平成30年度版

 

このページでは、賃金請求権の変動の問題(賃金の引上げ・引下げ)及び賃金の支払の確保の問題の概観を見ます。また、賃金請求権の消滅の問題についても、少し触れておきます。

これらは、労働一般の問題等になりますので、初学者の方は、ざっと一読されたら、次ページの平均賃金の問題に移って下さい。

 

§3 賃金請求権の変動

賃金請求権の変動については、賃金の引上げ(増額)と賃金の引下げ(減額)があります。

 

本問は、基本的には労働一般の問題ですので、アウトラインのみを見ます。

 

〔1〕賃金の引上げ

賃金の引上げは、通常、昇給(定期昇給等)とベースアップ(ベア)により行われます。

 

一 昇給

昇給とは、賃金表(賃金の基準額を労働者の属性別に将来にわたり示した表)の中で、個々の労働者の賃金を職務内容、職務遂行能力、年齢等に対応して引き上げることをいいます。

 

昇給には、定期昇給(毎年一定時期に行われる昇給)や臨時昇給、考課昇給(人事考課による昇給)、級内昇給(同一職級内での昇給)、昇格昇給(昇格に伴う昇給)などがあります。

 

二 ベースアップ

ベースアップとは、賃金表の改定により賃金水準を引き上げることをいいます。

 

賃金表自体を改定するため、当該企業の労働者全体の賃金水準が引き上げられることになります。

 

三 昇給請求権等

労働者が昇給請求権やベースアップの請求権を有するのか問題となります。

この点は、昇給やベースアップにおいて、人事考課に基づいて具体的な昇給額が決定される場合には、具体的に昇給等を根拠づける労働契約上の根拠がない限り、労働者は具体的な昇給請求権等は有しないと解されます。

その理由は、次の通りです。

 

まず、人事考課とは、企業が人事権(雇用関係の成立、展開、終了に至るまでの労働者の企業における管理全般。こちら)を行使するための前提となる労働者の職務遂行能力や業績等についての査定のこととできます。

 

この点、企業は、経営権(憲法第22条第1項第29条第1項参考)に基づき、一般的には、人事権を有するものと解され、具体的には、人事権は、指揮命令権・業務命令権として行使されます。

そして、労働者は、労働契約を締結することにより、人事権・指揮命令権の行使の対象となることになります。

ただし、人事権・指揮命令権の行使によって、労働者が重大な不利益を受けるような場合がありますから、人事権の行使について、基本的には、労働契約上の根拠(就業規則等の労働契約を規律するものを含みます)を要するものと解されます(人事権の内容、労働者の受ける不利益の性質・程度等により判断されることになります)。

そこで、人事考課制度も、原則としては、就業規則等によって制度化されている必要があります。

 

そして、使用者が人事権を有する場合においても、人事権の行使は適法であることが必要ですが、人事権の行使については、基本的には、使用者に広い裁量権が認められるものと解されます。

なぜなら、人事権の行使は、使用者の経営判断と密接に結びつくものであるため、使用者の判断を尊重する必要があること(例えば、人員の配置等は、企業戦略の中核的要素といえます)、また、裁判所としても、経営的事項については、その判断の正当性を審査する明確な基準を立てにくいことが多いことなどからです。 

 

以上より、人事考課に基づいて具体的な昇給額が決定される場合(これが昇給の一般のケースといえます)には、使用者の裁量が尊重されるため、原則として、労働者は具体的な昇給請求権等は有しないと解されます。 

 

 

〔2〕賃金の引下げ

賃金の引下げについては、様々なタイプがあります。代表的なものとしては、次のようなものが挙げられます。

 

◆賃金の引下げの代表的なタイプ:

 

一 個別的な労使間の労働契約による賃金の引下げ

 

二 懲戒処分としての減給の制裁(第91条こちら以下

 

三 就業規則の不利益変更による賃金の集団的な引下げ(労働契約法第9条第10条こちら以下

 

四 労働協約の不利益変更による賃金の集団的な引下げ(労働組合法組法第16条参考。こちら以下参考)

 

 

ここでは、上記の一について簡単に言及します(その他は、各個所において学習します)。 

 

個別的な労使間の労働契約による賃金の引下げ

個別的になされる賃金の引下げが適法かどうかが問題となります。

この点、賃金は労働条件の中でも最も重要な要素の一つであり、賃金の引下げは労働契約の内容の変更を意味しますから、就業規則の定め等を含む労働契約上の根拠(労働者の同意等)が必要と解されます。

 

もっとも、職務や職位と連動した賃金制度(職務給、役職手当など)が採用されている場合は、職務や職位が適法に変更されたなら、それと連動して賃金も変動されることが当該賃金制度上予定(合意)されているといえますから、賃金の引下げ自体には労働者の同意等の根拠は必要ないことになります(賃金の引下げが権利濫用等にあたらないかは問題になりますが)。

  

以上で、ひとまず「賃金請求権の変動」の問題を終わります。 

 

 

 

§4 賃金の支払の確保(企業の倒産等の場合)➡賃金支払確保等法など

使用者が経営困難に陥ったり倒産したような場合に、労働者の賃金の支払の確保の必要が生じます。

 

※ 試験対策上は、賃金支払確保等法が問題になりますが、これは労働一般で学習します。その他の賃金の支払の確保の制度を以下で記載しておきますが、試験対策上は不要です。次の「第3款 消滅」に進んで下さい。

 

賃金の支払の確保の制度としては、民法上、先取特権(雇用関係によって生じた債権を担保する一般先取特権。民法第306条第2号、第308条)が定められていますが、登記された抵当権等には対抗できない(民法第336条ただし書)とか、第三取得者に引き渡された動産に対しては効力が及ばない(同第333条)といった限界があります。

 

一方、倒産法上の各種手続が定められています。

清算型(債務者の全財産を換価して、債務の弁済に充てることを目的とする制度)にあたる倒産手続として、破産手続(破産法)や特別清算(債務者が株式会社の場合に適用されます。会社法)があり、

再建型(債務者の財産を維持し、その経済活動を継続して、収益から債務の弁済を行うことを目的とする制度)にあたる倒産手続として、民事再生手続(民事再生法)や会社更生手続(債務者が株式会社の場合に適用されます。会社更生法)があります。

 

 

第3款 消滅

賃金請求権の消滅事由としては、弁済、消滅時効、放棄、相殺などがあります。

 

相殺については、既述のように、賃金の全額払の原則との関係(こちら)が問題になります。

消滅時効については、次の通り、労基法第115条で規定がありますが、詳細は後に学習します(こちら)。

 

 

【条文】

第115条(時効)

この法律の規定による賃金退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権2年間、この法律の規定による退職手当の請求権5年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

 

労基法上の請求権の消滅時効期間は、原則は2年退職手当の請求権のみ5年となります。

 

※【ゴロ合わせ】

・「老朽化した、小さい、そなたに、五体満足

(年老いて小さくなったあなたは、しかしまだ五体満足だ、というもの悲しいイメージを浮かべて下さい:涙)

 

→「老朽(=「労基」法。他法でも消滅時効期間は問題となるので、混同防止のため入れています)化した、小(=「賃」金)・さい(=「災」害補償)、そなたに(=「その他」の請求権)、五・体(=「退」職手当」)・満足」

 

 

以上で、賃金(請求権)についての消滅までの問題を終わります。

次ページにおいては、平均賃金について学習します。