【令和6年度版】
第2款 労働契約の終了後の問題
労働契約の終了後においても、一定の規制がなされる場合があります。
労働社会保険諸法令においては、例えば、労働契約の終了に伴い被保険者の資格の喪失が生じますと、事業主は、原則として、資格喪失の届出を行わなければなりません。
このような被保険者の資格喪失や届出といった問題については、各法の個所で詳述することとし、以下では、労基法上の規制として、第22条の「退職時等の証明」及び第23条の「金品の返還」について学習します。
出題は割と多く、選択式としても出題可能な個所です。効率的に記憶することに力を入れます。
なお、第64条の「年少者の帰郷旅費」については、年少者の個所(こちら)で学習します。
§1 退職時等の証明(第22条)
〔1〕退職時の証明書(第22条第1項)
◆労働者は、退職の場合において、使用者に対して一定の事項に関する証明書の請求をすることができます(第22条第1項)。
【条文】
※ 次の第22条の第1項の問題です。熟読して下さい。なお、第2項以下は、すぐあとで学習します。
第22条(退職時等の証明) 1.労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2.労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
3.前2項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
4.使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。 |
※【過去問 平成15年問2D(こちら)】では、上記の第22条第1項の条文がそのまま出題されています。
まず、上記第1項の赤字部分の法定記載事項を暗記することが不可欠です。あとでゴロ合わせで一気に覚えることとします。その他の知識についても、後掲のように平成22年の択一式で2肢出題されているなど、あなどれません。
選択式の出題対象にもなり得る個所です。
○趣旨
解雇等の退職をめぐる紛争を防止し、労働者の再就職活動の便宜を図る趣旨です(詳しくは、後述します)。
一 要件
◆労働者が、退職の場合において、使用者に対して、一定の事項について証明書を請求したこと(第22条第1項)。
(一)「退職の場合」
1 退職の事由・原因は問われません(条文上限定されているわけではないこと、また、本規定の趣旨が退職をめぐる紛争防止と再就職活動の便宜の確保にあるため、退職事由を限定する理由はないことからです)。
従って、労働者の辞職、解雇、期間満了等、すべての労働契約の終了事由を含みます。
【過去問 令和元年問4E(こちら)】
2 また、証明書の請求の時期は、必ずしも退職と同時でなくてもよいとされています(条文上、請求時期の厳格な限定はなされていないこと、また、本規定の趣旨からも厳格に解す必要はないことからとなります)。
3 退職時の証明を求める回数の制限はありません(これも条文と趣旨が理由となります)。
ただし、第115条(消滅時効。こちらで学習します)により、労基法上の請求権の消滅時効期間は2年が原則であるため、本件退職時の証明の請求権も退職時から2年以内に行使することは必要です(【平成11.3.31基発第169号】参考)。
【過去問 平成29年問3C(こちら)】/【令和5年問5D(こちら)】
〇過去問:
・【平成29年問3C】
設問:
使用者は、労働者が退職から1年後に、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由について証明書を請求した場合は、これを交付する義務はない。
解答:
誤りです。
退職時の証明書には、退職から1年後といった請求の期限はありません。請求権が消滅時効するまで(退職時から2年以内。第115条。こちらで学習します)は請求できます。
・【令和元年問4E】
設問:
使用者は、労働者が自己の都合により退職した場合には、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由について、労働者が証明書を請求したとしても、これを交付する義務はない。
解答:
誤りです。
「労働者が自己の都合により退職(自己都合退職)した場合」であっても、労働者が退職時の証明書を請求したときは、使用者は交付義務を負います。
即ち、退職時の証明については、退職の事由・原因は問われません。
条文上、「退職の場合」とあるのみであり、退職の事由・原因を問題としていないこと、また、本規定の趣旨が退職をめぐる紛争防止と再就職活動の便宜の確保にあるため、退職事由を限定する理由がないことからです。
・【令和5年問5D】
設問:
労働者が、労働基準法第22条に基づく退職時の証明を求める回数については制限はない。
解答:
正しいです(【平成11.3.31基発第169号】)。
第22条では退職時の証明を求める回数を制限していないこと、また、同条の趣旨が退職をめぐる紛争防止と再就職活動の便宜の確保にあるため、証明を求める回数を制限することに合理性ないこと(消滅時効(第115条)による制限があれば足ります)からです。
本文は、こちらです。
(二)法定記載事項
退職時の証明書の法定記載事項(=労働者から請求があった場合に、必ず記載しなければならない事項)は、次の通りです。ゴロ合わせで覚えた方がよいです。
※【ゴロ合わせ】
・「士業の地位は、沈滞して、遅滞する」
(士業が、不況により苦しくなっています。)
→「し(=「使」用期間)、ぎょう(=「業」務の種類」の、地位(=「地位」)は、ちん(=「賃」金)、たい(=「退」職の事由)して、遅滞(=「遅滞」なく交付)する
〇 退職時の証明書の法定記載事項:
(1)使用期間
(2)業務の種類
(3)その事業における地位
(4)賃金
(5)退職の事由(退職の事由が解雇の場合は、その理由を含む) |
【参考】
上記(5)の「退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む)」は、主として、解雇等の退職をめぐる紛争を防止するため、退職の事由を使用者に開示させる趣旨に基づくものです。
対して、他の4つは、主として、再就職先等に証明するためという再就職の便宜を図る趣旨に基づくものです((5)は、平成10年の改正により後に追加されたものであり、他と趣旨が異なります)。
(5)の退職の事由のうち、解雇の理由については、具体的に示す必要があり、就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければならないとされます(【平成11.1.29基発第45号】)。後述の〔2〕の「解雇理由証明書」についても同様です。
二 効果
(一)遅滞なく交付する義務
◆使用者は、遅滞なく、退職時の証明書を交付しなければなりません(第22条第1項)。
1 遅滞なく
「遅滞なく」とは、時間的即時性を表すものであり、正当な又は合理的な理由による遅滞は許容されるものと解されています。
2 労使間で見解の相違がある場合
「労働者と使用者との間で退職の事由について見解の相違がある場合、使用者は自らの見解を証明書に記載し、労働者の請求に対し遅滞なく交付すれば基本的には本条第1項の違反とはならないものであるが、それが虚偽であった場合(使用者がいったん労働者に示した事由と異なる場合等)には、本条第1項の義務を果たしたこととはならない」とされます(前掲【平成11.3.31基発第169号】参考)。
【過去問 平成22年問2C(こちら)】
3 雇用保険の離職票
なお、雇用保険の離職票は、失業者が公共職業安定所に提出する書類であるため、退職時の証明書に代えることはできません(前掲【平成11年基発第169号】参考)。
(離職票については、詳細は雇用保険法(こちら以下)で学習します。)
(二)請求しない事項の記入禁止(第3項)
◆退職時の証明書及び次に見ます解雇理由証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはなりません(第22条第3項)。
○趣旨
証明書の記入事項については、労働者の請求した事項のみを記入することが必要であり、労働者の請求しない事項は、たとえ法定記載事項であっても、記入することは禁止されます。
【過去問 令和4年問5E(こちら)】
これは、退職時の証明書等は、再就職先等に証明するためという労働者の再就職の便宜を図ること、又は解雇等の退職をめぐる紛争を防止するため退職の事由を労働者に開示させることを目的とするものであるところ、労働者が請求しない事項を記入させては、労働者のプライバシーが害され、その再就職に支障が生じるおそれがありますし、労働者が希望しない事項を開示させる必要もないことによります。
例えば、解雇された労働者が、解雇された「事実」のみについて使用者に証明書を請求した場合、使用者は解雇の「理由」について記入してはならず、当該解雇の事実のみを証明書に記入すべきとされます(前掲【平成11.1.29基発第45号】参考)。
【過去問 平成22年問2D(こちら)】
労働者が記入事項を明示せずに証明書を請求した場合は、法定記載事項を記入することを請求したものと解されますが、使用者としては、記入事項について労働者に問い合わせるべきとされます。
◯過去問:
・【平成22年問2D】
設問:
労働基準法第22条第1項の規定により、労働者が退職した場合に、退職の事由について証明書を請求した場合には、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならず、また、退職の事由が解雇の場合には、当該退職の事由には解雇の理由を含むこととされているため、解雇された労働者が解雇の事実のみについて使用者に証明書を請求した場合であっても、使用者は、解雇の理由を証明書に記載しなければならない。
解答:
誤りです。
使用者は、退職時の証明書において、労働者の請求しない事項を記入してはなりません(第22条第3項)。
そこで、労働者が解雇の「事実」のみについて証明書を請求した場合は、解雇の「理由」を記入してはなりません。本文は、こちらです。
・【令和4年問5E】
設問:
労働基準法第22条第1項に基づいて交付される証明書は、労働者が同項に定める法定記載事項の一部のみが記入された証明書を請求した場合でも、法定記載事項をすべて記入しなければならない。
解答:
誤りです。
第22条第1項に基づいて交付されるいわゆる「退職時の証明書」には、労働者の請求しない事項を記入してはなりません(第22条第3項)。
本文は、こちらです。前掲の【平成22年問2D(こちら)】と類問です。
最後に、退職時の証明書等のイメージ図です。
次に学習します「解雇理由証明書」は、「解雇予告後、退職日まで」に「解雇理由」についての証明書を請求した場合ですが、本件の「退職時の証明書」は、「退職以後(退職の場合)」に「一定事項」の証明書を請求した場合です。
ここまでで掲載していない過去問を見ます。
〇過去問:
・【平成15年問2Ⅾ】
設問:
使用者は、労働者が退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、遅滞なくこれを交付しなければならない。
解答:
正しいです。第22条第1項の通りです。
・【平成22年問2C】
設問:
労働者と使用者との間で退職の事由について見解の相違がある場合、使用者が自らの見解を証明書に記載し労働者の請求に対し遅滞なく交付すれば、基本的には労働基準法第22条第1項違反とはならないが、それが虚偽であった場合(使用者がいったん労働者に示した事由と異なる場合等)には、同項の義務を果たしたこととはならない。
解答:
正しいです(【平成11.3.31基発第169号】)。本文は、こちらです。
以上で、「退職時の証明書」について終わります。
〔2〕解雇理由証明書(第22条第2項)
◆労働者は、解雇予告日から退職日までの間(つまり、解雇予告期間中)に、使用者に対して、当該解雇理由について証明書を請求できます(第22条第2項)。
【条文】
第22条
〔第1項は、省略(全文は、こちら)。〕
2.労働者が、第20条第1項〔=解雇予告制度〕の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
〔第3項及び第4項は、省略。〕
|
○趣旨
解雇理由証明書の早期の請求(解雇予告期間中の請求)を認めることで、解雇理由を開示させて解雇権の行使の適正化を図り、解雇をめぐる紛争を防止しようとした趣旨です(解雇理由証明書は、例えば、会社都合退職なのか自己都合退職なのかを早期に明確化する資料となりえます)。
この第22条第2項は、平成15年の改正により新設されたものです。即ち、一般の退職ではなく解雇の場合は、退職日前においても、解雇予告日から退職日までの間に解雇理由の証明書の交付を請求できることとしたものです。
一 要件
◆労働者が解雇予告日から退職日までの間に、当該解雇理由について証明書を請求したこと(第22条第2項本文)。
(一)解雇予告期間が経過した場合
労働者が解雇予告日から退職日までの間(つまり、解雇予告期間中)に、当該解雇理由について証明書を請求した場合は、当該解雇予告期間が経過した場合であっても、使用者は本規定の証明書の交付義務を負います。
即ち、この場合、労働者は、当該解雇予告期間が経過したからといって、改めて前述の第22条第1項(退職時の証明書)に基づき解雇の理由についての証明書を請求する必要はないとされます(【平成15.10.22基発第1022001号】参考)。
例えば、使用者が証明書の交付を遅滞したような場合、それによる再請求の負担を労働者に負わせるのは不公平だからです。
(二)即時解雇の場合
本規定は、解雇予告の期間中に解雇を予告された労働者から請求があった場合に、使用者に対して、遅滞なく、当該解雇の理由を記載した証明書を交付する義務を課したものですので、解雇予告の義務がない即時解雇の場合には、適用されません(【過去問 平成16年問3C(こちら)】)。
この場合、即時解雇の通知後に労働者が解雇の理由についての証明書を請求したときは、使用者は、上述の第22条第1項(退職時の証明書)に基づいて解雇の理由についての証明書の交付義務を負うものとされます(前掲通達)。
◯過去問:
・【平成16年問3C】
設問:
労働基準法第22条第2項においては、使用者は、労働者が、同法第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、遅滞なくこれを交付しなければならない旨規定されているが、この規定は、即時解雇の場合には、適用されないものである。
解答:
正しいです。
即時解雇の場合は、当該通知後に労働者が解雇の理由についての証明書を請求したときは、使用者は、第22条第1項(退職時の証明書)に基づいて解雇の理由についての証明書の交付義務を負うものと解すべきとされます(【平成15.10.22基発第1022001号】)。
二 効果
(一)遅滞なく交付する義務
◆使用者は、遅滞なく、解雇理由証明書を交付しなければなりません。
なお、請求しない事項の記入の禁止については、第1項の場合と同様です。
即ち、退職時証明書及び解雇理由証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはなりません(第22条第3項)。
(二)解雇予告日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合
◆解雇予告日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、解雇理由証明書を交付することを要しません(第22条第2項ただし書)。
例えば、解雇予告日以後に労働者が「辞職」した場合は、労働契約の終了事由は解雇ではなく辞職(任意退職)になりますから、「解雇」の理由についての証明書は問題とならないことになります。
そして、労働者は、本条第1項の退職時の証明書を請求することは可能ですので、その保護も図られます。
(三)罰則
◆使用者が本規定に違反した場合は、前述の本条第1項の場合と同様に、30万円以下の罰金に処せられます(第120条第1号)。
以上で、解雇理由証明書を終わります。
〔3〕通信の禁止等(ブラックリストの禁止)(第22条第4項)
◆使用者は、あらかじめ第三者と謀(はか)り、労働者の就業妨害を目的として、次の(1)又は(2)の行為をしてはなりません(第22条第4項)。
(1)労働者の国籍、信条、社会的身分もしくは労働組合運動に関する通信をすること。
(2)退職時証明書(第22条第1項)及び解雇理由証明書(同条第2項)に秘密の記号を記載すること。
【条文】
第22条(退職時等の証明)
〔第3項までは、省略(全文は、こちら)。〕
4.使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書〔=退職時証明書及び解雇理由証明書〕に秘密の記号を記入してはならない。 |
※ 本規定も、上記の赤字部分は覚える必要があります。
○趣旨
いわゆるブラックリストの作成等による労働者の就業妨害を禁止した趣旨です。
※ 本規定は、「国籍、信条、社会的身分」を問題にする点で、のちに学習します「均等待遇」(第3条。こちら以下)の規定と紛らわしいです。そこで、本規定は、ゴロ合わせにより覚えておきます。
第3条(均等待遇)の場合は、本規定にある「労働組合運動」が含まれていません。
※【ゴロ合わせ】
・「ブラックリストは、深刻な社労士んが、秘密の記号を書いたもの」
(とある社労士が、ブラックリストを作ってしまいました。)
→「ブラックリストは、深(=「信」条)、刻(=「国」籍)な、社(=「社」会的身分)、労(=「労」働組合運動)、士ん(=通「信」)が、
秘密の記号(=「秘密の記号」)を書いたもの」
一 要件
(一)事前の通謀及び就業妨害の目的
◆使用者が、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業妨害を目的として、下記の(二)又は(三)のいずれかの行為をすることが必要です(第22条第4項)。
※ 即ち、事前に通謀し、かつ、就業妨害を目的とすることが要件であるため、本規定違反が成立する場合は、かなり限定されることとなります。
1「あらかじめ第三者と謀」ること
事前に第三者と申し合わせている、ということです。従って、事前の申し合わせに基づかない具体的照会に対して回答することは、本規定違反とはなりません。
いわゆるブラックリストの回覧のようにあらかじめ計画的に行う場合が本要件に該当します。
2「労働者の就業を妨げることを目的」とすること
使用者が積極的に就業妨害の意図を持つ場合に限られず、就業妨害の認識がある場合には、本要件に該当すると解されます。
(二)一定事項に関する通信をすること
◆労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をすることが必要です。
1 制限列挙事由
本規定が禁止する通信の事項は、制限列挙事項であり例示事項ではありません(【昭22.12.15基発第502号】参考)。
【過去問 平成22年問2E(こちら)】/【平成30年問5E(こちら)】
労基法は、原則として罰則を定めていますが、罰則がある規定について、安易に文言を拡張する解釈をすることはできません(罪刑法定主義。憲法第31条参考。こちらを参考)。
従って、本規定の列挙事項以外の事項に関する通信は、本規定に違反しません。
例えば、就業妨害の認識の下、タクシー運転手の交通違反回数や不正行為の有無等を通信しても、本規定違反になりません。
〇過去問:
・【平成22年問2E】
設問:
労働基準法第22条第4項において、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は退職時等の証明書に秘密の記号を記入してはならないとされているが、この「労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動」は制限列挙事項であって、例示ではない。
解答:
正しいです(【昭22.12.15基発第502号】)。
・【平成30年問5E】
設問:
労働基準法第22条第4項は、「使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信」をしてはならないと定めているが、禁じられている通信の内容として掲げられている事項は、例示列挙であり、これ以外の事項でも当該労働者の就業を妨害する事項は禁止される。
解答:
誤りです。
本規定が禁止する通信の事項は、制限列挙事項であり例示事項ではありません(【昭22.12.15基発第502号】)。
前掲の【平成22年問2E(こちら)】と類問です。
2 国籍等の意義
「国籍」、「信条」、「社会的身分」の意義は、第3条の「均等待遇」のそれらと同義です。のちに、こちら以下で学習します。
(三)退職時証明書及び解雇理由証明書に秘密の記号を記入すること
退職時証明書(第22条第1項)や解雇理由証明書(同条第2項)に秘密の記号を記入することは、これらの証明書に「労働者の請求しない事項を記入」することにあたりますから、同条第3項により当然に禁止されているものなのですが、第4項は、事前通謀と就業妨害目的を有する点でより悪質なことを考慮して特に重く罰したものです。
第22条のうち、第4項のみ、6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が適用されており、他の3つより重い刑になっています(第119条第1号)。
二 効果
(一)使用者は、上記要件に該当する行為をすることを禁止されます(第22条第4項)。
(二)罰則については、上記の通り、特に重く罰せられます。
以上で、「§1 退職時等の証明(第22条)」について終わります。続いて、金品の返還です。
§2 金品の返還(第23条)
労働者の死亡又は退職の場合における使用者の金品の返還義務について、次の第23条が定めています。
【条文】
第23条(金品の返還) 1.使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
2.前項の賃金又は金品に関して争がある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない。 |
まず、選択式対策として、重要知識を次のゴロ合わせにより覚えておきます。
※【ゴロ合わせ】
・「金品を、なんとちんけなツボにためて、返還する」
(借りていたお金を、ちんけな壺に入れて返還してきました。)
→「金品(=「金品」の返還)を、な(=「7」日以内)んと、ちん(=「賃」金の支払)けな、ツ(=「積」立金)、ボ(「保」証金)に、ため(=「貯蓄」金)て、返還(=金品の「返還」)する」
○趣旨
労働者の死亡又は退職の場合に、賃金の支払又は金品の返還を迅速に行わせることで、労働者の足止め等を防止し、また、労働者又はその遺族の生活の安定を図る趣旨です。
一 要件
◆労働者が死亡又は退職した場合に、権利者が賃金の支払等を請求すること(第23条第1項)。
(一)労働者の「退職」
この「退職」とは、死亡以外の労働契約が終了した場合の全てをいいます(労働契約の終了事由の違いにより金品の返還時期に差異を設ける理由はないからです)。
(二)「権利者の請求」
1「権利者」とは、労働者本人又は労働者死亡の場合はその労働者の相続人をいいます(【昭22.9.13基発第17号】参考)。
一般債権者は、含みません(同上通達)。
一般債権者は、民法等の実体法上、債務者である労働者に係る賃金や金品について、使用者に対して支払又は返還を請求できる権利を当然には有していないこと、そして、本規定の趣旨は、労働者やその遺族の生活の安定を図るものであることからとなります。
2「権利者」については、労働者が死亡した場合に就業規則等の規定に従って支払われる「死亡退職金」の権利者(受給権者)が誰かが問題となります(これはかなり細かい問題ですが、後述の通り、平成24年の択一式に出題されました)。
この点、死亡退職金の受給権者を死亡労働者の相続人であると直ちに考えることはできません。なぜなら、死亡退職金は労働者の死亡による退職を要件として発生するものであって、労働者が死亡退職金の請求権を取得した後に死亡したわけではないため、死亡退職金を相続の対象となる「相続財産」(民法第896条の「被相続人の財産に属した一切の権利義務」、同法第898条参考)であるとは考えにくいからです。
そこで、就業規則や労働協約等の死亡退職金の根拠規定において、死亡退職金の受給権者が明確な場合は、その者が権利者となりますが、別段の定めがない場合は、当該規定を合理的に解釈して決定すべきこととなります。
この別段の定めがない場合、結論として、判例及び通達は、民法の相続人を権利者と解しています(当該規定が民法の相続人に対して支給する趣旨であると解釈することになります)。
(民法の相続法に関する知識も要求される難しい問題ですので、この解説部分を理解して頂き、次の通達をざっと眺めておけば足りると思います。)
・【昭和25.7.7基収第1786号】
「労働者が死亡したときの退職金の支払について別段の定めがない場合には民法の一般原則による遺産相続人に支払う趣旨と解されるが、労働協約、就業規則等において民法の遺産相続の順位によらず、施行規則第42条(労基法のパスワード)〔=労基法の遺族補償の受給権者〕、第43条の順位による旨定めても違法ではない。従って、この順位によって支払った場合は有効である。
同順位の相続人が数人ある場合についてもその支払について別段の定めがあればこの定めにより、別段の定めのなき時は共同分割〔=遺産分割〕による趣旨と解される。」
◯過去問:
・【平成24年問1B】
設問:
死亡した労働者の退職金の支払は、権利者に対して支払うこととなるが、この権利者について、労働基準法施行規則第42条、第43条の順位による旨定めた場合に、その定めた順位によって支払った場合は、その支払は有効であると解されている。
解答:
正しいです。
前掲の通達(【昭和25.7.7基収第1786号】)のとおりです。
※ 次の判例は、死亡退職金の支払について別段の定めがあるケースです。
・【日本貿易振興会事件=最判昭和55.11.27】
「職員の退職手当に関する規程」では、当該企業の職員に関する死亡退職金の支給、受給権者の範囲及び順位を定めているところ、この規程では、「受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされているというのであり、これによつてみれば、右規程は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり、そうすると、右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないというべきである。」
※ この最高裁判決は、死亡退職金は遺族の生活保障を目的とするものとし、死亡退職金の受給権は相続財産に帰属せず、死亡退職金に関する規程で定められている受給権者である遺族に直接その固有の権利として帰属するものとしています。
(三)賃金の支払、その他労働者の権利に属する金品の返還を請求すること
賃金の意義等については、次の効果のところでまとめて記載します。
二 効果
(一)返還義務
◆権利者の請求があった場合、使用者は、〔請求から〕7日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければなりません(第23条第1項)。
※ 労基法上、「7日」という数字が出てくるのは、ほぼ、本条だけと考えてよいです(災害補償において7日以内の実施という例が複数出てきますが(施行規則第47条等)、災害補償はほとんど出題されないため、重視する必要はありません)。
1 賃金の支払
(1)賃金とは、第11条の「賃金」をいうとされています。
(2)「7日以内に賃金を支払い」とは、請求から7日以内に、ということです。
本来、使用者は、定められている支払日が到来するまでは具体的な賃金支払義務を負うことはないのが原則です(民法第412条の履行遅滞の責任や法第24条第2項の「一定期日払の原則」を参考)。
しかし、本条は、その例外として、労働者の死亡又は退職の場合には、労働者・遺族の保護の見地から、賃金支払を迅速化するため、賃金支払日が到来していなくても、権利者の請求があれば7日以内に支払わなければならないとしたものです。
そこで、権利者から賃金の支払請求があった場合は、あらかじめ定められた賃金支払日が請求日から7日経過した日であっても、請求日から7日以内に支払わなければなりません。
対して、賃金支払日が請求日から7日以内の場合は、その賃金支払日に支払うことが必要です(本条は、労働者・遺族の保護のため、賃金支払を迅速化しようとした趣旨ですから、7日以内に賃金支払日があるときは、賃金支払日に支払うという本来の原則を適用すべきであり、本条の適用によりかえって賃金の支払が遅れるようなことになっては本条の趣旨に反するためです)。
2 退職手当の支払
退職手当(退職金)も、就業規則等によりあらかじめ支給条件が明確化されているものは、労基法上の賃金にあたると解されています(後述の「賃金」の個所(こちら)で学習します)。
そこで、そのような退職手当は、本条が適用される「賃金」の対象となりえます。
ただ、退職手当については、通常の賃金とは異なり、あらかじめ就業規則等において定められた支払時期に支払えば足りると解されています(【昭和63.3.14基発第150号】参考)。
なぜなら、退職手当は、賃金に含まれうるとはいっても、賃金の後払的性格にとどまらず、功労報償的性格も有する点で異なる側面があること、また、その金額も多額になることが多く請求後7日以内の支払を義務づけるのは困難であることからと考えられます。
3 労働者の権利に属する金品の返還
「労働者の権利に属する金品」とは、名称の如何を問わず、労働関係に付随して労働者が使用者に預け入れ、あるいは保管を依頼したすべての金品・物品をいうとされます(【昭和41.2.2基発第8818号】参考)。
【過去問 平成30年問5A(下記)】
◯過去問:
・【平成30年問5A】
設問:
労働基準法第20条第1項の解雇予告手当は、同法第23条に定める、労働者の退職の際、その請求に応じて7日以内に支払うべき労働者の権利に属する金品にはあたらない。
解答:
正しいです。
第23条の「労働者の権利に属する金品」の返還は、労働者(ないし権利者。以下、本問の解説中で同様です)が当該金品の返還請求権を有することを前提としています。
そこで、解雇予告手当(に係る金銭)について、解雇された労働者が解雇予告手当の支払請求権を有するのかが問題です。
この点、例えば、使用者が30日分の解雇予告手当を解雇の通告と同時に支払って適法に即時解雇した場合には、労働者は、当然、解雇予告手当の支払請求権を有しません。
問題は、解雇予告制度に違反する解雇がなされた場合です(30日前までの予告や解雇予告手当の支払を全くせずに即時解雇したようなケースです)。
解雇予告制度に違反する解雇も有効とするなら、労働者は、有効・適法な解雇に基づき解雇予告手当の支払請求権を有することになりえ、従って、理屈的には、当該解雇予告手当も、労働者の退職の際に使用者が返還すべき「労働者の権利に属する金品」に該当しうるのでしょう。
しかし、判例は、かかる解雇予告制度に違反する解雇は、即時解雇としては無効としつつ、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、解雇の通知後、30日を経過するか、通知後に解雇予告手当の支払をした場合に、その時から解雇の効力が生じるものと解しています(相対的無効説。通達も同旨。詳しくは、こちら以下)。
この立場からは、使用者が即時解雇に固執する場合には、当該解雇は無効となりますから、労働者に解雇予告手当の支払請求権は発生しないことになりますし、使用者が即時解雇に固執しない場合には、30日経過後又は解雇予告手当を支払った時点で初めて解雇の効力が生じることになるため、結局、労働者に解雇予告手当の支払請求権が発生することはないことになります。
従って、判例の立場からは、解雇予告手当について、第23条の労働者の退職の際に使用者が返還すべき「労働者の権利に属する金品」に該当することはないということになるのでしょう。
【昭和23.3.17基発第464号】も、解雇予告手当は、第23条の「労働者の権利に属する金品」には含まれないとします。
(二)争いがある場合
◆第23条第1項の賃金又は金品に関して争いがある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければなりません(第23条第2項)。
【過去問 令和2年問5オ(下記)】
◯過去問:
・【令和2年問5オ】
設問:
使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないが、この賃金又は金品に関して争いがある場合においては、使用者は、異議のない部分を、 7日以内に支払い、又は返還しなければならない。
解答:
正しいです(第23条)。
第23条の条文通りの内容です。「7日」という数字は注意です。
(三)罰則
〇過去問:
・【令和6年問3E】
設問:
労働基準法第23条は、労働の対価が完全かつ確実に退職労働者又は死亡労働者の遺族の手に渡るように配慮したものであるが、就業規則において労働者の退職又は死亡の場合の賃金支払期日を通常の賃金と同一日に支払うことを規定しているときには、権利者からの請求があっても、 7日以内に賃金を支払う必要はない。
解答:
誤りです。
第23条(金品の返還)は、労働者の死亡・退職の場合に、賃金の支払・金品の返還を迅速に行わせることで、労働者の足止めを防止し(人身の自由の保障)、また、労働者又はその遺族の生活の安定を図るものであり、このような趣旨から、同条は強行規定であると解されています。
従って、就業規則において労働者の退職又は死亡の場合の賃金支払期日について特段の規定を設けている場合であっても、権利者からの請求があれば7日以内に賃金を支払う必要があります(7日以内に賃金支払期日がある場合は、当該賃金支払期日に支払わなければなりません)。
厚労省労基法コンメ令和3年度版上巻349頁以下も、「本条は、労働者の足留策防止と労働者又はその遺族の生活確保の見地から、通常の賃金支払に関する規定(第24条)の特例として、労働者の退職又は死亡の場合には権利者の請求があれば7日以内に支払うべきことを使用者に義務づけたものと解される・・・。したがって、就業規則において労働者の退職又は死亡の場合の賃金支払期日を通常の支払日と別に規定している場合はもちろんのこと、そのような定めがなく、通常の賃金と同一日に支払うことになっている場合においても、強行法規たる本条の規定により、権利者から請求があれば、7日以内に支払わなければならないこととなる。」とします。
なお、本問は、退職・死亡時の賃金支払期日に特段の規定がある場合の問題ですが、これとは別の問題として、退職手当については、通常の賃金とは異なり、あらかじめ就業規則等において定められた支払時期に支払えば足りると解されています(【昭和63.3.14基発第150号】。こちら)。
以上で、「第2款 労働契約の終了後の問題」を終わります。
これにて、「労働契約の終了」が終わり、「労働契約」がすべて完了しました。
次は、「客体」に入り、いよいよ労働条件について学習します。