争った事案。

 

 

(結論)

 

※ 判旨が長いので、次の結論部分を押さえた上で、下記の判旨の太字部分も押さえて下さい。ただし、本判決は非常に重要であり(詳細は、後述のように労働組合法で見ます)、近時の出題例(後掲)もあります。

 

◆労働組合又はその組合員が、使用者許諾得ることなく使用者の管理する企業施設を利用することは、原則として、認められない

ただし、使用者が利用を許さないことが、当該施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合除く

 

 

(判旨)

 

「思うに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行うものであつて、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもつて定め、又は具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。 

 

〔当サイト注:以下の判旨も重要ですが、ここでは太字部分を読んで頂ければ足ります(詳細は、労働組合法で学習します)。〕

 

ところで、企業に雇用されている労働者は、企業の所有し管理する物的施設の利用をあらかじめ許容されている場合が少なくない。しかしながら、この許容が、特段の合意があるのでない限り、雇用契約の趣旨に従つて労務を提供するために必要な範囲において、かつ、定められた企業秩序に服する態様において利用するという限度にとどまるものであることは、事理に照らして当然であり、したがつて、当該労働者に対し右の範囲をこえ又は右と異なる態様においてそれを利用しうる権限を付与するものということはできない。また、労働組合が当然に当該企業の物的施設を利用する権利を保障されていると解すべき理由はなんら存しないから、労働組合又はその組合員であるからといつて、使用者の許諾なしに右物的施設を利用する権限をもつているということはできない。もつとも、当該企業に雇用される労働者のみをもつて組織される労働組合(いわゆる企業内組合)の場合にあつては、当該企業の物的施設内をその活動の主要な場とせざるを得ないのが実情であるから、その活動につき右物的施設を利用する必要性の大きいことは否定することができないところではあるが、労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであることは既に述べたところから明らかであつて、利用の必要性が大きいことのゆえに、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために利用しうる権限を取得し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない、というべきである。右のように、労働組合又はその組合員が使用者の所有し管理する物的施設であつて定立された企業秩序のもとに事業の運営の用に供されているものを使用者の許諾を得ることなく組合活動のために利用することは許されないものというべきであるから、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで叙上のような企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該物的施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保しうるように当該物的施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであつて、正当な組合活動として許容されるところであるということはできない。」

 

 

(解説)

 

この事案では、使用者の施設管理権組合員の組合活動権ビラ貼り)との調整が問題となっています。

本判決の詳細については、労働組合法の組合活動の個所(こちら以下(労働一般のパスワード))で学習します。

ただ、この施設管理権と組合活動権との調整に関する判例の考え方として、上記の結論(こちら)の部分は押さえておいて下さい。

 

ちなみに、労働一般の過去問として次のような出題があり、参考になります。

 

 

◯過去問:

 

・【労働一般 平成24年問2D】

設問:

労働組合による企業施設の利用はとりわけ我が国の企業別労働組合にとっては必要性が大きいものであり、使用者は、労使関係における互譲の精神に基づき、労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を、特段の事情のない限り、受忍する義務を負うとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

誤りです。

上記判例(【国鉄札幌運転区事件=最判昭54.10.30】)は、「使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない」と述べていますので、本問は逆の結論になっています。

 

本問の立場は、受忍義務説と呼ばれ、学説の一部で主張されていますが、上記判例が否定しました。判例の立場は、許諾説と呼ばれ、労働組合等でも使用者の許諾なくその施設を利用することは原則として認められないというものです。

(本問のように、判例を素材として学説上争いがあるような部分が出題されることもたまにあります。) 

 

 

※4 懲戒処分を行うためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを必要であり、また、就業規則の拘束力の発生のためには周知手続が採られることが必要であると判示したのは、次の判例です。

 

【フジ興産事件=最判平成15.10.10】

 

(事案)

 

従業員が職場放棄や暴言を吐く等をしたことを理由に懲戒解雇されたところ、その違反行為の時点では、懲戒処分を規定した就業規則が定められ届出もなされていたが、労働者に周知されていなかったため、当該懲戒解雇の正当性が問題となった事案。

 

 

(判旨)

 

「使用者が労働者を懲戒するにはあらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由定めておくことを要する(最高裁昭和49年(オ)第1188号同54年10月30日第三小法廷判決・民集33巻6号647頁参照〔=上記※3(こちら)の【国鉄札幌運転区事件=最判昭54.10.30】です。「規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができる」と判示していました〕)。」

 

そして、「就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁〔=こちらの秋北バス事件判決です〕)ものとして、拘束力を生ずるためにはその内容を適用を受ける事業場の労働者周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」

 

 

(解説)

 

懲戒処分を行うためにはあらかじめ就業規則において根拠規定を定めておくことが必要としています。

その理由の説明の仕方にはいろいろありますが、実質的に考えますと、懲戒処分は、義務違反者に対して契約上通常行使できる手段(契約の解除権や損害賠償請求権など)とは異なる特別の制裁である(一種の自力救済です)という点を重視して、使用者による不当な懲戒権の行使を抑制する見地から、あらかじめ根拠規定の存在を要求したものと考えられます。

労基法第89条第9号においては、就業規則の相対的必要記載事項として、「制裁の定めをする場合」に、「その種類及び程度に関する事項」を就業規則に記載することを要求しています。

なお、周知に関する詳細については、就業規則の個所(こちら)で学習します。

 

本判例は、次のように、労働一般の択一式において出題されています。

 

 

〇過去問:

 

・【労働一般 平成26年問1A】

設問:

「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」とするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

前掲の【フジ興産事件=最判平成15.10.10】の判旨のとおりです。

 

 

・【労働一般 平成30年問3エ】

設問:

「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことをもって足り、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていない場合でも、労働基準法に定める罰則の対象となるのは格別、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずることに変わりはない。」とするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

誤りです。

【フジ興産事件=最判平成15.10.10】は、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するとする旨を判示しています。

つまり、就業規則が拘束力を生じるためには、周知手続の履践が要件となります。

この点については、のちに就業規則の個所(こちら)で詳しく見ます。

  

 

※5 契約説的な判例:

 

・【ネスレ日本事件=最判平成18.10.6

 

(事案)

 

従業員が上司に暴行等をし、7年以上経過した後に行われた諭旨退職処分の適法性が争われた事案。

 

 

(判旨)

 

「使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」

 

 

(解説)

 

本判決は、「懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係基づく使用者の権能として行われるもの」としていますから、懲戒権の根拠を労働契約に求める契約説的な立場に親和的であるともいえます。

ただ、「労働契約」に基づく権能ではなく、「労働契約関係」に基づく権能としていること、「企業秩序維持の観点から・・・使用者の権能」として行われるものとしていることからは、労働契約関係において、企業秩序の維持のため使用者が当然に有する権能が懲戒権であるという固有権説がベースになっているともみえます。

 

また、判例が純粋な契約説を採用しているのなら、上記※4の【フジ興産事件=最判平成15.10.10】が「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」とし、「労働契約」や「労働協約」に言及していない理由が説明しにくいといえます。

 

もっとも、同判決が、懲戒権の根拠規定として、「就業規則」のみに限定した趣旨といえるのかは問題もあります(現行法上は、労基法第89条第9号が、制裁の定めをする場合は、就業規則において定めるべきことを規定していますが、これは行政取締上の規定であり、違反しますと罰則が適用されますが、私法上、懲戒権自体は、同規定とかかわりなく発生しうると考えることはできます)

懲戒権の行使のために、労働契約や労働協約に定めがあれば足りるのか(例えば、就業規則の定めの必要がない常時10人未満の労働者使用の使用者は、個別の労働契約によって懲戒権を設定してもよいのか等)については、争いがあり、このフジ興産事件判決においても、このような問題についてどのような立場を採っているのかは、必ずしも明確であるとはいえません(のちに少し検討します)。

 

前掲の【富士重工業事件=最判昭52.12.13】などをみますと、判例は、やはり、基本的には、固有権説的立場を採っているとみるのが自然と思われ、ただ、固有権説の弱点(労働者の保護に欠ける場合があること)をカバーすべく契約説からの問題意識を取り入れているようにみえます。

 

 

なお、本件の事案では、「期間の経過とともに職場における秩序は徐々に回復したことがうかがえ、少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては、企業秩序維持の観点から上告人らに対し懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況にはなかった」として、当該諭旨退職処分は権利の濫用として無効とされました。【過去問 労働一般 平成29年問1D(こちら)】

 

ちなみに、本判決は、労働契約法の制定(平成20年3月1日施行)により同法第15条に懲戒権行使の濫用禁止の規定が定められる前の事案です。 

 

◯過去問:

 

・【労働一般 平成29年問1D】

設問:

 

従業員が職場で上司に対する暴行事件を起こしたことなどが就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして、使用者が捜査機関による捜査の結果を待った上で当該事件から7年以上経過した後に諭旨退職処分を行った場合において、当該事件には目撃者が存在しており、捜査の結果を待たずとも使用者において処分を決めることが十分に可能であったこと、当該諭旨退職処分がされた時点で企業秩序維持の観点から重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況はなかったことなど判示の事情の下では、当該諭旨退職処分は、権利の濫用として無効であるとするのが、最高裁判所の判例の趣旨である。

 

解答:

正しいです。

上記の【ネスレ日本事件=最判平成18.10.6】の判旨です。

細かい部分が問われました。

 

 

 

三 懲戒権の要件

以上より、懲戒権を行使するためには、以下の要件が必要と解されます。

 

(一)根拠規定の存在

まず、懲戒権の根拠規定就業規則に定められていることが必要です(懲戒権の「発生」の問題)。

 

具体的には、就業規則において、懲戒処分の種別(種類、程度)及び事由(懲戒事由)が定められていなければなりません(第89条第9号)。

 

※ なお、先に触れましたように、例えば、就業規則の定めの必要がない常時10人未満の労働者使用の使用者は、個別の労働契約によって懲戒権を設定してもよいのか、即ち、就業規則ではなく、「労働契約」や「労働協約」による定めによっても懲戒権を設定できるのかについては、争いがあります。

契約説からは、労働契約等も懲戒権の根拠規定となります。

固有権説からは、本来は、根拠規定は不要ともいえるところ、判例は、前掲の【フジ興産事件=最判平成15.10.10】が「就業規則」による定めを必要としていますが、労働契約等でもよいのかについては不明確です。 

 

この点、懲戒権の発生ないし行使のために根拠規定を要する実質的理由が使用者による懲戒権の不当な行使を抑制することにある点を考慮するなら、理屈的には、懲戒権について定める根拠規定を就業規則に限定する理由は乏しいとはいえます。

例えば、少なくとも、労働協約により懲戒権について定めることを認めても不合理ではありません(労働協約は、労働者側との合意に基づくものなのです)。

ただ、現行法上、労基法第89条第9号は、制裁の定めをする場合は就業規則において定めるべきことを規定しており、就業規則において制裁の定めをする意義として、次のような点が挙げられます。

即ち、就業規則により画一的・統一的な規定を置くことによって、個々の労働者ごとに懲戒事由や懲戒処分の程度が異なるといった不都合も回避し得ること、また、就業規則に労働契約規律効が発生するためには、内容ないし変更の合理性と周知が要件であり(労働契約法第7条第10条)、意見聴取(第90条)、届出(第89条)といった一定の手続も要求されていることもあって、就業規則に対する相当の法的規制が及んでいることです。

すると、基本的には、懲戒権の発生ないし行使のためには、就業規則における根拠規定が必要であると解した方がよさそうに思えます。

就業規則の作成義務がない常時10人未満の労働者を使用する使用者については、就業規則に準ずる規則によって定めることが必要となるでしょう。

 

なお、労働協約で懲戒権について定める場合も、さらに就業規則において定めが必要となります。

 

ただし、就業規則で定める懲戒権の規定が、労働協約で定める懲戒権の規定に違反することもありえ、その場合は、労基法第92条第1項が適用されて、懲戒権の根拠規定は労働協約となるものと解されます(注釈第2巻474頁参考)。

 

 

※ なお、先に触れましたが(労働契約の締結の段階において)就業規則に労働契約を規律する効力が認められるためには、定められている労働条件が合理的であること、及び当該規定が周知されていることが必要です(労働契約法第7条)。(労働契約の変更段階(就業規則の変更)については、労働契約法第10条労基法のパスワード)が規定しており、変更の合理性と周知が要件です。)

そこで、就業規則において定められる懲戒事由(これも労働条件です)等も合理的なものであることが必要です。

 

 

 

(二)懲戒事由に該当すること

次に、当該労働者の行為が、所定の懲戒事由に該当することが必要です。

 

詳しくは、のちに五で見ます(こちら以下)。

 

 

(三)権利濫用の禁止

また、使用者が懲戒権を有する場合であっても、懲戒権の行使の濫用は認められません(労働契約法第15条)。

 

即ち、当該懲戒処分が、「社会通念上相当である」と認められるかどうか(相当性)が判断されます。

手続の相当性・適正さも考慮されるべきです。

 

なお、権利濫用の禁止以外にも、強行規定に違反しない等の適法性を満たすことが必要です。

 

 

◯過去問:

 

・【労働一般 平成24年問1E】

設問:

使用者が労働者を懲戒することができる場合においても、当該懲戒が、その権利を濫用したものとして、無効とされることがある。

 

解答:

正しいです(労働契約法第15条)。 

 

 

  

※ 罪刑法定主義類似の諸原則

なお、懲戒処分については、罪刑法定主義類似の諸原則が適用されると説明されるのが一般です。

即ち、懲戒処分については、それが企業秩序違反行為に対する特別の制裁措置であることから、罪刑法定主義類似の原則(例:不遡及の原則、一事不再理効の原則)が妥当するとされます。

 

罪刑法定主義とは、犯罪と刑罰はあらかじめ法律に規定されていなければならないというルールであり、刑罰権の不当な行使を防止する趣旨です(憲法第31条の適正手続の規定を根拠とするものと解され、また、憲法第39条の一事不再理効の規定も根拠とできます)。

 

前掲(こちら)のフジ興産事件判決が、懲戒するにはあらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要するとしたのも、この罪刑法定主義類似の要請に基づくとされることもあります。

 

罪刑法定主義類似の諸原則としては、例えば、次のようなものがあります。

 

(1)類推解釈が禁止されること。

 

(2)懲戒規定をその作成・変更時点より前の事案に遡及して適用してはならないこと(不遡及の原則)。

 

(3)同一の事由について再度の懲戒権の行使は認められないこと(一事不再理効・2重の処罰の禁止)。

 

 

これらの取扱いが要請される実質的根拠は、懲戒権が特別の制裁罰であり、使用者による不当な懲戒権の行使を否定する必要があるということでしょう。

法律構成としては、(罪刑法定主義類似といわなくても)信義則を根拠とすることが可能といえます(私法上の問題である懲戒権と公法上の問題である刑罰権との異質性からは、信義則をベースにしつつ、罪刑法定主義の諸原則を参照することになるのでしょう)。

 

 

【参考条文:憲法】 

憲法第31条 

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 

 

※ 懲戒処分後に判明した非違行為の処分理由への追加の可否:

 

なお、使用者が懲戒処分の当時に認識していなかった(又は認識していたが理由として表示していなかった)非違行為は、当該懲戒処分の理由とされたものでないため、原則として、事後的に懲戒処分の理由として追加主張することはできないと解されています。

 

【山口観光事件=最判平成8.9.26】では、休日出勤命令を拒否し、さらにこれに続く2労働日も欠勤したとの認識のもとに「業務命令拒否」、「無断欠勤」を理由とする懲戒解雇を行った後、同一労働者についての経歴詐称が判明したため、同解雇を争う訴訟において経歴詐称も処分理由に追加した事案です。

最高裁は、「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできない」としました。

そして、本件懲戒解雇は、当該労働者が休暇を請求したことやその際の応接態度等を理由としてされたものであって、本件懲戒解雇当時、使用者は当該労働者の年齢詐称の事実を認識していなかったというのであるから、右年齢詐称をもって本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできないとします。

 

「特段の事情」がある場合として、処分理由とされた非違行為と密接に関連した同種の非違行為である場合(【富士見交通事件=東京高判平成13.9.12】)や使用者が処分時に認識していたが処分の理由として表示してなかった事実について、労働者が使用者側の認識を十分知り得た場合(【炭研精工事件=東京高判平成3.2.20】)などが挙げられます。

 

 

 

四 懲戒処分の効果

当該労働者の行為が、所定の懲戒事由に該当する場合に、所定の種類の懲戒処分(例えば、戒告や懲戒解雇など。後に見ます)がなされます。

 

 

※ 以下、前記の三の懲戒処分の要件に関して、(二)の懲戒事由について若干見ておきます。 

 

 

五 懲戒事由

懲戒事由は、企業ごとに様々ですが、代表的な懲戒事由を見てみます(最高裁判例を中心に見ます)。

 

代表的な懲戒事由について、「労働契約上の主たる義務違反の場合」と「付随義務違反の場合」の大きく2類型に整理することができます。

 

(一)労働契約上の主たる義務違反の場合

1 職務懈怠

 

労働者が、無断で(正当な理由なく)欠勤、遅刻早退、職場離脱等をしたような場合は、単なる債務不履行に留まらず、企業秩序違反行為として懲戒処分の対象となることがあります(反復したケースなど)。

  

※ 欠勤に関連し、【日本HP事件=最判平成24.4.27】(精神的な不調のために欠勤を続けている労働者に対して、会社が精神科医による健康診断を実施するなどの措置を取らずに行われた無断欠勤を理由とする懲戒処分が無効と判断されたケース)については、後掲のこちらをご参照下さい。

 

 

2 業務命令違反

 

使用者の正当な業務命令(業務上の指示・命令、出張命令、配転命令、出向命令、健康診断受診命令など。こちら)に労働者が従わなかった場合は、懲戒処分の対象となります。

以下、若干の最高裁判例を見ます。

 

 

(1)配転、出向

 

これらについては、こちら以下で触れました。

 

 

(2)所持品検査

 

所持品検査について、次の最高裁判例があります。所持品検査が認められる要件をざっと一読して下さい。

 

 

【西日本鉄道事件=最判昭43.8.2】

 

(事案)

 

鉄道会社において、乗務員による乗車賃の不正隠匿を摘発、防止するため、就業規則で所持品検査の規定を設けていたところ、これに基づく靴の検査を命じられた乗務員が脱靴を拒否したことを理由として懲戒解雇処分に付されたことを争った事案。

 

 

(判旨)

 

「おもうに、使用者がその企業の従業員に対して金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なう、いわゆる所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であつて、その性質上つねに人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業の経営・維持にとつて必要かつ効果的な措置であり、他の同種の企業において多く行なわれるところであるとしても、また、それが労働基準法所定の手続を経て作成・変更された就業規則の条項に基づいて行なわれ、これについて従業員組合または当該職場従業員の過半数の同意があるとしても、そのことの故をもつて、当然に適法視されうるものではない。問題は、その検査の方法ないし程度であつて、所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他明示の根拠に基づいて行なわれるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり、かく解しても所論憲法の条項に反するものでないことは、昭和26年4月4日大法廷決定(民衆5巻5号214頁)の趣旨に徴して明らかである。」

 

 

(解説)

 

所持品検査は、使用者にとって、従業員による企業の金員の不正な領得を防止・摘発する等のため有効なものとはいえますが、従業員のプライバシー等の人格的利益を著しく侵害するおそれのあるものですから、企業の利益と従業員の人権・利益との適正な調整を図る必要があります。

この点、上記判例は、従業員の人格的利益に重きを置いた判断をしているといえ、所持品検査が適法になされるための要件として、次の4点を示しています。

 

(ア)所持品検査を必要とする合理的理由の存在

 

(イ)一般的に妥当な方法と程度で行われること

 

(ウ)制度として、職場従業員に対して画一的に実施されること

 

(エ)就業規則その他明示の根拠に基づいて行われること

 

  

以上で、懲戒事由のうち「労働契約上の主たる義務違反の場合」をひとまず終えます。次に、懲戒事由のうち「付随義務違反の場合」を見ます。

 

 

 

(二)付随義務違反の場合

1 経歴詐称

 

労働者が採用の際に学歴・職歴・犯罪歴等の経歴を偽っていた場合(=経歴詐称)は、それが重要な経歴に関するものであるときは、使用者による能力等の評価を誤らせ適正な配置を阻害したり、労使間の信頼関係を損なうなど、企業秩序を侵害するおそれがあるとして、懲戒事由にあたるとされるのが一般です。

 

学歴詐称については、高く詐称する場合だけでなく、低く詐称する場合も懲戒事由にあたると解されています(短大卒であるのに高卒と詐称したことを理由とする懲戒解雇を有効とした【スーパーバッグ事件=東京地判昭和55.2.15】参考)。 

 

最高裁判例として【炭研精工事件=最判平3.9.19】がありますが、大学中退であることを秘匿していたこと、採用前に発生した2件の刑事事件について、採用後に執行猶予付き懲役刑の有罪判決を受けたことを理由とする懲戒解雇を有効とした原審の判断を正当として是認したものです。 

 

 

2 職場規律違反

 

就業規則等に定められた職場規律規定に違反する行為は、懲戒処分の対象となりえます。

 

(1)例えば、いわゆる非違行為として、窃盗・横領・背任等、同僚に対する暴行・脅迫等、セクハラ、業務妨害行為などがあります。

 

※ セクハラを理由とする懲戒処分等が問題となった【海遊館事件=最判平成27.2.26】については、このページの最後(こちら)でご紹介しておきます。

 

 

(2)また、職場内でのビラ配布などの政治活動を制約する規定が就業規則等により定められることも多いです。この就業規則等により政治活動を制約することの可否は、憲法第21条第1項(表現の自由)の一環として保障される政治活動の自由との関係もあり、問題となります。

 

次の判例が重要です。

 

【目黒電報電話局事件=最判昭52.12.13】

 

(事案)

 

日本電信電話公社(電電公社。現在のNTTの前身)勤務の職員が「ベトナム侵略反対」等の旨を記載したプレートを着用して勤務したため、取り外しを命じられた。

これに従わなかった当該職員は、この取り外し命令に抗議する目的で、休憩時間中にワッペン等の着用を呼びかけるビラ数十枚を休憩室や食堂で他の職員に手渡すなどして配布した。

これらの行為が就業規則の定める懲戒事由にあたるとして懲戒戒告処分を受けたため、その正当性が争われた事案。

 

以下、判旨を挙げますが、長いため、先に後述の当サイトの解説を読まれた方がわかりやすいかもしれません。

 

(判旨)

 

※ まず、プレート着用行為の正当性について検討しています。

 

「一般私企業においては、元来、職場業務遂行のための場であつて政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行われるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行う従業員がある場合にはその労務提供業務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であつても休憩時間中に行われる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがつて、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許されるべきであ」る。

 

(中略)

※ 以下、いわゆる職務専念義務について判示してます。

 

「もつとも、公社就業規則5条7項の規定は、前記のように局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に右規定に違反するようにみえる場合であつても実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときには、右規定の違反になるとはいえないと解するのが、相当である。

ところで、公社法34条2項は『職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない』旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。

本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行つたものであつて、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかつたとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかつたものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであつたといわなければならない。同時にまた、勤務時間中に本件プレートを着用し同僚に訴えかけるという被上告人の行動は、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よつて他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれのあるものであるから、この面からも局所内の秩序維持に反するものであつたというべきである。

すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものであり、公社就業規則5条7項に違反し59条18号所定の懲戒事由に該当する。」

 

※ 即ち、結論として、本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものとして所定の懲戒事由に該当するとしました。

 

※ 次に、ビラ配布行為の正当性について検討しています。

 

次に、「ビラ配布行為は、許可を得ないで局所内で行われたものである以上、形式的にいえば、公社就業規則5条6項に違反するものであることが明らかである。もつとも、右規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであるから、形式的にこれに違反するようにみえる場合でもビラの配布が局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする。ところで、本件ビラの配布は、休憩時間を利用し、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に行われたもので、その配布の態様についてはとりたてて問題にする点はなかつたとしても、上司の適法な命令に抗議する目的でされた行動であり、その内容においても、上司の適法な命令に抗議し、また、局所内の政治活動、プレートの着用等違法な行為をあおり、そそのかすことを含むものであつて、職場の規律に反し局所内の秩序を乱すおそれのあつたものであることは明らかであるから、実質的にみても、公社就業規則5条6項に違反し、同59条18号所定の懲戒事由に該当するものといわなければならない。」

  

 

(解説)

 

使用者の企業秩序維持の必要従業員の政治活動の保障との調整の問題です(その他、本判決は、休憩の自由利用の原則違反の問題についても検討していますが、これは、「休憩の自由利用」の個所(こちら)でご紹介します)。

 

※(参考) 

 

なお、政治活動の自由は、上記のように、憲法第21条第1項 (表現の自由)により保障されていますが、憲法の人権規定は、その歴史的沿革や私的自治の尊重の見地から、本来、対公権力との関係を規律するものといえ、私企業とその従業員という私人間には直接的には適用されません。

ただし、憲法の趣旨は、民法90条の公序良俗等を通じて間接的に適用されると解されており、そこで、職場内での政治活動を制約することが公序良俗違反等にあたるかが問題となることになります(いわゆる私人間効力の問題であり、こちらでも触れました)。 

 

(この点で、電電公社の性格が問題となります。

即ち、電電公社は、公社として公共性を有する企業であるため、公社に係る法律関係は公法上の法律関係として一般私企業に係る法律関係とは区別して検討すべきかが問題です(もし、公社の公的性格を重視しますと、憲法が直接適用されることにもなりえます)。

しかし、判旨は、「公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものであると解される。」として、基本的に、一般私企業に係る法律関係と同様に処理してよいとしています。)

 

  

【参考条文 憲法】

憲法第21条

1.集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 

2.検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 

 

この点、職場において政治活動を制約することに関して、上記判例の挙げている理由は説得力があるといえます。

即ち、職場は、本来政治活動を行う場ではないこと、また、職場内における政治活動は、従業員間に対立を生じさせる恐れもあること、就業時間中に政治活動がなされるときは、従業員の労働提供義務の不履行の問題も生じるし、休憩時間中になされるときも他の従業員の休業の自由利用を妨げる恐れもあること、(さらに付け加えれば、就業時間外に職場以外で政治活動を行うことまでは当然には制限されないこと)等を考えますと、使用者が、企業秩序の維持等を目的として、必要かつ合理的な範囲内で、従業員の政治活動を制約することも認められるとできそうです。

ただし実質的に企業秩序を侵害する恐れのないような場合には、職場規律違反の規定に違反しないと解すべきとなります。

 

学説上、政治活動の制約の可否について、抽象的危険説(=事業場内の政治活動が、企業施設の管理を妨げるおそれや従業員間の抗争を生ぜしめる抽象的危険があれば、制約可能とする説)と具体的危険説(=上記のような企業秩序侵害の具体的危険がある場合にのみ制約できるという説)の対立がありましたが(後者の具体的危険説の方が、従業員の政治活動の保障を重視しています)、上記判例は、抽象的危険説をとったことになります(そして、その理由は、上記の通り、なかなか説得力があるということです)。

この判例が抽象的危険説をとっているということは、念のため、頭の片隅に入れておいて下さい(既述のように、組合活動の自由が問題になった国鉄札幌運転区事件での【労働一般 平成24年問2D】(こちら)の出題において、学説の対立点が出題された例があります)。

 

なお、判旨のいわゆる職務専念義務に関する判示については、問題があるところです(職務専念義務については、労働契約の効果の個所(こちら)でも若干既述しています)。

判例は、職務専念義務を高度な義務ととらえており、現実の職務遂行の阻害等の実害の発生を必ずしも要件としないとしています(職務専念義務については、以上を押さえれば足りそうです)。

 

以下は、職務専念義務に関する当サイトの感想ですので、試験では不要です。:

 

労働者は、労働契約上、債務の本旨に従って労働義務を履行することが要求され(民法第493条第415条参考)、従って、一般的に職務専念義務も要求されると解されますが、問題は、職務専念義務の内容をどのように考えるかです。

 

上記判例は、職務専念義務の違反とは、現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないとしています。

つまり、本件についていえば、プレートを着用して業務に従事することは、それ自体、職務に専念していないとし、企業秩序の侵害にあたるとするものであり、実際に業務の阻害があったかどうかは問わないという立場といえます。

 

ただ、実際に業務に対する阻害が全く見られないような場合にも広く懲戒処分の対象となるというのは、懲戒権の行使が拡大しすぎないかという問題があります。

 

思うに、この債務の本旨に従った労働義務の履行かどうか、換言しますと、職務専念義務に違反していないかどうかは、当該労働契約の解釈により個別に判断されるものです。

そして、労働契約の解釈においては、契約の文言をベースにしつつ、慣習や信義則も踏まえ、就業規則、労働協約等も含めて、当事者意思を合理的に解釈する必要があります。

そこで、労働契約や就業規則等において、「全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨が規定されている場合であっても、その職務専念義務の内容については、使用者の業務の内容、当該労働者の職務の性質・内容、当該問題となった行為の態様等を考慮して個別に判断すべきであり、実質的に見て、労働契約上の債務の本旨に従った労働義務の履行がなされていると評価できる場合は、職務専念義務の違反は認められないと考えます。

そして、当該問題となった行為が当該労働者の労務の提供に支障を及ぼすものでなく、業務も阻害されていないような場合は、債務の本旨に従った労働義務の履行がなされているものと解されます。

 

判例は、上記の通り、職務専念義務の内容を、「勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するもの」としますが、「注意力のすべてをその職務遂行のために用い」なければならない高度・厳格な義務のようなものは、労働者の人間性(個人の人格の尊重。憲法第13条)に配慮した内容といえず、適切とはいえません(注意力のすべてを就業時間を通じて職務遂行のために用いるといった過度の注意義務を尽くせる人間がいるとは思えませんし、このような過剰な注意義務を要請することは、快適な職場環境の形成労働安全衛生法第1条参考(安衛法のパスワード))及び第71条の2を参考)が重視される現在の労働環境にも適合しないと考えます)。 

 

 

※ なお、職務専念義務については、労働組合法において、労働組合の組合活動の正当性との関係でも問題となります(労働者の要求等を記載したリボン等を着用して労働する組合活動(リボン闘争、服装闘争)が職務専念義務に違反しないかというものです)。詳しくは、労組法のこちら以下で見ます。

 

 

(3)さらに、職場規律違反に関し、服装や身だしなみに関する規制が問題となることがあります。

例えば、下級審の裁判例では、トラック運転手が黄色く染めた髪を黒く染め直せという命令に従わなかったことを理由とする諭旨解雇の正当性が問題となったケースなどがあります。

企業秩序維持権と従業員の自己決定権、人格的利益等との調整の問題となります。

最高裁判例は見当たらないようなので、深入りはしません(憲法の自己決定権の問題等の深い考察が必要です)。 

 

 

3 私生活上の非行

 

労働者の私生活上の非行についても、企業の名誉・信用を損なうことがあるため、懲戒処分の対象とされることがあります。

ただし、労働者は、就業時間外の私生活においてはその自由が保障される必要性も大きいです(憲法第13条に由来する人格的利益の保護、プライバシー権等の保障の趣旨)。

そこで、正当な懲戒処分といえるどうか、より厳格に判断されるべきとなります。

以下、最高裁判例を見ます。

 

次の横浜ゴム事件がリーディングケースです。選択式には出題しにくそうな判示ですが、択一式用に概要をチェックしておいて下さい。

 

 

【横浜ゴム事件=最判昭45.7.28】

 

(事案)

 

酩酊して、風呂場の戸を開け他人の居宅に入り込み、住居侵入罪として罰金刑に処された工員が、「不正正義の行為を犯し、会社の対面を著しく汚した者」に該当するとして懲戒解雇された事案。

 

 

(判旨)

 

「問題となる被上告人の右行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行なわれたものであること、被上告人の受けた刑罰が罰金2、500円の程度に止まつたこと、上告会社における被上告人の職務上の地位も蒸熱作業担当の工員ということで指導的なものでないことなど原判示の諸事情を勘案すれば、被上告人の右行為が、上告会社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらないというのほかはない。」として、所定の懲戒事由に該当せず、懲戒解雇無効としました。

 

 

 

【日本鋼管事件=最判昭49.3.15】

 

(事案)

 

米軍基地拡張反対デモで逮捕起訴された複数の労働者を懲戒解雇・諭旨解雇したケース。就業規則に定められていた懲戒解雇・諭旨解雇の事由である「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」にあたるとされた。

 

 

(判旨)

 

「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとつて不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであつても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない。本件懲戒規定も、このような趣旨において、社会一般から不名誉な行為として非難されるような従業員の行為により会社の名誉、信用その他の社会的評価を著しく毀損したと客観的に認められる場合に、制裁として、当該従業員を企業から排除しうることを定めたものであると解される。

 

(中略)

 

しかして、従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」

 

〔そして、結論として次のように判示してます。〕

 

「被上告人らの前記行為が破廉恥な動機、目的に出たものではなく、これに対する有罪判決の刑も最終的には罰金2000円という比較的軽微なものにとどまり、その不名誉性はさほど強度ではないこと、上告会社は鉄鋼、船舶の製造販売を目的とする会社で、従業員約3万名を擁する大企業であること、被上告人らの同会社における地位は工員(ただし、被上告人B1は組合専従者)にすぎなかつたこと」〔を考慮すると〕

「被上告人らの行為が上告会社の社会的評価を若干低下せしめたことは否定しがたいけれども、会社の体面を著しく汚したものとして、懲戒解雇又は諭旨解雇の事由とするのには、なお不十分であるといわざるをえない。」

 

なお、懲戒処分の冒頭で紹介しました【関西電力事件=最判昭58.9.8】(こちら)も、組合員が就業時間外に会社を批判するビラを配布を配布したという事案であるため、広くは私生活上の非行の一種に位置付けられます。  

 

 

4 誠実義務違反

 

労働契約は、人的・継続的な法律関係であり、当事者は、相手方の利益を不当に侵害してはならないようにする付随義務(労働者にとっては誠実義務、使用者にとっては配慮義務)を信義則上負っていると解されます(労働契約法第3条第4項第5項民法第1条第2項第3項参考)。

この労働者の誠実義務違反の例として、上記の関西電力事件のケースなどが位置づけられます。

 

 

以上で、ひとまず、「懲戒事由」について終了します(他にも「懲戒事由」は多々ありますが、最高裁判例のあるものに絞りました)。

 

 

次に、懲戒処分の「効果」の問題(刑罰の「刑」にあたります)でもある「懲戒処分の種類」を簡単に見ておきます。試験対策上は、あまり重要でないといえ、一般常識の範疇です。 

 

 

 

六 懲戒処分の種類

懲戒処分の種類は、企業ごとに様々ですが、典型的なものを挙げます。軽い処分から順にご紹介します。

 

 

(一)戒告・譴(けん)責

 

どちらも労働者の将来を戒める懲戒処分です。

けん責は始末書の提出を求めるものであり、戒告は始末書の提出を求めないものであることが多いです。

 

 

(二)減給

 

本来支払われるべき賃金額から、一定額を控除する懲戒処分です。

減給の制裁が過酷になることを防止する見地から、労基法上、就業規則における減給の制裁の定めは、1事案における減給額は平均賃金の1日分の半額以下、複数事案における減給の総額は1賃金支払期における賃金総額の10分の1以下のものでなくてはならないと規制されています(第91条)。(詳細は、就業規則のこちら以下で見ます。)

 

 

(三)出勤停止

 

労働契約を存続させつつ、出勤を一定期間禁止する懲戒処分です。

 

この出勤停止期間中に労働者が賃金を請求できるかどうかは、まずは、労働契約等の解釈(労働契約に定めがあるか等)の問題ですが、それらが不明確なような場合は、民法の危険負担民法第536条)やノーワーク・ノーペイの原則の問題となります。

 

※ 危険負担については、のちにこちら以下でみます。

また、ノーワーク・ノーペイの原則との関係については、就業規則の減給の制裁のこちら以下でみます。

 

 

(四)降格

 

降格とは、広義では、役職・職位(部長などの企業組織上の地位)や職能資格制度上の資格ないし等級(参与、主事などの職務遂行能力に基づく格付け)を低下させることです(役職・職位の低下を、降職ということもあります)。

 

降格については、人事権の行使としての降格と懲戒処分としての降格については、適法性の判断基準が異なりますので、両者を区別する必要があります。

人事権の行使についてはこちらで少し触れました。

 

人事権の行使としての降格等の措置と懲戒権の行使としての降格等の措置をどのように区別するかについて、争いもありますが、当事者がどちらの措置として行ったかによる(主観説)のではなく、当該措置の客観的な性質に即して判断する(客観説)ことが妥当でしょう(水町「詳解労働法」第2版502頁、562頁(初版488頁、548頁)参考)。

懲戒権については、第89条第9号(就業規則の相対的必要記載事項)、第91条(就業規則による減給の制裁が制限されること)といった強行規定が適用されるなど特有の規制がなされており、使用者がこれらの規制を潜脱することを防止する必要があるからです。

そこで、当該措置が、客観的にみて、企業秩序違反行為に対する制裁罰としての性格を持つ場合は、懲戒権の行使にあたることになります(なお、労働者の一つの言動が、企業秩序を侵害するとともに、当該労働者の能力評価を低下させたような場合は、懲戒権を行使するとともに、人事権の行使として降格を行うこと等も認められます)。 

 

 

(五)諭旨解雇

 

労働者に退職を勧告して、労働者に退職願を提出させたうえで解雇する(諭旨解雇)又は退職扱いする(諭旨退職)ことです(水町「詳解労働法」第2版578頁(初版564頁))。

退職金は支払われることが多いです。一定期間内に退職しないと、懲戒解雇するという取扱いがなされることが多いものです。

 

 

(六)懲戒解雇

 

懲戒処分としての解雇です。懲戒処分の中で最も重い処分です。

退職金は、通常は(全部又は一部が)支払われません。

懲戒処分の問題の他、解雇に関する問題や退職金に関する問題が生じます(例えば、解雇に関する問題としては、懲戒解雇が正当になされる場合は、労働者の帰責事由に基づく解雇として、解雇予告等の手続は不要となります(第20条第1項ただし書。のちに学習します))。

 

なお、懲戒解雇や前述の諭旨解雇は、懲戒処分と解雇の両者の性格を有することから、懲戒権の濫用に関する労働契約法第15条と解雇権の濫用に関する労働契約法第16条のいずれが適用されるのかは問題となります。

この点は、解雇権は期間の定めのない契約において当然に発生する権利であるのに対して(民法第627条第1項。のちにこちらで学習します)、懲戒権は就業規則等の根拠規定により初めて発生する権利であるという違いがあること(荒木「労働法」第5版530頁参考)、懲戒権の規制については、罪刑法定主義類似の諸原則が適用されるなどの独自性もあることから、懲戒権の濫用に関する労働契約法第15条を適用すれば足りると考えられているようです(注釈第2巻469頁参考)。

 

 

以上で、懲戒処分に関する本文を終わります。以下、近時の判例を掲載しておきます。 

 

 

 

七 近時の判例

懲戒処分に関する近時の判例をいくつか掲載しておきます(原文を掲載していますが、字下げ部分をなくしてスペースを空けるなど、一部、サイト用に書式面を修正している個所があります)。

 

なお、下線を付している部分は、ポイントとなる部分ですが(この下線部分のみお読み頂いても、概要は把握できます)、選択式で出題されやすいキーワードという意味ではありません。選択式対策としては、太字部分のキーワードをチェックしておいて下さい。

 

 

(一)【海遊館事件=最判平成27.2.26】

本判決では、セクハラを理由とする懲戒処分等が問題となりました。

 

(事案)

 

上告人(海遊館という水族館)の男性従業員である被上告人ら(営業部のマネージャⅩ1と営業部の課長代理のⅩ2)が、それぞれ複数の女性従業員(派遣社員のAら)に対して性的な発言等のセクシュアルハラスメント(以下、「セクハラ」といいます)等をしたことを懲戒事由として上告人から出勤停止の懲戒処分を受けるとともに、これらを受けたことを理由に下位の等級に降格されたことから、上告人に対し、上記各出勤停止処分は懲戒事由の事実を欠き又は懲戒権を濫用したものとして無効であり、上記各降格もまた無効であるなどと主張して、上記各出勤停止処分の無効確認や上記各降格前の等級を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。

 

原審(【大阪高判平成26.3.28】)は、被上告人らの行為は、セクハラ行為など就業規則所定の会社の秩序又は職場規律を乱すものに当たり、会社の服務規律にしばしば違反したものとして、就業規則所定の出勤停止等の懲戒事由に該当することは認めました。

しかし、(ア)被上告人らは、従業員Aから明確な拒否の姿勢を示されておらず、本件のセクハラのような言動も同人から許されていると誤信していたこと、

(イ)被上告人らが懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関する上告人の具体的な方針を認識する機会がなく、本件各行為について上告人から事前に警告や注意等を受けていなかったことなどを考慮して、懲戒解雇の次に重い出勤停止処分を行うことは酷に過ぎるというべきとし、本件懲戒事由である各出勤停止処分は、その対象となる行為の性質、態様等に照らして重きに失し、社会通念上相当とは認められず、権利の濫用として無効であり、上記各処分を受けたことを理由としてされた各降格もまた無効であると判示していました。

 

これに対して、最高裁は、次のように被上告人らの控訴を棄却しました。

 

※ 以下、少し長く、また、選択式の出題対象となるかは微妙ですが、択一式対策としても、一読しておいて下さい。

懲戒権の行使の濫用禁止については、労働契約法第15条が規定しています。

  

(判旨)

 

〔引用開始。〕

 

4 しかしながら、原審の上記3(1)の判断〔=被上告人らの行為は、セクハラ行為など就業規則所定の会社の秩序又は職場規律を乱すものに当たり、会社の服務規律にしばしば違反したものとして、就業規則所定の出勤停止等の懲戒事由に該当すること〕は是認することができるが、同(2)の判断〔=出勤停止処分及び降格処分が権利濫用として無効であること〕は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 

(1)本件各行為の内容についてみるに、被上告人X1は、営業部サービスチームの責任者の立場にありながら、別紙1〔=被上告人X1の行為の一覧表です。添付省略します〕のとおり、従業員Aが精算室において1人で勤務している際に、同人に対し、自らの不貞相手に関する性的な事柄や自らの性器、性欲等について殊更に具体的な話をするなど、極めて露骨で卑わいな発言等を繰り返すなどしたものであり、また、被上告人X2は、前記2(5)のとおり上司から女性従業員に対する言動に気を付けるよう注意されていたにもかかわらず、別紙2〔=被上告人X2の行為の一覧表です。添付省略します〕のとおり、従業員Aの年齢や従業員Aらがいまだ結婚をしていないことなどを殊更に取り上げて著しく侮蔑的ないし下品な言辞で同人らを侮辱し又は困惑させる発言を繰り返し、派遣社員である従業員Aの給与が少なく夜間の副業が必要であるなどとやゆする発言をするなどしたものである。このように、同一部署内において勤務していた従業員Aらに対し、被上告人らが職場において1年余にわたり繰り返した上記の発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであったというべきであり、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえる。

しかも、上告人においては、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書を作成してこれを従業員らに周知させるとともに、セクハラに関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなど、セクハラの防止のために種々の取組を行っていたのであり、被上告人らは、上記の研修を受けていただけでなく、上告人の管理職として上記のような上告人の方針や取組を十分に理解し、セクハラの防止のために部下職員を指導すべき立場にあったにもかかわらず、派遣労働者等の立場にある女性従業員らに対し、職場内において1年余にわたり上記のような多数回のセクハラ行為等を繰り返したものであって、その職責や立場に照らしても著しく不適切なものといわなければならない。

そして、従業員Aは、被上告人らのこのような本件各行為が一因となって、本件水族館での勤務を辞めることを余儀なくされているのであり、管理職である被上告人らが女性従業員らに対して反復継続的に行った上記のような極めて不適切なセクハラ行為等が上告人の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難いものというべきである。

 

(2)原審は、被上告人らが従業員Aから明白な拒否の姿勢を示されておらず、本件各行為のような言動も同人から許されていると誤信していたなどとして、これらを被上告人らに有利な事情としてしんしゃくするが、職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられることや、上記(1)のような本件各行為の内容等に照らせば、仮に上記のような事情があったとしても、そのことをもって被上告人らに有利にしんしゃくすることは相当ではないというべきである。

また、原審は、被上告人らが懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関する上告人の具体的な方針を認識する機会がなく、事前に上告人から警告や注意等を受けていなかったなどとして、これらも被上告人らに有利な事情としてしんしゃくするが、上告人の管理職である被上告人らにおいて、セクハラの防止やこれに対する懲戒等に関する上記(1)のような上告人の方針や取組を当然に認識すべきであったといえることに加え、従業員Aらが上告人に対して被害の申告に及ぶまで1年余にわたり被上告人らが本件各行為を継続していたことや、本件各行為の多くが第三者のいない状況で行われており、従業員Aらから被害の申告を受ける前の時点において、上告人が被上告人らのセクハラ行為及びこれによる従業員Aらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとはうかがわれないことからすれば、被上告人らが懲戒を受ける前の経緯について被上告人らに有利にしんしゃくし得る事情があるとはいえない。

 

(3)以上によれば、被上告人らが過去に懲戒処分を受けたことがなく、被上告人らが受けた各出勤停止処分がその結果として相応の給与上の不利益を伴うものであったことなどを考慮したとしても、被上告人X1を出勤停止30日、被上告人X2を出勤停止10日とした各出勤停止処分が本件各行為を懲戒事由とする懲戒処分として重きに失し、社会通念上相当性を欠くということはできない。

したがって、上告人が被上告人らに対してした本件各行為を懲戒事由とする各出勤停止処分は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるとはいえないから、上告人において懲戒権を濫用したものとはいえず、有効なものというべきである。

 

(4)上告人は、被上告人らがそれぞれ出勤停止処分を受けたことを理由に、本件資格等級制度規程に基づき、被上告人らをそれぞれM0からS2に1等級降格したものであるところ、同規程には降格事由の一つとして就業規則46条に定める懲戒処分を受けたことが規定されており、また、上記のとおり被上告人らに対する各出勤停止処分は有効であるから、被上告人らについては降格事由に該当する事情が存するものといえる。

また、本件資格等級制度規程は、社員の心身の故障や職務遂行能力の著しい不足といった当該等級に係る適格性の欠如の徴表となる事由と並んで、社員が懲戒処分を受けたことを独立の降格事由として定めているところ、その趣旨は、社員が企業秩序職場規律を害する非違行為につき懲戒処分を受けたことに伴い、上記の秩序や規律の保持それ自体のための降格を認めるところにあるものと解され、現に非違行為の事実が存在し懲戒処分が有効である限り、その定めは合理性を有するものということができる。そして、被上告人らが、管理職としての立場を顧みず、職場において女性従業員らに対して本件各行為のような極めて不適切なセクハラ行為等を繰り返し、上告人の企業秩序や職場規律に看過し難い有害な影響を与えたことにつき、懲戒解雇に次いで重い懲戒処分として上記(3)のとおり有効な出勤停止処分を受けていることからすれば、上告人が被上告人らをそれぞれ1等級降格したことが社会通念上著しく相当性を欠くものということはできず、このことは、上記各降格がその結果として被上告人らの管理職である課長代理としての地位が失われて相応の給与上の不利益を伴うものであったことなどを考慮したとしても、左右されるものではないというべきである。

以上によれば、上告人が被上告人らに対してした上記各出勤停止処分を理由とする各降格は、上告人において人事権を濫用したものとはいえず、有効なものというべきである。

 

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人らの各請求は理由がなく、これらをいずれも棄却した第1審判決は正当であるから、上記の部分につき、被上告人らの控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

〔引用終了。〕 

 

 

(二)【日本HP事件=最判平成24.4.27】

(事案)

 

精神的な不調のために欠勤を続けている労働者に対して、会社が精神科医による健康診断を実施するなどの措置を取らずに行われた無断欠勤を理由とする懲戒処分が無効と判断されたケースです。

 

本件も、選択式として出題対象となるかは微妙ですが、平成27年12月からストレスチェック制度が施行されたこともあり、択一式対策として、判旨を一読しておいて下さい。

 

なお、上記の(一)【海遊館事件=最判平成27.2.26】のケースは、懲戒事由に該当すること(懲戒事由が存在すること)は認められており、ただ、具体的に行われた懲戒処分の種類・程度が相当性を欠くかどうかについて、原審(大阪高裁)と最高裁とで判断が分かれたケースでした。

対して、本件は、懲戒事由自体に該当しない(懲戒事由が存在しない)と判断されたケースです。

 

 

(判旨)

 

〔引用開始。〕

 

1 本件は、上告人〔=日本HP〕に従業員として雇用された被上告人が、上告人から、就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤があったとの理由で諭旨退職の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、上告人に対し、本件処分は無効であるとして、雇用契約上の地位を有することの確認及び賃金等の支払を求める事案である。

 

2 原審の適法に確定した事実関係等によれば、被上告人は、被害妄想など何らかの精神的な不調により、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からその依頼を受けた専門業者や協力者らによる盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有しており、そのために、同僚らの嫌がらせにより自らの業務に支障が生じており自己に関する情報が外部に漏えいされる危険もあると考え、上告人に上記の被害に係る事実の調査を依頼したものの納得できる結果が得られず、上告人に休職を認めるよう求めたものの認められず出勤を促すなどされたことから、自分自身が上記の被害に係る問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ上告人に伝えた上で、有給休暇を全て取得した後、約40日間にわたり欠勤を続けたものである。

 

このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。

そうすると、以上のような事情の下においては、被上告人の上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるというべきである。

 

〔引用終了。〕 

  

 

以上で、懲戒処分について終わります。

 

これにて、労働契約の「変更」に関する問題を終了し、次に労働契約の「終了」に関する問題を見ます。解雇等の労基法上重要な多くの問題を学習します。