令和6年度版

 

序論 厚生年金保険法の目的、沿革及び体系

§1 厚生年金保険の制度

一 制度の概観

厚生年金保険とは、被用者(事業所に使用される者=労働者)を対象とした被用者年金の制度です。

即ち、厚生年金保険は、被用者を対象として(=被保険者)、老齢、障害又は死亡(=保険事故)について、保険給付(=給付)を行う公的年金制度です(第1条参考)。

 

ただし、厚生年金保険の被保険者も、原則として、国民年金の被保険者(第2号被保険者)となり、厚生年金保険の被保険者又は被保険者であった者については、国民年金の給付に上乗せして、報酬比例部分の給付が支給されます。

つまり、国民年金は全国民共通の基礎年金として土台部分(1階部分)にあたり、厚生年金保険は、国民年金の上乗せ給付として2階部分にあたります(2階建て年金制度)。

 

 

 

二 被用者年金一元化法の施行について

平成24年に「被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する法律」(【平成24.8.22法律第63号】。以下、「被用者年金一元化法」又は「一元化法」といいます)が制定されました。

 

ちなみに、被用者年金一元化法について、政省令では、「平成24年一元化法」と呼称しています(施行規則第7条第1項第6号かっこ書(厚年法のパスワード)等)。

 

この一元化法の施行により、厚生年金保険制度に公務員及び私学教職員(以下、「公務員等」ということがあります)も加入することとなり、共済年金制度厚生年金保険制度統合されました。

主要な部分は、平成27年10月1日から施行されています。

 

この改正の趣旨は、制度の成熟化少子・高齢化の一層の進展等に備え、年金財政の範囲を拡大して制度の安定性を高めるとともに、民間被用者公務員を通じ、被用者について公平な公的年金制度を確保すること(同一の報酬であれば同一の保険料を負担し、同一の公的年金給付を受けるという公平性を確保すること)にあります(【平成24.8.22年発0822第2号】(こちら)参考)。

このような観点から、厚生年金保険制度に公務員及び私学教職員も加入させて、従来共済年金制度と厚生年金保険制度との差異については、原則として、厚生年金保険制度にそろえる方向で解消しました。

これにより、国民年金は全国民共通の基礎年金として土台部分(1階部分)にあたり、厚生年金保険は、被用者に共通する上乗せ給付(2階部分)にあたることとなりました。

 

この被用者年金一元化法は、厚生年金保険のみならず、国民年金にも影響を与える大改正です。 

 

(一)従来の公的年金制度と被用者年金一元化による公的年金制度(以下、「被用者年金一元化後の公的年金制度」ということがあります)を図により比較しますと、次の通りです。

 

まず、次の図は、以前の公的年金制度です。

被用者年金制度が、厚生年金保険と公務員等を対象とする共済年金に大別されています。

 

被用者年金一元化後の公的年金制度は、次の図の通りです。共済年金が厚生年金保険に統合されて、公務員等が厚生年金保険の被保険者となりました。

 

(二)また、次の図による比較も参考にして下さい。

 

以前の公的年金制度は、次のように、国民年金(基礎年金)の上乗せ部分にあたる被用者年金制度が、大きく、厚生年金保険と共済年金に分かれていました。

 

しかし、被用者年金一元化により、被用者年金制度に係る上乗せ部分である2階部分は厚生年金保険に一元化されました。次の図の通りです。

 

(三)ただし、被用者年金の一元化後も、事務処理の円滑化・効率化の見地から、一般(民間)の被用者(又は一般の被用者であった者)に関する厚生年金保険の事務については、原則として、従来通り、厚生労働大臣が行うこととし、他方、公務員等(又は公務員等であった者)に関する厚生年金保険の事務については、原則として、従来通り、共済組合等(改正前の共済年金の実施者)が行うこととしています(具体的には、被保険者の記録管理、標準報酬の決定・改定、保険料の徴収、保険給付の裁定等の事務が対象となります)。

これらの厚生年金保険の事務を実施する機関を実施機関といいます(厚年法第2条の5第1項参考)。

そして、厚生年金保険の被保険者については、被保険者の種別が新たに設けられ、改正前の厚生年金保険の被保険者に相当する一般の被用者第1号厚生年金被保険者とし、公務員等については、第2号から第4号までの厚生年金被保険者第2号厚生年金被保険者第3号厚生年金被保険者及び第4号厚生年金被保険者)としています(第2条の5第1項第15条)。

 

詳細は後に学習しますが、被保険者の種別の定義(要件)を掲載しておきます。

 

 

〇 厚生年金保険の被保険者の種別:

 

(1)第1号厚生年金被保険者

 

= 第2号から第4号までの厚生年金被保険者以外の厚生年金保険の被保険者です(第2条の5第1項第1号参考)。

即ち、一般(民間)の被用者である厚生年金保険の被保険者のことです。

被用者年金一元化法による改正前は、単に「厚生年金保険の被保険者」と表現されていました。

 

※ 対して、以下の第2号から第4号までの厚生年金被保険者が、一元化法により新たに厚生年金保険の被保険者となった者です。

つまり、共済組合の組合員等公務員等)である厚生年金保険の被保険者です。

 

 

(2)第2号厚生年金被保険者

 

= 国家公務員共済組合組合員たる厚生年金保険の被保険者です(第2条の5第1項第2号)。

 

 

(3)第3号厚生年金被保険者

 

= 地方公務員共済組合組合員たる厚生年金保険の被保険者です(第2条の5第1項第3号)。

 

 

(4)第4号厚生年金被保険者

 

= 私立学校教職員共済制度加入者たる厚生年金保険の被保険者です(第2条の5第1項第4号)。

 

 

※ なお、例えば、「第1号厚生年金被保険者であった期間」を、「第1号厚生年金被保険者期間」といいます(同様に「第2号厚生年金被保険者期間」等といいます)(第2条の5第1項各号)。

 

 

以上について、次の図も参考にして下さい。この図では、被保険者の種別ごとに、当該被保険者等に関する事務を処理する「実施機関」を追加記載しています(詳しくは、のちに学習します)。

 

※ 被用者年金一元化法の概要については、のちに「厚生年金保険の制度の沿革」の個所(こちら)でやや詳しく触れますし、また、被用者年金一元化法による改正の具体的特徴については、こちらで説明します。

 

イメージとしては、被用者年金の一元化により、厚生年金保険制度に共済年金制度が統合された結果、被用者年金全体をカバーする厚生年金保険制度という大枠が生まれましたが、この大枠の中に、従来の厚生年金保険制度と共済年金制度(即ち、一般の被用者と公務員等(公務員等の中でも、国家公務員、地方公務員及び私学教職員が区別されます))の薄い仕切りも残っているというものです。

  

※ なお、従来、被用者年金制度における3階部分として、厚生年金保険については、存続厚生年金基金の制度やその他の企業年金の制度があり、公務員等の共済年金については、職域加算額の加算(職域年金・職域部分)の制度がありました。

しかし、被用者年金の一元化によって、被用者年金制度間における3階部分の不均衡も是正され、公務員等については、職域加算額の制度が廃止され、新たに「退職等年金給付(いわゆる年金払い退職給付)」の制度が創設されました(「国家公務員の退職給付の給付水準の見直し等のための国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律」(【平成24.11.26法律第96号】)等に基づくものです)。

 

職域加算額(職域年金)は、賦課方式(ある年度の給付費はある年度の保険料で賄うという財政方式。即ち、就労世代(現役世代)が納付した保険料により受給者の給付費を賄う世代間扶養の方式です)により、終身支給される確定給付型(現役時代の報酬の一定割合(報酬比例)として給付水準が決められました)の公的年金でした。

対して、新たな「退職等年金給付(年金払い退職給付)」の制度(退職年金、公務障害年金及び公務遺族年金の3種類があります)は、民間被用者の企業年金に相当する3階部分の年金制度です。

具体的には、労使折半により保険料を積み立てる積立て方式を採用し、有期年金と終身年金を組み合わせ、国債利回り等に連動する形で給付水準が決められます(キャッシュバランス方式といわれ、確定給付型と確定拠出型の両者の性格を併有するものです)。

 

3階部分については、ここではこの程度にします。 

 

 

§2 厚生年金保険法の体系

厚生年金保険法の体系も、国民年金法の体系の個所でご紹介しましたものと同様であり、次の図のようになります。

被用者年金の一元化により、「主体」における実施者や被保険者については大きな改正があり、「客体」以下においても多数の細かい改正がありますが、年金法の体系のフレーム自体は変わりません。

 

◆国民年金法及び厚生年金保険法の大きな骨格は、「主体(保険者及び被保険者)」➡「客体(保険事故等)」➡「事業(給付等)」➡「費用(財政)」➡「その他」となります。 

これは、他の保険法(労災保険法、健康保険法等)と共通します。

以下、簡単に解説します(なお、厚生年金保険法を「厚年法」と略称することがあります)。

 

1 主体

主体については、大きくは、保険者と被保険者が問題となります。その他に、事業主や適用事業所等も問題となり、のちに被保険者等に関連して説明します。

 

(1)保険者

 

保険者は、国民年金及び厚生年金保険ともに政府です。

そして、上述のように、被用者年金の一元化により、新たに実施機関の制度が設けられました。

第1号厚生年金被保険者等に関する事務の実施機関である厚生労働大臣については、その権限の委任等の細かい問題があります。 

実施機関についての詳細は、こちら以下で説明しています。

 

 

(2)被保険者

 

厚生年金保険の被保険者は、前述のように、4種類の種別に分けられます(第2条の5第1項各号)。

また、厚生年金保険の被保険者について、強制加入の要否の観点から区別しますと、次の4タイプに分けられます。従来の厚生年金保険の被保険者の分類と同様です。

 

(ア)適用事業所に使用される70歳未満の者は、原則として、厚生年金保険の被保険者とされます(第9条)。(当サイトでは、この被保険者を「当然被保険者」といいます。)

即ち、適用事業所に使用される70歳未満の者は、原則として、当然に(強制的に)厚生年金保険の被保険者となります(強制加入被保険者です)。

 

任意加入被保険者は、当然被保険者に該当しない者が任意に被保険者となる場合です。

任意単独被保険者高齢任意加入被保険者及び第4種被保険者の3種類があります(船員任意継続被保険者については、ここではカットしておきます)。

 

この4種類の被保険者をゴロ合わせで覚えておきます(健康保険の被保険者とごちゃごちゃにならないよう注意です)。

 

※【ゴロ合わせ】

・「とうたん(とうちゃん)、高齢よ

(父ちゃんは、高齢になりました。)

 

→「とう(=「当」然被保険者)、たん(=任意「単」独被保険者)、高齢(=「高齢」任意加入被保険者)、よ(=第「4」種被保険者)」

 

 

(イ)厚生年金保険の被保険者(当然被保険者)に該当するかどうかは、原則として、「適用事業所に使用される」かどうかを基準として判断され、適用事業所を単位として保険関係が決定される点が、国民年金の被保険者の場合(保護の対象は被用者に限定されません)と異なります。

 

「適用事業所」とは、厚生年金保険法が適用される事業所のことであり、大別しますと、強制適用事業所と任意適用事業所になります。

強制適用事業所とは、厚生年金保険法が強制的に適用される事業所のことです。一定の事業所及び一定の船舶が強制適用事業所となります。

 

 

(ウ)なお、「厚生年金保険の被保険者」は、原則として、国民年金の第2号被保険者となります(国年法第7条第1項第2号)。

(65歳以上の者にあっては、老齢退職年金給付の受給権を有しない者に限ります(国年法附則第3条(国年法のパスワード)

 

ちなみに、国年法で学習しましたように、被用者年金の一元化により、国民年金の第2号被保険者の要件(定義)が「厚生年金保険の被保険者」となり、改正前の「被用者年金各法の被保険者、組合員又は加入者」から変わりました。

 

被保険者の概観については、この程度にします。 

 

なお、「主体」に関する問題を体系化しますと、次の図の通りです(詳細は、「主体」の個所で学習します)。

 

2 客体

客体については、「保険事故」と「報酬」の問題を整理しておきます(「報酬」は、便宜上、この「客体」の中で整理しておきますが、先の「主体」の中で整理しても結構です)。

 

(1)保険事故

 

厚年法における保険事故も、国年法の場合と同様に「老齢障害及び死亡」です(なお、法附則上の保険給付(脱退一時金及び脱退手当金)については、「脱退」が保険事故です)。

それぞれの保険事故に対応する保険給付は、次の図の通りです(次のページで、やや詳しく説明します)。

 

(2)報酬

 

厚生年金保険においては、保険給付の支給額や保険料額の算定の基礎として、定型化(モデル化)された報酬の額及び賞与の額を用います。

即ち、厚生年金保険では、報酬(賞与)の額に比例して保険給付の支給額や保険料額が増加するいわゆる報酬比例の仕組みを採用していますが、この報酬(賞与)の額は、被保険者に支払われた報酬(賞与)の額をベースとした定型化・類型化された額を用いることとしています。

この定型化された報酬の額(月額であり、報酬月額です)及び賞与の額を、それぞれ標準報酬月額及び標準賞与額といいます。この標準報酬月額及び標準賞与額を併せて、標準報酬といいます(第28条かっこ書)。

 

なお、以前は、標準報酬月額及び標準賞与額決定等は厚生労働大臣が行いましたが、被用者年金一元化後は、実施機関が行います(第21条以下)。(もっとも、第1号厚生年金被保険者等に関する事務を行う実施機関は厚生労働大臣ですので、第1号厚生年金被保険者等に関する標準報酬月額及び標準賞与額の決定等は厚生労働大臣が行います。)

 

報酬に関する問題の全体像は、次の図の通りです。詳細は、本文で説明します。

 

 

 

 

3 事業

事業については、「保険給付」と保険給付以外の「その他の事業」に大別されます。

 

「保険給付」については、国年法で学習しましたように、「発生 ➡ 変更 ➡ 消滅」という時系列による体系により整理します。

このうち、「発生」については、大きくは、「支給要件」と「効果」(広義)という枠組みにより知識を整理していきます。

一定の要件(支給要件)に該当した場合に、給付を受ける権利(受給権)が発生します。

このうち、受給権が発生するための一定の要件について学習するのが「支給要件」の問題です。

「効果」(広義)として、「受給権の発生」、「支給額(年金の場合は、年金額です。基本年金額と加算額に分けられます)」及び「その他の事項(支給期間、支払期月など)」が問題となります。

 

保険給付の概要については、次のページで見ます。  

 

 

 

4 費用(財政)

厚生年金保険の事業に要する費用は、厚生年金保険の被保険者及び当該被保険者を使用する事業主(原則)が負担する厚生年金保険の保険料、国庫負担並びに積立金の運用収入等により賄われています。

 

これらの「保険料」、「国庫負担」及び「積立金」といった事項を学習します。

特に「積立金」については、一元化法による改正に伴い大きく改められており、重要なキーワードが多数登場していますので、選択式対策が必要です。

 

 

 

5 基金、連合会

厚生年金保険の上乗せ給付を行う制度として、従来、「厚生年金基金及び企業年金連合会」がありました。

しかし、財政状況の悪い基金が多数存在すること等を背景として、平成25年に制定された「公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法等の一部を改正する法律」(【平成25.6.26法律第63号】。以下、「平成25年改正法」といいます。基金関係の規定は、平成26年4月1日に施行です)により大改正が行われました。

 

即ち、厚年法の第9章「厚生年金基金及び企業年金連合会」が削られるなど、平成25年改正法の施行日以後は、厚生年金基金新設認められないものとされ、平成25年改正法施行日に現存する厚生年金基金等については、「存続厚生年金基金」として例外的に存続が認められ(平成25年改正前の厚生年金保険法の規定が原則として適用されます)、一方で、特例解散の制度が創設され(平成31年3月31日まで特例解散が可能でした)、厚生年金基金の解散や代行返上が促進されるとともに、他の企業年金制度への移行を支援するための措置等が定められました。

本改正によって、厚生年金基金の制度は大幅に縮小され、実質的には廃止の方向となりました。

 

企業年金連合会についても、平成25年改正法の施行日に現存する企業年金連合会は「存続連合会」として存続が認められますが、将来は、確定給付企業年金法に基づいて新たに「企業年金連合会」が設立されることとなりました。

 

次のページでは、目的条文や給付の概観について学習します。