令和6年度版

 

マタニティ・ハラスメントに関する最高裁判例:【広島中央保健生協事件 = 最判平成26.10.23】

平成26年10月23日に、いわゆるマタニティ・ハラスメントに関して最高裁が極めて重要な判決を下しました(広島中央保健生協事件)。

妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を降格させられ、育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかった事案において、副主任を降格させた措置男女雇用機会均等法第9条第3項〔=事業主は、妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない〕に違反し違法無効なものに当たりうることを認めたものです。

 

この判決は、結論的には明快であり、内容の理解も一見容易に見えますが、その法律構成や従来の判例との関係など、難しい問題が潜んでいます。

そして、他の不利益取扱い禁止・差別的取扱い禁止の規定の解釈にも影響を及ぼし得る点で、非常に重要な判例であるといえます。

裏から見ますと、本判決は、現代労働法における難問のいくつかを包含しているといっても過言でありません。

試験対策上は、判示の重要部分のキーワードを押さえることが必要です。

 

【労働一般 平成27年度問2A(こちら)】において、判示の重要部分が出題されました。

また、【労働一般 令和3年問4オ(こちら)】においても、判示から出題されています。

 

以下、事案と判示の重要部分(いわゆる規範の定立部分)をご紹介した後、若干、当サイトで解説をしています。

その後、判決の全文を引用しています(この全文については、初学者の方や時間のない方は後回しにして下さい)。

最後に、通達(こちら)を掲載しています(一読して下さい)。 

 

 

一 事案

医療介護事業等を行う生協(被上告人。以下「乙」とします)に雇用され副主任の職位にあった理学療法士である上告人(以下「甲」とします)が、労働基準法第65条第3項〔=軽易な業務への転換請求〕に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を降格させられ育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから、副主任を降格させた当該措置男女雇用機会均等法第9条第3項に違反する無効なものであるなどと主張して、管理職(副主任)手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。

 

即ち、理学療法士である甲が妊娠し、労働基準法第65条第3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し、転換後の業務として、従前の訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望したためリハビリ科に異動となった際に、適切な説明がないまま副主任を降格され、約半年の勤務を経た後に産前産後休業と育児休業を取得しました。

当該育児休業を終えて職場復帰したところ、甲よりも理学療法士としての職歴の6年短い職員が甲の降格後間もなく副主任に任ぜられていたことから、甲は再び副主任に任ぜられることなく就労することとなり、副主任を免じた措置について、男女雇用機会均等法第9条第3項に違反し無効である旨を主張したものです(なお、副主任に任ぜられなかった措置については、育児介護休業法第10条(労働一般のパスワード)〔=育児休業の申出・取得をしたことを理由とする不利益取扱いの禁止〕に違反する旨が主張されています)。

 

 

まず、この事案の処理に必要な関係条文を掲げておきます(さしあたりは、読まなくて結構です)。

 

※1 労基法第65条第3項

 

労基法第65条(産前産後)

1.使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあつては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。

 

2.使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

 

3.使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。

 

 

※2 男女雇用機会均等法第9条第3項

 

均等法第9条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)

1.事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。

 

2.事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。

 

3.事業主は、その雇用する女性労働者妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条第1項〔=産前休業〕の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項〔=産後休業〕の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令〔=施行規則第2条の2で定めるもの理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 

 

4.妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

 

 

※3 均等法施行規則第2条の2(リンク先の条文については、労働一般又は労基法のパスワードが必要となります)

 

均等法施行規則第2条の2(妊娠又は出産に関する事由)

法第9条第3項の厚生労働省令で定める妊娠又は出産に関する事由は、次のとおりとする。

 

一 妊娠したこと。

 

二 出産したこと。

 

三 法第12条〔=保健指導又は健康診査を受けるために必要な時間の確保義務〕若しくは第13条第1項〔=保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守るための勤務時間の変更、勤務の軽減等の必要な措置を講ずる義務〕の規定による措置を求め、又はこれらの規定による措置を受けたこと。

 

四 労働基準法(昭和22年法律第49号)第64条の2第1号〔=妊婦及び坑内業務に従事しない旨を申し出た産婦に係る坑内業務の禁止〕若しくは第64条の3第1項 〔=妊産婦に対する危険有害業務の就業制限〕の規定により業務に就くことができず、若しくはこれらの規定により業務に従事しなかつたこと又は同法第64条の2第1号若しくは女性労働基準規則(昭和61年労働省令第3号)第2条第2項〔=産婦の就業制限の申出〕の規定による申出をし、若しくはこれらの規定により業務に従事しなかつたこと。

 

五 労働基準法第65条第1項 〔=産前休業〕の規定による休業を請求し、若しくは同項の規定による休業をしたこと又は同条第2項〔=産後休業〕の規定により就業できず、若しくは同項の規定による休業をしたこと。

 

六 労働基準法第65条第3項〔=軽易な業務への転換請求〕の規定による請求をし、又は同項の規定により他の軽易な業務に転換したこと。

 

七 労働基準法第66条第1項〔=妊産婦の請求による変形労働時間制の制限〕の規定による請求をし、若しくは同項の規定により1週間について同法第32条第1項の労働時間若しくは1日について同条第2項の労働時間を超えて労働しなかつたこと、同法第66条第2項〔=妊産婦の請求による時間外労働・休日労働の制限〕の規定による請求をし、若しくは同項の規定により時間外労働をせず若しくは休日に労働しなかつたこと又は同法第66条第3項〔=妊産婦の請求による深夜業の制限〕の規定による請求をし、若しくは同項の規定により深夜業をしなかつたこと。

 

八 労働基準法第67条第1項〔=育児時間の請求〕の規定による請求をし、又は同条第2項〔=育児時間中の使用制限〕の規定による育児時間を取得したこと。

 

九 妊娠又は出産に起因する症状により労務の提供ができないこと若しくはできなかつたこと又は労働能率が低下したこと。

 

 

 

二 判決の重要部分

※ この判決のポイントとなる判示(規範・判断枠組みを示した部分)は、以下の通りです。

赤字部分のキーワードを押さえて下さい。

 

〔引用開始。〕

 

ア 均等法は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに、女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することをその目的とし(1条)、女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保を基本的理念として(2条)、女性労働者につき、妊娠出産産前休業の請求産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるもの理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(9条3項)。そして、同項の規定を受けて、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条の2第6号〔=均等法施行規則第2条の2第6号〕は、上記の「妊娠又は出産に関する事由」として、労働基準法65条3項の規定により他の軽易な業務に転換したこと(以下「軽易業務への転換」という。)を規定している。

〔※【択一式 労働一般 平成27年度問2A(こちら】では、次からイの手前までの判旨が出題されています。〕

上記のような均等法の規定の文言趣旨等に鑑みると、同法9条3項の規定は、上記の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠出産産前休業の請求産前産後の休業又は軽易業務への転換等理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

 

イ 一般降格労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項趣旨及び目的実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

 

そして、上記の承諾に係る合理的な理由に関しては、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から、その存否を判断すべきものと解される。また、上記特段の事情に関しては、上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される。

均等法10条〔=厚生労働大臣が定める指針〕に基づいて定められた告示である「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号)第4の3(2)〔=こちら以下〕が、同法9条3項の禁止する取扱いに当たり得るものの例示として降格させることなどを定めているのも、上記のような趣旨によるものということができる。

 

〔引用終了。〕

 

 

〇過去問:

 

・【労働一般 平成27年度問2A】

設問:

男女雇用機会均等法第9条第3項の規定は、同法の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきであるとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

上記判示のア(こちら)の後段の通りです。

 

 

・【労働一般 令和3年問4オ】

設問:

女性労働者につき労働基準法第65条第3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として男女雇用機会均等法第9条第3項の禁止する取扱いに当たるが、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、上記措置につき男女雇用機会均等法第9条第3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないとするのが、最高裁判所の判例である。

 

解答:

正しいです。

【広島中央保健生協事件 = 最判平成26.10.23】のこちらの判示の通りです。

 

 

 

三 解説

今回の判決(以下、「マタハラ判決」ということがあります)についてのポイントを見ます。

 

本判決は、男女雇用機会均等法第9条第3項強行規定であると明示するとともに、従来見られなかった法律構成・判断枠組みを採用している特徴があります。

 

※ なお、以下、「男女雇用機会均等法」を単に「均等法」といいます。

 

(一)強行規定について

均等法第9条第3項は、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項〔=産前休業〕の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項〔=産後休業〕の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令〔=均等法施行規則第2条の2〕で定めるもの〔=均等法施行規則第2条の2第6号において、「労働基準法第65条第3項〔=軽易な業務への転換請求〕の規定による請求をし、又は同項の規定により他の軽易な業務に転換したこと」が掲げられています〕を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めています。

 

今般の「マタハラ判決」は、この均等法第9条第3項強行規定であることを明示しました。

従って、同規定に違反する事業主による措置は、違法・無効となります。

即ち、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業又は軽易な業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同規定に違反し、私法上も違法・無効となることとなります。

例えば、同規定に違反する人事権の行使は無効となりますし、不法行為等に基づく損害賠償請求の対象ともなります。

一般に人事権の行使については使用者に広い裁量が認められますが(こちら)、「マタハラ判決」のような例では、この人事権の行使に関する裁量権が一定の制限を受けることとなります。

 

 

※1 法律構成としては、均等法の行政取締法規としての性格を強調し(つまり、私人間の法律関係を規律する民法等の私法との違いを強調し)、また、均等法第9条第4項が妊産婦に対する解雇については原則として「無効」である旨を明示していることとの違いを考慮するなら、同条第3項に違反する措置であっても、同規定に基づき直接的に違法・無効となるのではなく、民法第90条(公序良俗違反)の公序に違反するものとして(ないし公序に違反する限度で)違法・無効となるとする余地もありました。

しかし、今般の判決は、均等法の趣旨及び同法第9条第3項の文言を考慮して、第9条第3項が私法上の効力を有する強行規定であることを明示した大きな意義があります。 

 

そこで、他の行政取締法規においても、その趣旨や文言等を考慮して、 民法第90条を媒介せずに、直接当該規定を根拠として私法上の効力(違法・無効)が導き出されるケースがあり得ることになります。

 

なお、行政取締法規に違反すれば当然に私法上の効力も失われるというわけではなく、例えば、白タク(白バス)禁止の道路運送法の規定に違反しても、「運送契約が私法上当然無効となるべき筋合のものではない」とされます(【最判昭和39.10.29】)。

当該行政取締法規の趣旨、文言、取引の安全の配慮の必要性の有無等の諸事情を考慮する必要があります。

この行政取締法規違反の行為の私法上の効力の問題については、均等法のこちら(労働一般のパスワード)で詳述しています。

 

 

 

(二)不利益取扱いの意思と客観的因果関係

1 本判決は、均等法第9条第3項強行規定であるとしたうえで、一般降格労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、「妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解される」として、「契機として」という表現を使用しました。

ここでは、「不利益取扱いの意思」といった主観面について触れられていないことが注目されます。 

 

2 この点、差別的取扱いの禁止や不利益取扱いの禁止の規定においては、差別的取扱いや不利益取扱いの意思といった主観面が要件であるといわれることが少なくありません。

例えば、労働基準法第3条の「均等待遇」の場合(「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」)は、一般に、差別意思の存在が要件とされています(労基法のこちら以下)。

また、均等法においても、例えば、均等法第5条及び第6条(性別を理由とする差別の禁止。こちら以下)では、一般に、「差別意思」といった主観面がそれらの要件であると解されています。

ところが、「マタハラ判決」の場合は、「不利益取扱いの意思」といった主観面に関する言及はなく、かえって「妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置」というように「契機として」という表現が用いられており、ここでは、使用者の主観的意思は要件とされていないようにもみえます。

 

長谷川珠子先生(法学教室2015年2月号№413の40頁)は、この「マタハラ判決」の「理由として」の解釈について、いくつかの根拠を挙げ、伝統的な差別禁止規定で用いられてきた主観的な状態(主観的要素)ではなく、客観的な因果関係を意味するものとみることが可能である旨を指摘されておられます。

 

そうなりますと、均等法のなかでも、上記の通り、均等法第5条及び第6条については、一般に、差別意思が要件とされている一方で、この「マタハラ判決」で問題となった第9条第3項については、不利益取扱いの意思は要件ではないことになります。

この違いの理由としては、均等法第5条及び第6条の場合は「差別的取扱いの禁止」であるのに対して、第9条第3項の場合は「不利益取扱いの禁止」であること(即ち、差別禁止の趣旨なのかどうかということ)を挙げることができるでしょうか。 

 

ただし、「マタハラ判決」が、「理由として」の判断において事業主の主観面を全く考慮しないという立場なのかは不鮮明ともいえます(同判決では、「契機として」の内容について詳しく説明していません)。

また、「差別的取扱いの禁止」の場合(いわゆる直接差別のケースとします)は「差別意思」が要件であるのに対して、「不利益取扱いの禁止」の場合は「不利益取扱いの意思」は要件とはならないという理由がどこにあるのかは、はっきりしません。

 

沿革的には、個人の意思に基づかない(個人が選択・コントロールできない)生来的な属性(例:人種・国籍、性別、社会的身分等)や個人の人格・自己実現にとって極めて重要な基本的権利(自己の中心を形成する属性。例:思想、信条等)に対する、差別意思を有する(その意味で帰責性が強い)異別取扱いこそが規制の必要性が明白であったという事情があるのかもしれません(アメリカ法でも、まずは差別意思を要件とする直接差別が規制され、その後(1970年代以降)、差別意思を要件としない間接差別が規制されていきます。なお、間接差別については、労働一般のこちら以下です)。

このような対象となる利益の重大性(人権の中核的要素性)、当該利益に対する侵害の不公正性の強さ等から、当該利益に対する不当な取扱いを禁止する内容(効果)として、同一に取扱うことが要求され、有利に取り扱うことも禁止されるのが基本となり、このように効果が厳格であることも加味されて、その要件については、差別意思という主観面を要求して限定化することによってバランスが保持されているともいえます。 

 

対して、「不利益取扱いの禁止」の場合は、上記の差別意思を要件とする直接差別が対象としないような場合についても適正な取扱いが必要となるケースであるといえるのかもしれません。

要件については、不利益取扱いの意思という主観面は(必ずしも)必要ではないと緩やかに解し、その効果についても、不利益な取扱いが禁止されるものであり、有利な取扱いは許容されることとなります。

 

ただし、差別的取扱いの禁止についても、差別意思を要件としない法制もあるようであり(イギリス法)、「差別的取扱い禁止➡差別意思が要件」、「不利益取扱いの禁止➡不利益取扱いの意思は要件でない」という図式は必然的ではない可能性もあります。

 

 

また、「理由として」の判断において事業主の主観面が全く考慮されないのかについては、次のようにも考えられます。

例えば、事業主が「妊娠中の軽易業務への転換」(の請求)があったことを認識したうえで、これを動機・原因として(例:これを根に持って)「数年後に降格」させたことがその言動等から明らかとなったような場合は、このような主観的事情を重視して、「妊娠中の軽易業務への転換」と当該不利益取扱いとの間に因果関係・関連性を認めることも可能といえます。

このような場合は、「時間的近接性」(後掲の通達(【平成27.1.23雇児発0123第1号】)は、「原則として、妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合」としています)という客観的事情を考慮しなくても、妊娠・出産等を「理由として」(「契機として」)不利益取扱いをしたことに該当すると考えてよいのではないかと思います(ただし、あまりにも時間的にかけ離れて不利益取扱いがなされたような場合は問題もあり、相当性が必要かもしれませんが)。

 

この「理由として」は、基本的には「因果関係・関連性」の意味であると解されます(通達(【平成18.10.11雇児発1011002号】/最終改正【令和2.2.10雇均発0210第2号】)やいわゆる「性差別指針」(【平成18.10.11厚生労働省告示第614号】/最終改正【平成27.11.30厚生労働省告示第458号)第4の3(1)も、均等法第9条第3項の「理由として」とは、妊娠・出産等と不利益な取扱いの間に因果関係があることをいう旨を示しています)。

 

ただ、この通達が、「因果関係」の中に行為者の主観面も含めているのかは定かではありません。

しかし、当サイトは、行為者の主観面についても、因果関係を問題とすることはできるのではないかと考えています。

この点は、因果関係にどのような機能を持たせるかにもよりますが、行為には主観的要素も含まれる以上、一般的には、因果関係から主観的な関連性・影響性を除外する理由はないからです(つまり、客観的事情及び主観的事情を基礎として、関連性を判断することはできます。刑法上の因果関係におけるいわゆる「危険の現実化・実現」といわれる構成(判例の立場とされます。当サイトもこの構成には賛成です)では、主観的事情は考慮しないのが一般といえますが、主観的事情を考慮しないことに合理的な根拠があるとは思えません。ただし、主観的事情を含むすべての事情を考慮して判断する際に、介在事情の異常性の程度、結果発生の危険性の程度等の客観的事情が斟酌されて、結果的に主観的事情が重視されない結論となることはあります)。

このように、「理由として」は、基本的には「因果関係・関連性」の意味であり、「マタハラ判決」では、均等法第9条第3項因果関係について、客観的な関連性を重視したもの(ただし、主観的な関連性を排除するものではない。従って、主観的な関連性が明確に認められる場合も「理由として」に該当する)と理解すれば足りるように思えます。

 

(なお、川口美貴先生の「労働法」初版195頁では、労働基準法第3条の「均等待遇」のケースですが、同条の「理由として」は、「①差別的意思(当該国籍、信条、社会的身分に対する否定的評価の存在)、及び、②差別的意思と差別的取扱との因果関係の双方を含む概念と解される」旨を述べられています。

同第5版221頁では、同条の「理由として」は、「①当該労働者の国籍、信条、又は社会的身分と②差別的取扱との間の『因果関係』、すなわち、『使用者が、労働者の国籍、信条、社会的身分を認識し、そのことの故に差別的取扱いをしようと意欲し、差別的取扱を実現したこと』の存在を示す概念と解される」旨を述べられています。)

 

通常は、事業主側が不利益取扱いの意思(ないし差別意思)があったことを認めることはありませんから、主観的事情に基づき「理由として」を簡単に認定できることは少ないといえます。

そこで、不利益取扱いの意思の立証は通常困難であるという事情を踏まえたうえで、妊娠・出産等の時期にある労働者の保護を強化すべきとする判断に立ち、また、均等法第9条第3項には罰則が規定されていないこと(行政刑罰が定められている場合は、刑法総則が適用され、原則として故意犯であることが必要となるため(刑法第38条第1項)、事業主の主観的意思も問われることとなります)も考慮して、マタハラ判決では、不利益取扱いの意思を重視せずに、妥当な結論を導きやすい法律構成を採用したのではないかと考えます。

即ち、同判決では、「妊娠中の軽易業務への転換」を「契機として」降格させるなら、原則として均等法第9条第3項に違反するとしたうえで、実質的には合理的な取扱いであると認められる場合(➀労働者の自由意思に基づく承諾が認められる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は②事業主の措置が当該規定の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき)に、同規定に違反しないという構成をとったのではないかと解されます。 

 

なお、水町先生は、「マタハラ判決」が客観的因果関係説に立つものであると理解する見解について、「差別意思に基づく妊娠・出産差別を客観的とされる諸事情(その中には使用者が容易に操作できる事情も含まれうる)によって適法化することを可能とする解釈であり、適当でない」と述べておられます(ジュリスト2015年3月号№1477の106頁)。(なお、「詳解労働法」第2版342頁(初版334頁)参考)

 

「講座労働法の再生」第4巻310頁(細谷先生)は、「最高裁は、・・・軽易業務転換請求の文脈では不利益な労働条件が通常当該請求を契機にもたらされるため、そこに差別意思の存在を推定し、原則的に不利益取扱いに当たるとみなすことで、たとえ人事上の必要性があるとしても、妊娠・出産に関する事由を認識し、それとの関連において不利益取扱いをした場合には、法違反の成立する範囲をより広く認めようとするものと解される」とします。 

 

「労働判例百選」第9版39頁(両角先生)は、「均等法9条3項の解釈のあり方は、同項の趣旨・目的をどう解するかにより異なる。同項を妊娠等を理由とする『差別』を禁止した規定と解すれば、他の差別禁止規定(同法5条・6条、労基法3条・4条等)と同様に、差別の成否は差別意思の有無によって決まり、本人の承諾による例外を認める余地はない。・・・

これに対し、本判決は、同項を妊娠出産という特別な時期にある労働者を不利益取扱いから『保護』し、その就労を支援することに主眼を置いた規定と理解しているように思われる。このように解すれば、妊娠出産期の労働者の事情やニーズがきわめて多様であることから、軽易業務転換に際しては本人の意向に沿った柔軟な対応がなされるのが望ましく、承諾による例外の余地を認めることは同項の趣旨・目的に合致する。・・・」とします。 

 

前述のように、「差別的取扱い」なら差別意思が要件となって、「不利益取扱い」なら当然に不利益取扱いの意思は要件とならないという構成が必然的なものかどうかは問題です。

当該規定の趣旨、性格、沿革、罰則の有無、政策的要請なども総合的に考慮して、差別意思・不利益取扱いの意思といった主観面を考慮するのかどうかを判断する余地があるのかもしれません

ただ、少なくとも「差別的取扱い」(直接差別)の場合は、通常、差別意思が要件と解されているようです。

 

差別意思の要否等については、外国の法制においても微妙なようであり(富永晃一「比較対象者の視点から見た労働法上の差別禁止法理」(有斐閣)を参照しています)、不利益取扱いの意思の要否等の問題も含め、取扱いが難しいといえます(なお、富永先生のこちらの論考は、とても参考になります)。

今般のマタハラ判決によって、男女雇用機会均等法第9条第3項における妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止について、「不利益取扱いの意思」が要件であるとは明示されなかったため、少なくとも同規定の不利益取扱いの禁止に関する紛争においては「不利益取扱いの意思」の存在を立証する必要はないという点は明確化されたといえます。

  

なお、「差別的取扱いの禁止」と「不利益取扱いの禁止」との違いについては、労基法のこちら以下で言及しています。

 

 

 

(三)例外の要件

1 本判決は、「一般に降格労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、・・・均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解される」としたうえで、次の2つの例外を認めています。

  

①当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由客観的に存在するとき。(以下、「自由意思の法理」ということがあります。)

 

②事業主の措置が均等法第9条第3項趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき。

 

(なお、本判決は、この②の要件を満たすかどうか審理が尽くされていないとして、事件を原審(広島高等裁判所)に差し戻しました。

差戻し審(【広島高判平成27.11.17】)では、女性労働者による不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償請求が認容されました。)

 

 

2 上記の①については、強行規定に違反するような事業主の措置(当該強行規定が規制対象としている事業主の措置)に対して、本人が自由意思に基づいて承諾しているなら当該措置も結果的には適法化されてしまい、当該強行規定の趣旨に反しないかは問題です。

 

同様の問題は、例えば、労基法の賃金の全額払の原則において、賃金債権を受働債権とする相殺が禁止されるという場面でも生じました。

即ち、賃金の全額払の原則(労基法第24条第1項)は、労働者に賃金の全額を確実に受領させその生活の安定を図ろうとした同規定の趣旨から、使用者による賃金債権を受働債権とする相殺の禁止の趣旨も含むものと解されています。

ただし、例外として、「労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定〔=第24条第1項の全額払の原則〕に違反するものとはいえない」とされています(【日新製鋼事件=最判平成2.11.26】)。

 

※ 当サイトの「労基法の賃金の全額払の原則の例外」の個所(こちら以下)でも言及しましたように、本来なら強行規定に違反するように見えるのに、なぜ本人が承諾すると適法化されてしまうのかという理論上難しい問題があります(労基法は労働条件の最低基準等を定めているのであり、労働者の承諾があっても最低基準を下回ることとなるような労働条件は許容できないからです(労基法第13条(労基法の規範的効力))。例えば、36協定を締結していないため違法な時間外労働について労働者が同意していたからといって、使用者が罰則の適用を免れるわけではないです)。

ただし、労基法においては、労基法第13条(労基法の規範的効力)が存在しますが、均等法等においては、これに相当する規範的効力を定めた規定が存在しないこと、また、均等法では、厚生労働大臣の報告の求めに対する報告義務違反等の場合しか罰則の定めがないこと(均等法第33条)といった違いはあります。

 

この点、条文上は、労働者本人が真意として当該不利益取扱いである措置に同意しているのなら、実質的には不利益取扱いとは評価できないと構成したり(後述の厚労省による「Q&A」が、結論的には、このような構成を採っています)、「妊娠・出産等」を「理由として」不利益取扱いをしたとは評価できないと構成することは可能です。

このように考えれば、強行規定である不利益取扱い禁止に違反しないという理屈は、形式的には説明できそうです。

 

荒木「労働法」第5版125頁(第4版121頁)は、マタハラ判決について、「承諾がある場合に同条項〔=均等法第9条第3項〕違反とならないのは、軽易業務転換を『理由として』なされた不利益取扱いにあたらない(雇均9条3項の構成要件に該当しない)ためであって、強行規定に違反するにもかかわらず自由な意思による承諾があれば同項違反とならない旨を判示したものとされます。

 

 

ただ、強行規定の趣旨が骨抜きにならないように、労働者の承諾により適法化される強行規定の類型を明確化・限定化していく必要がありそうです(こちら以下を参考です)。 

さしあたりは、この「マタハラ判決」の判断枠組みの射程範囲が大きな問題です。

労働法上、不利益取扱いの禁止や差別的取扱いの禁止を定めている規定は、多数あるからです(こちら参考)。

 

例えば、「マタハラ判決」の判断枠組みは、(ⅰ)今回の事案である均等法第9条第3項の「軽易業務への転換請求」の場合のみに適用が限定される、(ⅱ)均等法第9条第3項の「厚生労働省令で定める事由」(施行規則第2条の2)については広く及ぶ(以上までは、「マタハラ判決」は、女性労働者に特有の事情を考慮して構成されたものと把握することになります)、(ⅲ)育児介護休業法第10条(育児休業の申出・取得を理由とする不利益取扱いの禁止)までは及ぶ(本判決の補足意見(後掲)参考。なお、後掲の通達は、少なくとも妊娠・出産・育児休業あたりまで同判断枠組みが及ぶことは前提としているようです)、(ⅳ)妊娠・出産・育児・「介護等」に関する不利益取扱いまでは及ぶ、(ⅴ)「不利益取扱いの禁止」を定めている規定については広く及ぶ、(ⅵ)より広く「不利益取扱いの禁止」・「差別的取扱いの禁止」を定めている規定についてまで及ぶ、といったどの段階までを射程とするのかです。

この点の判断は、難しいです。

 

例えば、憲法第14条第1項の平等原則・平等権の保障においては、合理的な区別まで否定しているものではありません(事実上の差異が存在することを無視して形式的平等を貫いては、かえって個人の尊厳を傷つけるおそれがあるからです)。

「マタハラ判決」における前記②(こちら)の「事業主の措置が法の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」という例外の要件についても、広い意味では、合理的な取扱いといえる場合なら許容されるという考え方かもしれません。

そうしますと、少なくとも、この②の要件こちらは、他の「不利益取扱いの禁止」の規定だけでなく、「差別的取扱いの禁止」の規定についても広く問題となり得る余地がありそうです(なお、労基法の均等待遇(労基法第3条)のこちら以下を参考です)。

 

また、不利益取扱いの禁止を定める強行規定については、前記①こちらの労働者の自由意思に基づく同意による適法化が一般的に適用される余地があります(有利な取扱いなら許容されることとのバランスから、本人の自由意思に基づく同意があるのなら許容されるとしやすいかもしれません)。

 

ただし、以上については、個々の規定の趣旨や性格等も考慮する必要があり、あまり一般化して考えるのも問題がありそうです(前掲のリンク先であるこちら以下を参考です。また、のちにこちら以下でも関連問題を見ます)。

 

この点、本人は良くても(同意していても)、他の労働者や公益等との関係で問題が生じるということはあり得ます。

例えば、本人が低賃金に同意している場合、他の労働者も低賃金で労働することを余儀なくされるという危険性はあります。

また、例えば、最低賃金法は、「事業の公正な競争の確保」を目的の一つとしており(同法第1条)、これは低賃金により低価格の商品が提供されると、他の事業者も価格を引き下げざるを得なくなり、事業間の過当競争が発生するといった弊害(公益)を考慮するものです。

そうしますと、不利益取扱いの問題においても、「労働者の同意がある場合は『不利益取扱い』には該当しないから、不利益取扱いの規定には違反しない」という論理が広く不利益取扱いの規定一般についても適用されるという考え方は、単純に過ぎるおそれはあるのでしょう(本人が同意していれば「差別的取扱い」は許容されるのか、という問題にもつながります)。

 

水町教授は、(以下当サイトでまとめた要旨です)妊娠・出産を理由とする不利益取扱いについて、労働者の同意があれば不利益取扱いも許容されるというステレオタイプな対応がなされるようになると、当該労働者にも他の労働者にも多大な不利益がもたらされることになるので、曖昧な形で、妊娠・出産全般に「自由意思」論を適用することは避けるべきであるとされます(「労働法理論の探求」(日本評論社)119頁参考)。 

そして、労働者の自由意思による同意があったとしても、当該労働者の人間的価値が侵害されるという懸念だけでなく、他の労働者の価値や利益が侵害されるという弊害の発生について十分な考慮が必要であるとされます(同122頁)。

 

条文上の形式的な根拠づけだけなく、実質論が重要といえそうです。

 

 

 

3 上記の②「均等法第9条第3項の趣旨及び目的に実質的に反しない」特段の事情については、当該不利益取扱いの措置の必要性、労働者に対する不利益の程度・性質等、諸事情を総合的に考慮するものとされます。

このような特段の事情が認められる場合は、条文上は、「妊娠・出産等」と「不利益取扱い」との関連性(因果関係)が希薄化しているとして、妊娠・出産等を「理由として」不利益な取扱いをすることに該当しないとできるのかもしれません。

 

 

  

(四)行政解釈

以上については、後掲(こちら)の「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」(以下「Q&A」といいます)において、上記こちらの①及び②について、次のように法律構成しているのが参考になります

 

即ち、➀の「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」(自由意思の法理)については、「この場合は、そもそも法が禁止する『不利益な取扱いには当たらないものと解される。」と法律構成しています。

 

また、②の「事業主の措置が均等法第9条第3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」については、「この場合は、妊娠・出産・育児休業等を『契機として』いても、法が禁止している妊娠・出産・育児休業等を『理由とする』不利益取扱いではないと解される。」と法律構成しています。 

 

 

 

【参考】

 

ちなみに、マタハラ判決の判断枠組みは、次のようなケースにはどのように適用されるのでしょうか。

例えば、産前産後休業期間中に「通勤手当を支給しない」ことが均等法第9条第3項の産前産後休業の取得を理由とする不利益取扱いに該当しないかです(ここでは、「マタハラ判決」の判断枠組みが、少なくとも均等法第9条第3項に規定されている事由全体に及ぶことを一応の前提とします)。

 

(ⅰ)この場合、一般に「通勤手当を支給しない」ことは労働者に「不利な影響をもたらす処遇」であるとして、通勤手当を支給しないという措置が「不利益取扱い」に該当すると捉え、産前産後休業の取得を「契機」とする不利益取扱いにあたるとする構成が考えられます(行政解釈では、「時間的近接性」を考慮して「契機として」を判断します)。

そのうえで、通勤手当の趣旨は、通勤の費用を援助するものですから、特段の合意がなければ、通勤をしていない休業期間に支給しないことは、当該手当の趣旨・性質から当然のことであるとして、マタハラ判決の上記②こちら)の「特段の事情が存在するとき」に該当すると構成します。

即ち、産前産後休業期間中の通勤手当の不支給は、産前産後休業の取得を理由とする不利益取扱いの禁止の規定の趣旨に実質的に反しているとはいえず、合理的な取扱いとして許容されると説明することとなります。

ただし、例えば、「育児休業期間中」には通勤手当を支給しているのに、「産前産後休業期間中」には支給していないといった場合は、その区別に正当な根拠がなければ、後者の不支給について合理性があるとはいえないものと解されます。

 

(ⅱ)別の構成としては、通勤をしていない休業期間に通勤手当を支給しないことは当然のことであり、そもそも、産前産後休業期間中の通勤手当の不支給は、産前産後休業の取得を「理由とし(た)」「不利益取扱い」に該当しないとして、この段階で切ることも考えられます(「理由とし(た)」に該当しないとするか、「不利益取扱い」に該当しないとするかは、どちらの構成も可能であり、事案に応じて使い分ければよいのでしょうが(両者の要件に一体的に該当するという構成もあり得ます)、この事案においては、「不利益取扱い」に該当しないと見た方が自然でしょうか)。

この構成の場合は、マタハラ判決の上記②こちらの合理性の問題は生じません。

ただし、前記と同様に、例えば、「育児休業期間中」には通勤手当を支給しているのに、「産前産後休業期間中」には支給していないといった場合は、その区別に正当な根拠がなければ、後者の不支給が許容されるとはできません。

そこで、この場合は、産前産後休業期間中だけ通勤手当を支給していない以上、産前産後休業の取得を「理由とし(た)」不利益取扱いに該当すると認定し、その区別に正当な根拠があるかどうかについては、マタハラ判決の上記②こちらの合理性が問題となるとできそうです。

 

理屈的には、以上のどちらの構成も可能といえそうです(使用者の立証責任面に違いがあります)。 

この点について、「性差別指針」第4の3(2)では、均等法第9条第3項により禁止される「解雇その他不利益な取扱いの例として、「チ 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと」を挙げています(労働一般のこちら以下)。

そして、具体的にこの「減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと」に該当する場合として、例えば、「賃金について、妊娠・出産等に係る就労しなかった又はできなかった期間(以下「不就労期間」という。)分を超えて不支給とすること」とします。

 

これは、産前産後休業による不就労期間について賃金を支給しないことは、そもそも「不利益な取扱い」に該当しないと考えていることになります。

(産前産後休業期間中の賃金の支払を使用者に義務づける法令上の規定はありません。そこで、産前産後休業期間中の賃金請求権の有無等については、労働契約等の問題であり、特段の定めがない場合は、ノーワーク・ノーペイのルールより無給となるものと解されます(詳しくは、労働一般のこちら)。そこで、不就労期間に対応する賃金の不支給は、「不利益取扱い」には該当しないという構成が可能です。)

この賃金の不支給の場合と類似に、通勤手当(賃金です)についても、不就労期間に係る不支給については、「不利益取扱い」に該当しないということになりえます。

そうしますと、「指針」の考え方からは、上記の通勤手当の処理について(ⅱ)の構成をとるのが自然であるといえそうです。

 

この(ⅱ)の構成をとる場合は、均等法第9条第3項の産前産後休業の取得を理由とする「不利益取扱い」には該当しないと端的に説明できるのですから、結果として、「マタハラ判決」の判断枠組みを採用しなくても、この「通勤手当を支給しない」ケース(より一般化しますと、ノーワーク・ノーペイの原則等が適用できるケース)は処理できることとなります。

他方、前述の「育児休業期間中」には通勤手当を支給しているのに、「産前産後休業期間中」には支給していないといった場合については、「不利益取扱い」に該当すると判断されたときに、①当該労働者が自由意思に基づく承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しないか、又は②事業主の措置が均等法第9条第3項の趣旨及び目的に実質的に反しない特段の事情が存在しないか、という「マタハラ判決」の判断枠組みがなおも問題となる余地がありそうです。

 

 

 

(五)権利行使抑制法理との関係

ところで、従来、労基法等で保障されている権利の行使に関連して不利益取扱いが行われる場合においては、「当該権利の行使を抑制し、ひいては法が労働者に当該権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるときに、当該措置は、公序民法第90条に反するものとして無効となる」とする旨の判例法理が確立されています(以下、「権利行使抑制法理」と表現しておきます)。

 

例えば、生理休暇(現在は、労基法第68条の「生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置」に改正されています)を取得したことによって同休暇日を出勤不足日数に算入され精皆勤手当を減額されたため、減額分の支払等を求めた事案の【エヌ・ビー・シー事件=最判昭和60.7.16】(こちら(労基法のパスワード))があります。

 

また、賃金引上げ対象者から前年の稼働率が80パーセント以下の者を除外する旨を定め、当該稼働率の算定基礎となる不就労に産前産後休業、生理休暇、年休等の取得を含めていたため、労働者が賃金引上げ相当額等を求めた事案である【日本シェーリング事件=最判平成元.12.14】(こちら)もあります。

 

さらに、産後休業の取得及び育児介護休業法第23条第1項(当時の同法第10条)の所定労働時間の短縮(当時の勤務時間の短縮)措置を受けたため、賞与の支給要件である出勤率(90%以上の出勤)を満たせず、賞与を支給されなかった労働者が当該賞与等を請求した事案は、【東朋学園事件=最判平成15.12.4】(こちら)です。

 

なお、労基法の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いに関して、【沼津交通事件=最判平成5.6.25】があります(労基法のこちら以下)。

 

 

そこで、これらの法律構成とマタハラ判決の法律構成との関係が問題となります。

この点、従来の「権利行使抑制法理」の判決当時においては、当該事案に関する不利益取扱い禁止の規定が存在しなかったとされます(不利益取扱い禁止の規定がなかったケースや努力義務規定であったケースです)(川口美貴先生の「労働法」第5版389頁(初版346頁)参考)。

 

まず、沼津交通事件判決については、判決当時、不利益取扱い禁止の規定は存在しましたが(労基法附則第136条)、同判決では、当該規定を努力義務規定に過ぎないと解しています。

 

他方、前掲の【エヌ・ビー・シー事件=最判昭和60.7.16】の場合は、生理日の休暇に関する不利益取扱いの禁止の明文はありません(以下、川口先生が指摘されています)。

また、【日本シェーリング事件=最判平成元.12.14】で問題となった産前産後休業の取得や育児休業の取得を理由とする不利益取扱いを禁止する均等法第9条第3項は、平成18年の改正により新設された規定であり、判決当時は存在しませんでした。

さらに、【東朋学園事件=最判平成15.12.4】で問題となった所定労働時間の短縮措置を理由とする不利益取扱いを禁止する育児介護休業法第23条の2は、平成21年に新設され、判決当時は存在しませんでした(産前産後休業取得等を理由とする不利益取扱い禁止の規定については、日本シェーリング事件の場合と同様です)。

 

このように、判決当時において、不利益取扱い禁止の規定が存在せず、「権利行使抑制法理」が採用された事案において、その後、当該事案に関連する不利益取扱い禁止の規定が新設されています。

 

今後は、不利益取扱い禁止の明文が存在する場合は、まずは当該規定の解釈が問題となりえます。

明文が存在しても、具体的に当該事案における不利益取扱いが当該不利益取扱いの明文に違反するのかが明確でないことがあり、例えば、一定の事由を「理由」とする「不利益取扱い」に該当するのかどうかの解釈が問題となりえます。

この場合、従来の「権利行使抑制法理」との関係ですが、基本的には、原告側がどのような構成を主張するかということになるのでしょう。

即ち、不利益取扱い禁止の明文が存在する場合において、当該規定に違反する旨を主張するか、民法第90条の公序良俗違反(「権利行使抑制法理」)を主張するか(また両者を併せてて主張するか)は、原告側の判断によることになります。

 

例えば、【東朋学園事件=最判平成15.12.4】と同様の事案(こちら)が再発したとして、均等法第9条第3項同法施行規則第2条の2第5号)の「不利益な取扱い」の禁止に違反すると労働者が主張した場合の処理は問題です。

同判決は、賞与の額の算定においては、産後休業等の期間を欠勤日と取り扱って比例的に賞与を減額させることは許容されるとしました(いわば賞与の額の場面についての問題です)。

これは、実質的には、産前産後休業等の期間中は、本来、賃金は支給されないのに、当該休業期間に対応した賞与であるならば支給されるというのは不均衡だという考え方を背景としているものと推測されます(ノーワーク・ノーペイ的な考え方)。

すると、同様の考え方を均等法第9条第3項にも適用して、当該措置は同項の「不利益な取扱い」には該当しないと構成する余地があります。

 

他方、同判決は、賞与の支給要件として出勤率を90%以上と定め、産後休業等の期間を欠勤日に含めることは、公序に反し無効となる旨を判示しました(いわば賞与の支給要件の場面の問題です)。

すると、賞与の支給要件として出勤率を90%以上と定め、産後休業等の期間を欠勤日に含めることは、均等法第9条第3項同法施行規則第2条の2第5号)における「不利益な取扱い」に該当すると考える余地があるのでしょう。

ただし、このような「不利益な取扱い」に該当すると解される場合に、さらに①当該労働者が自由意思に基づく承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか(自由意思の法理)、又は②事業主の措置が均等法第9条第3項の趣旨及び目的に実質的に反しない特段の事情が存在する場合には同項に違反しないという「マタハラ判決」の判断枠組み(特に①の自由意思の法理)が、なおも適用される余地があるのかは問題です。

即ち、賞与の支給要件として出勤率を90%以上と定め、産後休業等の期間を欠勤日に含める措置が採られていたため、従業員である労働者が均等法第9条第3項における「不利益な取扱い」に該当すると主張したところ、会社側は、当該労働者の自由意思に基づく承諾があったと反論したようなケースです。

仮に当該労働者の自由意思に基づく承諾があった場合に、当該賞与の出勤率に係る措置が適法とされるのかです。

しかし、(最高裁判例において)公序に反すると判断された措置について、労働者の承諾があれば「不利益な取扱い」には該当せず均等法第9条第3項に違反しないという結論を採ることは、問題が大きいです。

当該不利益取扱いの措置が公序良俗に違反するもの(違法性が強いもの)であるような場合は、労働者の自由意思に基づく承諾があっても、公序良俗違反性(違法性)を阻却するものではない(自由意思の法理は適用されない)等と構成することが可能かもしれません。

このように、「労働者の自由意思に基づく承諾がある場合は、『不利益取扱い』に該当しないため、当該不利益取扱い禁止の規定に違反しない」という考え方を一般化しすぎるのは問題があることになります。

 

参考までにですが、当事者が一般条項である例えば民法第90条の公序良俗違反に該当する事実を陳述している場合は、当事者が同条による無効の主張をしていなくても、裁判所はその有効無効の判断をすることができるとされています(【最判昭和36.4.27】)。弁論主義が適用される一般条項における事実という民事訴訟法の問題となります。 

従って、例えば、均等法第9条第3項違反の問題において、当事者が民法第90条の公序違反を主張していなくても、陳述された事実から裁判所は民法第90条の公序違反を判断できることとなります。

 

 

ちなみに、「不利益取扱い禁止」の規定には違反しない事案であっても、「権利行使抑制法理」との関係から民法第90条の公序に反するという例も理論上はあり得るのでしょう。  

 

 

 

四 判決の全文

以下、判決の全文です(冒頭部分は省略しています。また、句読点やスペースなどは、サイト用に加工しています。また、〔 〕の個所は、筆者が挿入したものです)。

最後の方には、補足意見も付されています(補足意見は、育児介護休業法第10条の不利益取扱い禁止の規定についても、今回の法律構成が妥当することについて言及したものです)。

 

〔引用開始。〕

 

1 本件は、被上告人〔=医療介護事業等を行う生協です〕に雇用され副主任の職位にあった理学療法士である上告人が、労働基準法65条3項〔=軽易な業務への転換請求 前掲の※1〕に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ、育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから、被上告人に対し、上記の副主任を免じた措置は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条3項〔=前掲の※2〕に違反する無効なものであるなどと主張して、管理職(副主任)手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

 

2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 

(1)被上告人は、医療介護事業等を行う消費生活協同組合であり、A病院(以下「本件病院」という。)など複数の医療施設を運営している。

上告人は、平成6年3月21日、被上告人との間で、理学療法士として理学療法の業務に従事することを内容とする期間の定めのない労働契約を締結し、本件病院の理学療法科(その後、リハビリテーション科に名称が変更された。以下、名称変更の前後を通じて「リハビリ科」という。)に配属された。

 

(2)上告人は、その後、診療所等での勤務を経て、平成15年12月1日、再びリハビリ科に配属された。その当時、リハビリ科に所属していた理学療法士は、同科の科長を除き、患者の自宅を訪問してリハビリテーション業務を行うチーム(以下、「訪問リハビリチーム」といい、その業務を「訪問リハビリ業務」という。)又は本件病院内においてリハビリテーション業務を行うチーム(以下、「病院リハビリチーム」といい、その業務を「病院リハビリ業務」という。)のいずれかに所属するものとされており、上告人は訪問リハビリチームに所属することとなった。

 

(3)上告人は、平成16年4月16日、訪問リハビリチームから病院リハビリチームに異動するとともに、リハビリ科の副主任に任ぜられ、病院リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。

その頃に第1子を妊娠した上告人は、平成18年2月12日、産前産後の休業と育児休業を終えて職場復帰するとともに、病院リハビリチームから訪問リハビリチームに異動し、副主任として訪問リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。

 

(4)被上告人は、平成19年7月1日、リハビリ科の業務のうち訪問リハビリ業務を被上告人の運営する訪問介護施設であるB(以下「B」という。)に移管した。この移管により、上告人は、リハビリ科の副主任からBの副主任となった。

 

(5)上告人は、平成20年2月、第2子を妊娠し、労働基準法65条3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し、転換後の業務として、訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望した。これを受けて、被上告人は、上記の請求に係る軽易な業務への転換として、同年3月1日、上告人をBからリハビリ科に異動させた。その当時、同科においては、上告人よりも理学療法士としての職歴の3年長い職員が、主任として病院リハビリ業務につき取りまとめを行っていた。

 

(6)被上告人は、平成20年3月中旬頃、本件病院の事務長を通じて、上告人に対し、手続上の過誤により上記(5)の異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を発することを失念していたと説明し、その後、リハビリ科の科長を通じて、上告人に再度その旨を説明して、副主任を免ずることについてその時点では渋々ながらも上告人の了解を得た。

その頃、上告人は、被上告人の介護事務部長に対し、平成20年4月1日付けで副主任を免ぜられると、上告人自身のミスのため降格されたように他の職員から受け取られるので、リハビリ科への異動の日である同年3月1日に遡って副主任を免じてほしい旨の希望を述べた。

上記のような経過を経て、被上告人は、平成20年4月2日、上告人に対し、同年3月1日付けでリハビリ科に異動させるとともに副主任を免ずる旨の辞令を発した(以下、上告人につき副主任を免じたこの措置を「本件措置」という。)。

 

(7)上告人は、平成20年9月1日から同年12月7日まで産前産後の休業をし、同月8日から同21年10月11日まで育児休業をした

被上告人は、リハビリ科の科長を通じて、育児休業中の上告人から職場復帰に関する希望を聴取した上、平成21年10月12日、育児休業を終えて職場復帰した上告人をリハビリ科からBに異動させた。その当時、Bにおいては、上告人よりも理学療法士としての職歴の6年短い職員が本件措置後間もなく副主任に任ぜられて訪問リハビリ業務につき取りまとめを行っていたことから、上告人は、再び副主任に任ぜられることなく、これ以後、上記の職員の下で勤務することとなった。上記の希望聴取の際、育児休業を終えて職場復帰した後も副主任に任ぜられないことを被上告人から知らされた上告人は、これを不服として強く抗議し、その後本件訴訟を提起するに至った

 

(8)被上告人は、被上告人が運営する病院、診療所等の各部及び各科に配置する管理者の任務、権限、責任及びその任免について、「管理職務規定」を定めており、同規定が対象とする管理者の範囲は、部長、科長、課長、師長、医長、主任又は副主任の職位にある者とされている。また、被上告人の職員の給与については、その職種、経験、学歴、勤続年数等に応じて決定される基本給のほか、扶養手当、管理職手当等の諸手当があり、管理職手当の金額は、その職位ごとに定められており、副主任の場合は月額9500円とされていた。

 

3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。

本件措置は、上告人の同意を得た上で、被上告人の人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり、上告人の妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって、その裁量権の範囲を逸脱して均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから、同項に違反する無効なものであるということはできない

 

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

 

(1)ア 均等法は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに、女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することをその目的とし(1条)、女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保を基本的理念として(2条)、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(9条3項)。そして、同項の規定を受けて、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条の2第6号は、上記の「妊娠又は出産に関する事由」として、労働基準法65条3項の規定により他の軽易な業務に転換したこと(以下「軽易業務への転換」という。)等を規定している。

上記のような均等法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法9条3項の規定は、上記の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

 

イ 一般降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

そして、上記の承諾に係る合理的な理由に関しては、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から、その存否を判断すべきものと解される。また、上記特段の事情に関しては、上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される。

均等法10条〔=厚生労働大臣が定める指針〕に基づいて定められた告示である「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号)第4の3(2)が、同法9条3項の禁止する取扱いに当たり得るものの例示として降格させることなどを定めているのも、上記のような趣旨によるものということができる。

 

(2)ア これを本件についてみるに、上告人は、妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として、本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ、上記異動により患者の自宅への訪問を要しなくなったものの、上記異動の前後におけるリハビリ業務自体の負担の異同は明らかではない上、リハビリ科の主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が判然としないこと等からすれば、副主任を免ぜられたこと自体によって上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か及びその内容や程度は明らかではなく、上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度が明らかにされているということはできない

他方で、本件措置により、上告人は、その職位が勤続10年を経て就任した管理職である副主任から非管理職の職員に変更されるという処遇上の不利な影響を受けるとともに、管理職手当の支給を受けられなくなるなどの給与等に係る不利な影響も受けている。

そして、上告人は、前記2(7)のとおり、育児休業を終えて職場復帰した後も、本件措置後間もなく副主任に昇進した他の職員の下で、副主任に復帰することができずに非管理職の職員としての勤務を余儀なくされ続けているのであって、このような一連の経緯に鑑みると、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間中の一時的な措置ではなく、上記期間の経過後も副主任への復帰を予定していない措置としてされたものとみるのが相当であるといわざるを得ない。

しかるところ、上告人は、被上告人からリハビリ科の科長等を通じて副主任を免ずる旨を伝えられた際に、育児休業からの職場復帰時に副主任に復帰することの可否等について説明を受けた形跡は記録上うかがわれず、さらに、職場復帰に関する希望聴取の際には職場復帰後も副主任に任ぜられないことを知らされ、これを不服として強く抗議し、その後に本訴の提起に至っているものである。

以上に鑑みると、上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で、上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず、上告人の意向に反するものであったというべきである。

それにもかかわらず、育児休業終了後の副主任への復帰の可否等について上告人が被上告人から説明を受けた形跡はなく、上告人は、被上告人から前記2(6)のように本件措置による影響につき不十分な内容の説明を受けただけで、育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を得られないまま、本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々ながら受け入れたにとどまるものであるから、上告人において、本件措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず、上告人につき前記(1)イにいう自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないというべきである

 

イ また、上告人は、前記のとおり、妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として、本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ、リハビリ科においてその業務につき取りまとめを行うものとされる主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等は判然とせず、仮に上告人が自らの理学療法士としての知識及び経験を踏まえて同科の主任とともにこれを補佐する副主任としてその業務につき取りまとめを行うものとされたとした場合に被上告人の業務運営に支障が生ずるのか否か及びその程度は明らかではないから、上告人につき軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置を執ったことについて、被上告人における業務上の必要性の有無及びその内容や程度が十分に明らかにされているということはできない。

そうすると、本件については、被上告人において上告人につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等は明らかではなく、前記のとおり、本件措置により上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か等も明らかではない一方で、上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず、上告人の意向に反するものであったというべきであるから、本件措置については、被上告人における業務上の必要性の内容や程度、上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り、前記(1)イにいう均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできないものというべきである。したがって、これらの点について十分に審理し検討した上で上記特段の事情の存否について判断することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに本件措置が均等法9条3項の禁止する取扱いに当たらないと判断した原審の判断には、審理不尽の結果、法令の解釈適用を誤った違法がある。

 

5 以上のとおり、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の点について更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官櫻井龍子の補足意見がある。

 

 

裁判官櫻井龍子の補足意見は、次のとおりである。

 

上告人が妊娠中の軽易業務への転換を請求したことに伴う本件措置が均等法9条3項に違反する措置であるか否かの判断については、以上の法廷意見のとおりであり私も賛同するものであるが、本件の第1審、原審では、育児休業から復帰後の配置等が同項等に違反するか否かについても争われ、判断の対象とされているものであり、予備的請求原因〔=両立しえない複数の請求に順位をつけて、第1順位の請求(主位請求)が認容されない場合に、次順位の請求(予備的請求)の認容を求めるという請求です。主位請求が認容されれば、予備的請求については判断されません。〕として位置付けられるため当審における判示の対象には含まれていないものの、上告受理申立て理由の一つとして主張されていることも踏まえ、その点に関し、以下、念のため、私の意見を補足的に申し述べておきたい。

 

1 原審認定事実によると、被上告人は、上告人が平成21年10月12日に育児休業から復帰した際も副主任の地位に復帰させていないが、この措置(以下「本件措置2」という。)について、原審は、上告人が配置されるなら辞めるという理学療法士が2人いる職場があるなど復帰先が絞られ、軽易業務への転換前の職場であったBが復帰先になったところ、Bには既に副主任として配置されていた理学療法士がおり、上告人を副主任にする必要がなかったのであるから、均等法等に違反するものでも人事権の濫用に当たるものでもない旨判示する。

 

2 しかしながら、本件措置2についても、以下のとおり、原審の判断は十分に審理が尽くされた上での判断とはいえないといわざるを得ない。

 

(1)育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」という。)は、育児休業、介護休業制度等を設けることにより、子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続等を図り、その職業生活と家庭生活の両立に寄与することを目的とする(1条)ものであり、そのため、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(10条)と定めるものである。

同法10条の規定が強行規定と解すべきことは、法廷意見において均等法9条3項について述べるところと同様であろうし、一般的に降格が上記規定の禁止する不利益な取扱いに該当することも同様に解してよかろう。

本件の場合、上告人が産前産後休業に引き続き育児休業を取得したときは、妊娠中の軽易業務への転換に伴い副主任を免ぜられた後であったため、育児休業から復帰後に副主任の発令がなされなくとも降格には当たらず不利益な取扱いには該当しないとする主張もあり得るかもしれないが、軽易業務への転換が妊娠中のみの一時的な措置であることは法律上明らかであることからすると、育児休業から復帰後の配置等が降格に該当し不利益な取扱いというべきか否かの判断に当たっては、妊娠中の軽易業務への転換後の職位等との比較で行うものではなく、軽易業務への転換前の職位等との比較で行うべきことは育児・介護休業法10条の趣旨及び目的から明らかである。

そうすると、本件の場合、主位的請求原因に係る本件措置の適否に関する判断が差戻審において改めて行われるものであるが、予備的請求原因に係る本件措置2の適否に関する判断の要否は措くとしても、本件措置2については、それが降格に該当することを前提とした上で、育児・介護休業法10条の禁止する不利益な取扱いに該当するか否かが慎重に判断されるべきものといわなければならない。

 

(2)もとより、法廷意見が均等法9条3項について述べるところを踏まえれば、そのような育児休業から復帰後の配置等が、円滑な業務運営や人員の適正配置などの業務上の必要性に基づく場合であって、その必要性の内容や程度が育児・介護休業法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するときは、同条の禁止する不利益な取扱いに当たらないものと解する余地があることは一般論としては否定されない。

そして、上記特段の事情の存否に係る判断においては、当該労働者の配置後の業務の性質や内容、配置後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等が勘案された上で検討されるべきことも同様であろう。

 

(3)とりわけ、育児・介護休業法21条及び22条が、事業主の努力義務として、育児休業後の配置等その他の労働条件についてあらかじめ定めておき、労働者に周知させておくべきこと、また、育児休業後の就業が円滑に行われるよう、当該労働者が雇用される事業所の労働者の配置その他の雇用管理等に関し必要な措置を講ずべきことを定め、さらにこれらの運用に係る指針(平成16年厚生労働省告示第460号。平成21年厚生労働省告示第509号による改正前のもの)において、育児休業後には原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われていることを前提として他の労働者の配置その他の雇用管理が行われるように配慮すべきことが求められているなど、これら一連の法令等の規定の趣旨及び目的を十分に踏まえた観点からの検討が行われるべきであろう。これらの法令等により求められる措置は、育児休業が相当長期間にわたる休業であることを踏まえ、我が国の企業等の人事管理の実態と育児休業をとる労働者の保護の調整を行うことにより、法の実効性を担保し育児休業をとりやすい職場環境の整備を図るための制度の根幹に関わる部分である。

本件においては、上告人が職場復帰を前提として育児休業をとったことは明らかであったのであるから、復帰後にどのような配置を行うかあらかじめ定めて上告人にも明示した上、他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行うべきであったと考えられるところ、法廷意見に述べるとおり育児休業取得前に上告人に復帰後の配置等について適切な説明が行われたとは認められず、しかも本件措置後間もなく上告人より後輩の理学療法士を上告人が軽易業務への転換前に就任していた副主任に発令、配置し、専らそのゆえに上告人に育児休業から復帰後も副主任の発令が行われなかったというのであるから、これらは上記(2)に述べた特段の事情がなかったと認める方向に大きく働く要素であるといわざるを得ないであろう。

 

3 なお、上告人は育児休業を取得する前に産前産後休業を取得しているため、本件措置2が育児・介護休業法10条の禁止する不利益な取扱いに該当すると認められる場合には、産前産後休業を取得したことを理由とする不利益な取扱いを禁止する均等法9条3項にも違反することとなることはいうまでもない。

 

(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹)

 

以上、判決文の引用を終わります。 

 

 

五 【平成27.1.23雇児発0123第1号】について

(一)通達の発出

「マタハラ判決」を受けて、【平成27.1.23雇児発0123第1号】において、従来の均等法及び育児介護休業法に関する通達及び指針を一部改正(追加)する形で新たな通知が行われましたので、ご紹介します。

もっとも、試験対策としては、まずは、前掲の判決文のキーワードを押さえることが重要です。  

そのうえで、後記の「Q&A」が示した「原則1年」という基準(すぐ下で説明します)は覚えておく必要があります。

 

 

 

(二)要点

要点としては、マタハラ判決が「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たる」としたうえで「例外」について判示したことを受け、この「契機」という文言について、「基本的に当該事由が発生している期間と時間的に近接して当該不利益取扱いが行われたか否かをもって判断すること」という基準(即ち、「時間的近接性」という判断基準)を示し、また、判決が示した「例外」の内容について後掲のように補充しています。

  

後述のように、平成27年3月30日に、厚生労働省から公表された「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」によりますと、上記の「時間的に近接して当該不利益取扱いが行われた」とは、具体的には、「原則として、妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合」とされました。

即ち、「原則として、妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は『契機として』いると判断する。 

ただし、事由の終了から1年を超えている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、又は、ある程度定期的になされる措置(人事異動(不利益な配置変更等)、人事考課(不利益な評価や降格等)、雇止め(契約更新がされない)など)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は『契機として』いると判断する。」とされます。

 

 

 

(三)通達の内容

以下、均等法の従来の通達(【平成18.10.11雇児発1011002号】)を改正した今回の通達(【平成27.1.23雇児発0123第1号】)の一部を抜粋しておきます(なお、育児介護休業法の従来の通達(【平成21.12.28職発第1228第4号/雇児発第1228第2号】)についても、同様の一部改正が行われていますが、ここでは省略します(育児介護休業法の個所(労働一般のこちら以下)でご紹介しています)。

以下、引用します。

 

 

〔引用開始。〕

 

指針第4の3(1)柱書きの「法第9条第3項の「理由として」とは、妊娠・出産等と、解雇その他の不利益な取扱いの間に因果関係があることをいう。」につき、妊娠・出産等の事由を契機として不利益取扱いが行われた場合は、原則として妊娠・出産等を理由として不利益取扱いがなされたと解されるものであること。 

 

〔 【平成18.10.11厚生労働省告示第614号】(いわゆる「性差別指針」)の第4の3(1)では、「〔均等〕法第9条第3項の『理由として』とは、妊娠・出産等と、解雇その他の不利益な取扱いの間に因果関係があることをいう。」としています。〕

 

ただし、

 

イ ①円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障があるため当該不利益取扱いを行わざるを得ない場合において、②その業務上の必要性の内容や程度が、法第9条第3項の趣旨に実質的に反しないものと認められるほどに、当該不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情が存在すると認められるとき

 

又は

 

ロ ①契機とした事由又は当該取扱いにより受ける有利な影響が存在し、かつ、当該労働者が当該取扱いに同意している場合において、②当該事由及び当該取扱いにより受ける有利な影響の内容や程度が当該取扱いにより受ける不利な影響の内容や程度を上回り、当該取扱いについて事業主から労働者に対して適切に説明がなされる等、一般的な労働者であれば当該取扱いについて同意するような合理的な理由が客観的に存在するときについてはこの限りでないこと。

 

〔※ 以上の例外のイ及びロについては、主として下線部分が、「マタハラ判決」の判示を補充解釈している箇所です(この下線は、当サイトが記載したものです)。〕

 

なお、『契機として』については、基本的に当該事由が発生している期間と時間的に近接して当該不利益取扱いが行われたか否かをもって判断すること。例えば、育児時間を請求・取得した労働者に対する不利益取扱いの判断に際し、定期的に人事考課・昇給等が行われている場合においては、請求後から育児時間の取得満了後の直近の人事考課・昇給等の機会までの間に、指針第4の3(2)リ〔=昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと〕の不利益な評価が行われた場合は、『契機として』行われたものと判断すること。

 

〔引用終了。〕

 

以上で、改正通達の引用を終わります。  

 

 

 

六「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」

平成27年3月30日に公表されました「Q&A」を掲載しておきます。

前掲の【平成27.1.23雇児発0123第1号】の内容の細部について、「問と答」の形式により明確化されています。(文字サイズの使い分け等の書式面は、筆者がHP用に修正しています。下線は、「Q&A」に記載されているものです。)

 

 

〔引用開始。〕

 

○妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A

 

問1 

 

妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱いに関しては、平成26年の最高裁判決を踏まえた解釈通達において、妊娠・出産・育休等の事由を「契機として」不利益取扱いが行われた場合は、原則として妊娠・出産・育休等を「理由として」不利益取扱いがなされたと解され、法違反だとされている。

また、同通達では、「契機として」いるか否かは、基本的に、妊娠・出産・育休等の事由と時間的に近接しているかで判断するとされているが、具体的にはどのように判断するのか

 

(答)

原則として、妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断する。

ただし、事由の終了から1年を超えている場合であっても、実施時期が事前に決まっている、又は、ある程度定期的になされる措置(人事異動(不利益な配置変更等)、人事考課(不利益な評価や降格等)、雇止め(契約更新がされない)など)については、事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断する

 

 

 

問2

 

妊娠・出産・育児休業等を「契機として」いても、法違反ではないとされる「例外」の1つ目として、『業務上の必要性から不利益取扱いをせざるを得ず、業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情が存在するとき』とされている。

 具体的に、どのような場合であれば「特段の事情が存在」するものとして、違法でないと言えるのか

  

(答)

1 「特段の事情が存在」するものとして違法でないと言い得るのは、

(1)「業務上の必要性」から不利益取扱いをせざるを得ない状況であり、かつ、

(2)「業務上の必要性」が、不利益取扱いにより受ける影響(※)を上回る場合である。

(※ 不利益取扱いや、不利益取扱いの契機となった事由に、有利な影響がある場合(例:本人の意向に沿った業務負担の軽減等)は、それも加味した影響)

 

この場合は、妊娠・出産・育児休業等を「契機として」いても、法が禁止している妊娠・出産・育児休業等を「理由とする」不利益取扱いではないと解される。

 

2 上記の(1)(「業務上の必要性」から不利益取扱いをせざるを得ない状況であるか)については、例えば、経営状況(業績悪化等)や本人の能力不足等を理由とする場合、以下の事項等を勘案して判断する

 

(1)経営状況(業績悪化等)を理由とする場合

 

① 事業主側の状況(職場の組織・業務態勢・人員配置の状況)

 

・ 債務超過や赤字の累積など不利益取扱いをせざるを得ない事情が生じているか

 

・ 不利益取扱いを回避する真摯かつ合理的な努力(他部門への配置転換等)がなされたか

 

② 労働者側の状況(知識・経験等)

 

・ 不利益取扱いが行われる人の選定が妥当か(職務経験等による客観的・合理的基準による公正な選定か)

 

(2)本人の能力不足・成績不良・態度不良等を理由とする場合(ただし、能力不足等は、妊娠・出産に起因する症状によって労務提供ができないことや労働能率の低下等ではないこと)

 

① 事業主側の状況(職場の組織・業務態勢・人員配置の状況)

 

・ 妊娠等の事由の発生以前から能力不足等を問題としていたか

 

・ 不利益取扱いの内容・程度が、能力不足等の状況と比較して妥当か

 

・ 同様の状況にある他の(問題のある)労働者に対する不利益取扱いと均衡が図られているか

 

・ 改善の機会を相当程度与えたか否か(妊娠等の事由の発生以前から、通常の(問題のない)労働者を相当程度上回るような指導がなされていたか等)

 

・ 同様の状況にある他の(問題のある)労働者と同程度の研修・指導等が行われていたか

 

② 労働者側の状況(知識・経験等)

 

・ 改善の機会を与えてもなお、改善する見込みがないと言えるか

 

 

  

問3 

 

妊娠・出産・育児休業等を「契機として」いても、法違反ではないとされる「例外」の2つ目として、『労働者が同意している場合で、有利な影響が不利な影響の内容・程度を上回り、事業主から適切に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するとき』とされている。

 具体的に、どのような場合であれば違法でないと言えるのか。労働者本人が同意していればよいのか

 

 

(答)

1 単に当該労働者が同意しただけでは足りず、有利な影響が不利な影響を上回っていて、事業主から適切な説明を受けたなど、当該労働者以外の労働者であっても合理的な意思決定ができる者であれば誰しもが同意するような理由が客観的に存在している状況にあることが必要である。 

この場合は、そもそも法が禁止する「不利益な取扱い」には当たらないものと解される。

 

2 このため、具体的には以下の事項等を勘案して判断することとなる。

 

・ 事業主から労働者に対して適切な説明が行われ、労働者が十分に理解した上で当該取扱いに応じるかどうかを決めることができたか

 

・ その際には、不利益取扱いによる直接的影響だけでなく、間接的な影響(例:降格(直接的影響)に伴う減給(間接的影響)等)についても説明されたか

 

・ 書面など労働者が理解しやすい形で明確に説明がなされたか

 

・ 自由な意思決定を妨げるような説明(例:「この段階で退職を決めるなら会社都合の退職という扱いにするが、同意が遅くなると自己都合退職にするので失業給付が減額になる」と説明する等)がなされていないか

 

・ 契機となった事由や取扱いによる有利な影響(労働者の意向に沿って業務量が軽減される等)があって、その有利な影響が不利な影響を上回っているか

 

〔引用終了。〕

 

 

※ この「Q&A」は、こちらでご覧になれます。

 

※ 均等法に関する厚生労働省のサイトは、こちらです。

 

 

 

以上で、マタハラ判決について終わります。

 

 

 

・【改訂状況】

 

※ 平成27年1月23日に、「マタハラ判決」を受けて通達(【平成27.1.23雇児発0123第1号】)が発出されましたので追加しました。

 

※ その後、長谷川珠子福島大学准教授による法学教室2015年2月号(35頁以下)の「判例クローズアップ 妊娠中の経緯業務への転換を契機とした降格の違法性」という論考が出されています。本文中、長谷川先生の論考を参考にして修正・追加させて頂いている個所があります。

 

※ 平成27年3月30日に、厚生労働省から「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」が発表になり、前記通達(【平成27.1.23雇児発0123第1号】)が具体化されています。本文中でも、このQ&Aに基づいて加筆・補正を行いました。

 

※ 平成28年6月23日に、従来の記載を大幅に整理・修正しました。

 

※ さらに、平成28年9月28日に、川口先生のテキストを参考にして修正しました。

 

※ 平成29年7月12日に、因果関係に関する従来の記載を削除しました。

 

※ 平成31年度版改訂:平成30年8月22日・10月22日(内容の一部を再構成しています)。

 

※ 令和2年度版改訂:令和元年10月18日及び11月29日(従来の内容を大改訂し、再構成しました)。

 

※ 令和3年度版改訂:令和2年11月7日~9日(従来の内容を一部改訂しています)及び同年11月28日(一部追記)。

 

※  令和4年度版改訂:令和3年11月3日(一部追記)

 

※ 令和5年度版改訂:令和4年10月31日(一部追記)

 

※ 令和6年度版改訂:令和5年11月16日(一部追記)+令和5年12月9日・15日(一部追記等)

 

 

以上